映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

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「虎に翼」どこまでもゆけ


伊藤沙莉さんが主人公・猪爪寅子(ともこ)→結婚後は佐田寅子を演じる朝ドラ「虎に翼」を観続けています。

ついに半年間の放送期間のちょうど半分が終了しました。

前回記事を書いてからもかなり経っていますし、さまざまな展開があり、出会いや大切な人たちとの別れ、そして再会などもあって、それらのエピソードをここで一つずつ具体的に拾うことはできませんが、とりあえずは一つの区切りとして記事にしておきます。

ei-gataro.hatenablog.jp


ちなみに、まだ今の段階での最新エピソードを未視聴だったり、これからこのドラマを観る予定のかたは、がっつりネタバレがありますので視聴後にお読みください。


番組をご覧になっていないかたがいきなり読んでも意味がわからないでしょうし大変申し訳ありませんが、6月の最終週の展開に感動して思わずTwitterで呟いたら(あえてこう表記しています)予期せぬ多くのかたがたが「いいね」やリツイート(あえてこう表記)してくださって嬉しかったので記念に(^o^)

記事が重くなるので、ぷちバズり気味(あくまで私のレヴェルで、ですが^_^;)のツイート以外は呟いた内容をもとになんとなく並べておきます。意味の通ったまとまった文章ではなくてごめんなさい。

 

  • 梅子(演:平岩紙)と義母・常(演:鷲尾真知子)の関係と、花江(演:森田望智)と義母・はる(演:石田ゆり子)の関係は、実は想像以上に近いかもしれない。出来過ぎた“母”もまた、“娘”にとっては重圧。そこからの解放が穏やかに描かれている。
  • 優三(演:仲野太賀)や直道(演:上川周作)が戦争で亡くなっている、今はもう生きていない人であることの哀しさ。…だって、視聴者みんなが「善良」と感じている彼らはもはやこの世にいないのだから。こんな絶望があるだろうか。このドラマの厳しさはこの事実にある。現実には彼らのような男性はいないのか?と。
  • すでにいろんな人たちから指摘されているように、戦場で優三や直道が実際にどのような振る舞いをして、どんな最期を遂げたのかはわからない。現実は醜いものだったかもしれない、という懸念。彼らは“英霊”(今のところ、この禍々しい言葉は劇中では一度も使われていないが)としていくらでも美化できる存在だということ。でも、優三も直道も、それぞれが生身の人間だった。聖人ではない。いずれもそれなりにポンコツなところもある、妻にとって愛する夫、子どもたちにとって大好きだった父親、であったに過ぎない。神でも英雄でもない。そのことを忘れてはならないし、今の日本があるのは、彼らが「死んでくれたから」などではけっしてない。彼らの死が今の日本を守っているのでもない。彼らのような男性たちが生きていくことを許さなかった社会こそが問題。
  • 夫が“推し”だった(夫にとっては妻が推し)、って究極の理想なんだよね。でも悲しいかな、片方が若くして亡くなっているからこそ、それは理想化され永遠化される。現実の夫婦間、男女間にあるものは、しばしば梅子が味わってきたものだったりする苦さ。寅子や花江が愛したのは、国を守る軍神ではない。ただの一人の男の人。その「ただの人」の存在こそがいかに尊いかということをこのドラマは絶えず語っている。
  • あのおむすび(梅子が握って皆に振る舞ったもの)は、“リレー”なんだよね。私たちが生きている間は実現しないかもしれない、真の“理想”のために、たくさんの人々がバトンを受け渡し続けてきた。カムカム(「カムカムエヴリバディ」)で描かれてきたことが、ここで最高の形で映像化されている。
  • 武田梨奈さんが演じた“すみれ”(梅子の夫の妾)を、単なる悪女として描いた、という批判があるけれど、そうではないんですよ。憎まれ役だった姑の常さんだってそう。全部、歴史の中で生きてきた女性たちの姿なんだ。
  • 梅子の本音の吐露と“家族”との決別に続いて、花江からの家族みんなへの家事手伝いの願い。俺にはわかってたよ、という直道の声と寅子の「モン・パパ」でドラマの前半は〆(^o^)


視聴者の中には、ある一人の女性の一代記を観たいのに、意外と寅子に魅力が感じられない、というようなことを言うかたもいらっしゃるようですが、僕はむしろこのドラマは寅子“以外”の人たちをより前面に出そうとしているように思えます。

いろんな人たちの人生における「物語」を彼女の目を通して描いているのだ、と。

このドラマはいくつかのプロットが同時に並行して描かれるスタイルで(他の作品でもおなじみの手法ですが)、主人公の寅子のエピソードの他にも、たとえばもとは学校で彼女と同期だった山田よね(演:土居志央梨)や轟太一(演:戸塚純貴)らが進めていくエピソードなど、もちろん寅子はなんらかの形でそれらとかかわるのだけれど、すべてが彼女の手柄ではないし、大勢の登場人物たちが脇に追いやられて「押し入れにしまわれて」しまったり、ましてやモブ扱いされることなく、この物語の中でしっかりと役割を果たす。けっして忘れ去られることはない。

これまでにさまざまに劇的な展開があったし、語るべきことが多過ぎて困りますが、とりあえず一つに絞ると、まず最大の驚きは朝の連続テレビ小説の前作「ブギウギ」との完全コラボ、というか、あのドラマに出てきた登場人物がついにこの「虎に翼」にも作品を越えて再登場することで、2つの別個の朝ドラはひと続きのような形になった、ということです。

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具体的には、「ブギウギ」の主人公で歌手の福来スズ子(モデルとなったのは笠置シヅ子さん。ドラマで演じたのは趣里さん)の名前が劇中で寅子の口から述べられたり、極めつきはスズ子とはライヴァルのようでもあり盟友といってよい関係だった同じく歌手の茨田りつ子がそのままその役として登場する。演じているのは前作同様、菊地凛子さん。「ブギウギ」で脚本を担当された足立紳さんが脚本協力もされています。


NHKの朝ドラで作品を越えたクロスオーヴァーが行なわれたことって、これまでありましたっけ?

BK(大阪放送局)制作の作品で「べっぴんさん」の大急百貨店が「まんぷく」の世界の中にも存在していたり、というようなことはあったけど、同じ登場人物が別の作品に、それもBK作品とAK(NHK放送センター)作品という制作局も異なるうえに、両作品がまるで1つの世界で物語も繋がっているような仕様になったものなど、前代未聞じゃないでしょうか。

しかも、「東京ブギウギ」という曲名や福来スズ子の名前の登場、そして「ブギウギ」の中で戦時中にこれから特攻隊として飛び立とうとしている少年兵たちの前で歌が唄えなくなり声を詰まらせたり、歌手として実の子どもとの関係が語られもした(淡谷のり子さんの実人生がもとになっている)“りつ子”の再登場は単なるサプライズのためのサプライズではなくて、「ブギウギ」と「虎に翼」の2つの朝ドラが互いにその内容を補い合うような関係にも感じられるのが感慨深い。

「ブギウギ」で描かれた母娘のエピソードは、「虎に翼」ではると寅子、そして寅子の娘・優未との関係と重なるようにして脳裏に蘇ってくる。スズ子の歌が街の女たちを勇気づけたことは、家庭裁判所での寅子の活動に繋がっている。

早くも第1話で少女時代の寅子は「ブギウギ」でスズ子が入団した「梅丸少女歌劇団」に入ろうとしていたし、寅子の持ち歌である「モン・パパ」は史実では喜劇王エノケンこと榎本健一も唄っていた。「ブギウギ」には生瀬勝久さん演じるエノケンがモデルのタナケンという登場人物が出ていた。最初から布石は打たれていたんですね。

僕は以前の記事で、笠置シヅ子さんと寅子のモデルとなった三淵嘉子さんが同い年で同時代に活躍された人たちであることから、この2つの作品の並びになんらかの意味を感じているようなことを書いたんですが、やはりこの2作品は意図的にひと続きの世界として作られていたんですね。

この壮大な構想が「ブギウギ」の制作時にすでにあったものなのかどうかは僕は存じ上げませんが、朝ドラ史上、最高のコラボレーションだと思います。

そして、ドラマの前半の終了に相応しいラストとして、平岩紙さん演じる梅子が長年囚われてきた“家族”という呪縛──「嫁」を無償で働く道具のように扱うこの国の家制度に反旗を翻して自由を勝ち取る、それはまさに現在のこの国で求められていること──が描かれました。

Twitterの呟きでも書いたように、これは今の日本政府が着々と進めている悪しき時代への逆行に対するカウンターパンチだし、ドラマという手段での「現状に対して声を上げる」という行為そのものでもある。

誰だろうね、フィクションに政治を持ち込むな、みたいなこと言ってる連中は。何をホザいてるんだか。

作品に対する好き嫌いはあるでしょうし、このドラマにノれない、というかたがいらっしゃってもそれはもちろんその人の自由。

だけど、僕はこれは本当に画期的な朝ドラだと思うし、同じように感じている人たちが大勢いることがとても嬉しい。

いろんなことを描いているドラマだけど、ここでまたお話が梅子や花江のことに戻ってきたように、世の中の女性たちの存在についてけっして忘れないのが頼もしい。

米津玄師さんが唄う主題歌の歌詞が思い出されます。


もしもわたしに翼があれば 願う度に悲しみに暮れた

さよなら100年先でまた会いましょう 心配しないで

瞬け羽を広げ 気儘に飛べ どこまでもゆけ

100年先も憶えてるかな 知らねえけれど

さよーならまたいつか!


7月に入ってからも寅子たちの前にはさらなる困難が立ちはだかるでしょうが、戦前や戦中、戦後まもなくを描きながら実は「今現在」のことを描いているこの物語は、寅子が一緒に学んだ女性たちとその周囲に焦点を当てながら彼女たちと常にともにあるのでしょう。

これからの三ヵ月間も楽しみです。


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