映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『ジュラシック・パーク』


スティーヴン・スピルバーグ監督、サム・ニールローラ・ダーンジェフ・ゴールドブラム、アリアナ・リチャーズ、ジョセフ・マゼロ、ウェイン・ナイト、ボブ・ペックサミュエル・L・ジャクソン、マーティン・フェレロ、リチャード・アッテンボローほか出演の『ジュラシック・パーク』。1993年作品。PG12。

原作はマイケル・クライトンの同名小説。

日本語字幕担当は、おなじみ戸田奈津子

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生物学者アラン・グラント(サム・ニール)と恋人の古代植物学者エリー・サトラー(ローラ・ダーン)は、大富豪ジョン・ハモンドリチャード・アッテンボロー)がコスタリカ沖の孤島に建設した施設に招待される。そこは、最新テクノロジーによってクローン再生された恐竜たちが生息する究極のテーマパークだった。グラントたちは同じく招待された数学者イアン・マルコム(ジェフ・ゴールドブラム)やハモンドの孫である2人の子どもたち、レックス(アリアナ・リチャーズ)とティム(ジョセフ・マゼロ)らと一緒に、コンピュータ制御された車に乗り込んで島内ツアーに出発。しかし思わぬトラブルが続発し、檻から解き放たれた恐竜たちが彼らに襲いかかる。(映画.comより転載)


4月7日(金) から始まった「午前十時の映画祭13」は「ジュラシック・パーク」シリーズ三部作で幕開け。去年の「マトリックス」三部作同様、一週間ずつの上映。

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第一弾は「ジュラシック」シリーズ全6作中もっとも好きな作品。すべてがここから始まったんですよね。

この映画をスピルバーグは『シンドラーのリスト』と同時に撮っていて、そのパワフルさには当時も圧倒されました。

ジョン・ウィリアムズによるテーマ曲は有名だけど、1996年に公開された日本の怪獣映画『ガメラ 大怪獣空中決戦』(感想はこちら)の終盤の曲が「ジュラシック・パークのテーマ」にそっくりでなかなか微笑ましい。それぐらい耳に残るメロディでした。

初公開時に劇場で複数回観たかどうかはもう覚えていませんが、その後、TV放送やレンタルヴィデオなどで幾度も視聴しているから、ちょうどジェームズ・キャメロン監督の『ターミネーター2』(感想はこちら)のようにおなじみの映画になっています。

『T2』も「午前十時の映画祭」でやってて観たし、かつて映画館で観た作品を再びスクリーンで観られる喜びは格別ですね。

この映画が作られて今年で30年なんだなぁ。もうそんなに経ったというのが本当に信じられない。30年ぶりの映画館での鑑賞は「最高」の一言に尽きました。

ハモンド社長役のリチャード・アッテンボロー監督は亡くなってしまったけれど(2014年死去)、サム・ニールローラ・ダーンジェフ・ゴールドブラムの御三方は去年公開されたシリーズの(一応の)完結篇である『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』に揃って登場していました。

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30年の長きに渡って作られ続けてきた「ジュラシック」シリーズが完結した翌年に、原点である第一作目を観られることの幸福感。

CGの技術はあの頃からずいぶんと進歩しているから、クリス・プラットブライス・ダラス・ハワードが主演した「ジュラシック・ワールド」シリーズは以前の三部作よりももっとずっと高い水準のVFXを駆使して作られているけれど、でもこの『ジュラシック・パーク』第一作目を初めて観た時の湧き上がるような感動は二度と味わえないんだろうなぁ。若き日に映画館の暗闇の中で胸に深く刻まれたものだから。

CGだけでなく、実物大のアニマトロニクスや人が中に入って演技するスーツなども場面によって使い分けていて、特にティラノサウルスヴェロキラプトルが出てる場面ではどこがCGでどこがそれ以外の技術なのか判別できないところもある。


CGだろうと思ってたところがそうじゃなかったり、その逆もあったり。

この1作目はちょっと前にTVの地上波でもやってたし、これまでに何度も観てはいるんですが、あらためてスピルバーグの演出力に感心する。

もちろん、恐竜たちが派手に動きまくるショットもあるんだけれど、やはり恐竜たちが登場するまでの「溜め」の演出が見事なんですよね。

Tレックスが歩く振動でコップの中の水が揺れて波紋が広がるあの有名なショットは、いい感じで水が動くように何度も試したそうだけど、今ならそれもCGで描いちゃいそうですよね。でもアナログな撮影方法を使っているからこそ生の感覚がフィルムに焼き付けられるんで、やっぱりそこは「絵」であるCGとは違うんだよな。

たとえば、Tレックスが車の中を覗き込んで懐中電灯の明かりでその瞳孔がキュッとすぼまるショットはとてもリアルで、最近のシリーズでおそらくはCGで描かれたのであろう同様のショットと比べても僕はいまだに1作目のそれの方がリアルだと思うんですよ。

あれはアニマトロニクスによるものだったんでしょうかねぇ。

ヴェロキラプトルの顔の表情の変化もそうだし、映像の中の恐竜たちの質感を大事にしているから、CGの技術が今と比べてそこまで発達してなくてもけっして見劣りしないし今観ても色褪せない。

この映画のあとに作られた作品でも、これほど丁寧に作られたものはそうないんじゃないでしょうか。


VFXやSFXの技術だけじゃなくて、ジョン・ウィリアムズの音楽だったり役者たちの演技やスピルバーグのサスペンス演出など、すべてを総動員しているから。

出演している俳優たちのリアクションの演技が素晴らしい。実際にはそこにいないものをあたかも見ているように驚き息をのみ、感動で涙ぐんでみせる。

VFXに対応した演技は今ではだいぶ浸透してきただろうけれど、いちいち律儀なまでに俳優たちの細かな表情、リアクションの演技をキャメラで拾っているからこそ、実際にはそこにはいない恐竜たちの存在を観客は信じることができる。映画において、すごく大切なことだな、って思った。

これはシリーズ全作に共通していることではあるけれど、恐竜という野生の生き物を描きながらも映画の随所にユーモラスなシーンが散りばめられていて、けっしてシリアス一辺倒じゃないのがいいんですよね。

まさしく“家族”で観られる映画になっている。

人が食われたり殺されたりする場面があるし、この映画って結構微妙なバランスで成り立っていると思うんですよ。ちょっとでもそのバランスが崩れると途端に映画の中のリアリティが失われて絵空事に見えてしまったり(そういえば、安達祐実主演の『REX 恐竜物語』なんて映画もありましたなー。さすがにあの当時も「もっと頑張れ、邦画!」って思ったもんな)、逆に殺伐としたホラーみたいになってしまったかもしれない。

スピルバーグは、『ジョーズ』と『インディ・ジョーンズ』と『E.T.』(感想はこちら)がブレンドされたような絶妙な配合でこの映画を作り上げた。

それまで存在しなかったタイプの娯楽映画だった。

映画の中に本物と見紛うばかりの恐竜たちの姿を見て、胸が熱くなったあの夏。それはもう経験できないことかもしれませんが、この映画を観るとあの頃の思い出が蘇ってくるようだ。

僕は長らくこの映画のサム・ニール演じる子どもが苦手なアラン・グラントはスピルバーグ自身がモデルだとばかり思っていたんだけれど、でもスピルバーグって子どもの相手をするのが得意な人で、だからこそ『E.T.』のような映画も撮れたんですよね。子どもの時から妹たちと一緒に映画撮ってたんだし。

自伝的映画『フェイブルマンズ』を観て、どうやらグラント博士のモデルはスピルバーグの父親だったんじゃないかと気づいた(でも、映画の中でグラントはわりとあっさり子どもたちと打ち解けるのでほんとに子ども嫌いには見えないし、そこんとこはスピルバーグ自身も入ってるのかな、と)。

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あの映画の中で、子どもたちと一緒に楽しんでいる母親と比べて父親は子どもの相手がうまくできず、結局は彼の仕事仲間の男性の方に我が子たちはみんな寄っていってしまう。

インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』(感想はこちら)のインディの父・ヘンリー(ショーン・コネリー)も、『フェイブルマンズ』を観たあとだとそのとっつきにくそうなところはスピルバーグのお父さんがモデルだったんだろうなぁ、と。でも、一方でヘンリーはユーモラスなところもあったり、親子で共通点(女好き)もあり息子とは必ずしも険悪な仲というわけではない。

スピルバーグ監督はけっして父親と疎遠だったのではないようなんだけど、おそらくは自分の中に父から受け継いだものを強く感じていたからこそ、フィクションの中では意識的に父親を遠ざけたんだろうと思う。

父親との関係を描くことがしばしばあったのは、疎遠だったからじゃなくて近かったから。なぜなのかはわからないけれど、スピルバーグにとって「父」という存在がけっして小さなものではなかっただろうことは、これまでの作品の数々からうかがえる。

一方では、ある時期から母親とは離れて暮らしていたんですね。

確かに、スピルバーグの映画では意外と母親との関係ってあまり描かれてこなかったような気が。

スピルバーグには、母との関係、という部分で映画監督としてまだまだ「物語」を紡ぐ伸びしろがあるのかもしれない。

今回、『フェイブルマンズ』でそれが少し描かれてましたが。

さて、1作品が一週間で終わってしまうので、もうさっそく2作目の『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』の上映が始まってますが、1作目と比べると僕個人としては驚くほど2作目には思い入れがなくて、1作目ほどではないけれど劇場公開以降TVで何度も観ているにもかかわらず、どうしてもお話を覚えていられない。去年もTVでやってたのを観てるのに、敵や味方のおじさんたちが悲惨な死に方してたこと以外、もうすでに内容を忘れかけている^_^;

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VFXも見応えがあったし、ちっともダメな続篇じゃないと思うんだけど、初公開当時も1作目ほど人気は高くなかったと記憶しているし、僕以外でもあの続篇の印象はぼんやりしている人たちは少なくないようで。実は2作目の方が好き、というかたも中にはいらっしゃるようですが。

2作目の主人公はジェフ・ゴールドブラム演じるマルコムで、続く3作目ではまたグラントに戻ってと、なんだかシリーズを通して競い合っているような二人が面白い。

マルコムは1作目では場を茶化すような言動をしたり、ローラ・ダーン演じるエリーにちょっと気があるような素振りを見せたりとなかなか愉快な人で、途中からは怪我をしてずっと手当てをされながら時々口を挟む程度の出番しかないんだけど、元ハエ男のゴールドブラムの存在感のおかげでとてもインパクトがあった。

でも、やっぱり2作目ではどんなだったかよく覚えていなくて、せっかくだから劇場で集中して観て記憶に焼き付けようと本日鑑賞してきました。マルコムにはめちゃくちゃ鉄棒が得意な娘がいたんだけど、ジュリアン・ムーア演じる恋人とともにあの1作のみの出演でした。

またそのうち感想を書きますね(3作目と一緒の記事になっちゃうかもだが)。

久しぶりに1作目をオリジナルの音声で観たわけだけど、カーネル・サンダースみたいな外見のハモンドがほんとに胡散臭いな、とw

リチャード・アッテンボローは孫たちには優しくて一見好々爺っぽいんだけど、野心家で自分の夢のためならば人命も軽視するようなところもあって、実は人としてかなり問題のあるこの人物を説得力抜群に演じている。

彼とグラント、マルコムとのやりとり、裏切り者である技術者のネドリー(ウェイン・ナイト)との金銭的な問題を孕んだ会話(「君が金に困っているのは君の問題だ」)など、単純な善玉でも悪玉でもない食えないジジイぶりを発揮していて、彼の存在によって物語に深みが増している。

だらしないネドリーのことを快く思っておらず、彼に向かって苛立ちの表情を見せたりする(そんで最後は腕だけになってしまう)アーノルド役のサミュエル・L・ジャクソンは、僕は翌年公開されたタランティーノ監督の『パルプ・フィクション』(感想はこちら)でその顔と名前を初めて意識したんですが*1、『ジュラシック・パーク』の時点ですでに現在彼が持つイメージに近い役でしたね。

エリー・サトラー役のローラ・ダーンは、こんなこと言うと各方面から怒られるだろうけど、やっぱりこの映画での彼女は若いし何度観てもキュロットスカートのお尻がたまらん。


ローラ・ダーンデヴィッド・リンチ監督の『ブルーベルベット』や『ワイルド・アット・ハート』『インランド・エンパイア』にも出ていて、『フェイブルマンズ』にリンチが出演したのは彼女がスピルバーグとの間を取り持ったから、というのが面白いですよね。いろんな人脈が交錯してるなぁ。

ワイルド・アット・ハート』(感想はこちら)のケバさ溢れる役柄と今回の役とのギャップも素晴らしいし、『マリッジ・ストーリー』でオスカーも受賞している。名優ですね(評判がいい『The Son/息子』はあいにく観ていないんですが)。

サトラー博士は3作目にも登場しますね。

サム・ニールは最近何に出てたっけ。

あ、『マイティー・ソー バトルロイヤル』(感想はこちら)と『ソー:ラブ&サンダー』(感想はこちら)にちょっとだけ出てたな。『バトルロイヤル』にはジェフ・ゴールドブラムも出てましたが。

30年経っても監督同様、主要キャストたちも活躍し続けている。凄いことですよね。

ジュラシック・パーク」三部作が上映されているこの三週間は、90年初め~2000年代初頭を巡る旅ですね。少しノスタルジックな時間を味わっています(^o^)


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*1:…と長らく思い込んでいたんだけど、あらためて確認したところ実はその前に『リーサル・ウェポン』のパロディ映画『ローデッド・ウェポン1』でしっかり彼を見ていた。