「午前十時の映画祭10」で、スティーヴン・スピルバーグ監督、ヘンリー・トーマス、ロバート・マクノートン、ディー・ウォーレス、ドリュー・バリモア、K・C・マーテル、C・トーマス・ハウエル、ショーン・フライ、エリカ・エレニアック、ピーター・コヨーテほか出演の『E.T.』を鑑賞。1982年作品。
第55回アカデミー賞作曲賞(ジョン・ウィリアムズ)、視覚効果賞、音響賞、音響効果編集賞受賞。
地球に取り残された宇宙人E.T. (The Extra-Terrestrial) と少年エリオットの出会いと友情の物語。
『E.T.』と『未知との遭遇』についてのネタバレがありますので、映画をご覧になっていないかたはご注意ください。
1982年のオリジナル版は、子どもの頃、祖母に連れていってもらって映画館で観ました。
祖母が人差し指と人差し指の先をくっつけるあの有名な仕草を真似ながら、「いい映画だった」と褒めていたのも今では懐かしい想い出。
劇場公開後、スピルバーグの意向で何年かソフト化されなくて(VHS発売が88年)、TVで放映されたのもかなりあとになってから(91年*1)でした。その後は2002年にCGで手が加えられた「20周年記念特別版」が公開されて、それも映画館で観ました。
特別版では、E.T.の顔の表情や合成画面の手直し、バスタブに潜るE.T.の追加場面などこまごまと修正されている。
エリオットとE.T.たちを追う警察関係者が手に持っている拳銃やショットガンが特別版ではトランシーヴァーに替えられたことが批判されたし、のちにスピルバーグ自身もその改変を後悔しているようなことを言っていた。
今回、「午前十時の映画祭」で上映されているのはその「特別版」ではなくて、1982年に公開されたオリジナル版。特撮場面も当時のままで、エリオットたちが自転車で空を飛ぶ映像はストップモーション・アニメで撮られている(視覚効果のスーパーヴァイザーはデニス・ミューレン)。
確かに特別版は特撮がより自然に見えるようにはなっているけれど、1982年の時点でその出来は充分良くて、特にカルロ・ランバルディによるE.T.の作り物はかなり精巧でその表情の表現には見入ってしまった(ランバルディは、76年の『キングコング』の実物大のコングの模型はずいぶんと評判が悪いが)。
小さな身体でヒョコヒョコ歩いたり頭部や目が異様に大きいE.T.は77年の『未知との遭遇』の宇宙人と比べてよりアニメっぽいし、劇中で「ピーター・パン」が引用されているように妖精の現代ヴァージョンでもあって、作品そのものもさらにファンタジー色が強くなっている。
散々いろんなところでパロられた空飛ぶ自転車のシーン
それでも『未知との遭遇』の子どもたちの描写が写実的でリアリティがあったように、子どもたちの腕白ぶりや、母親が孤独と自分を捨てて他の女性と出ていった夫への憤りを溜め込みながらハロウィンでは子どもたちの前で過剰にハシャいでみせるところなど、人間ドラマとして丁寧に演出されている。
スピルバーグの演出がとても興味深いのは、「丁寧に」演出されていると思っていると、時々ふと妙な飛躍があって戸惑いを覚えること。日本軍統治下の上海を舞台に原作者の実体験を描いた『太陽の帝国』のようにそれこそ丁寧な人物描写が必要とされるはずの作品で「インディ・ジョーンズ」ばりに漫画っぽい演出があったり、『E.T.』ではホラーっぽい演出と学校でのカエルの解剖の授業*2に見られるような70年代頃のジュヴナイル映画的な要素が混在していたりする。
80年代当時、「今風の特撮を売りにした空虚な映画」というような侮蔑の意味を込めて「スピルバーグやルーカス的な」という表現がしばしば用いられたけど、ルーカスはともかく(当時はすでに映画を撮っていなかったし)スピルバーグの監督作品は必ずしも特撮を売りにしているわけじゃないし、『未知との遭遇』の感想でも書いたように俳優の演出は結構丁寧(さっき書いたように丁寧じゃないこともあるけど)。
この『E.T.』には終盤に“転調”があって、不思議な生き物と出会ってそれを守ろうとする少年の動物モノのような物語から、病気になったE.T.が死んでしまい、そして生き返ってからはまるで『グーニーズ』のようなアドヴェンチャー映画に変容する。
そこが爽快であるとともに、「奇跡」で死んだ者が蘇るような都合のよい絵空事と捉えられてしまいかねない恐れもある。
僕は今回この映画を久しぶりに観直して、まるで2つの別の映画がくっついたもののように感じたんです。
E.T.が死んでしまってエリオットがお別れを言う場面で、一度映画は終わってるんだよね。
そのあとは映画の「奇跡」が描かれる。
劇中でドリュー・バリモア演じる幼いガーティが母親のメアリーに読んでもらっている「ピーター・パン」の中で、瀕死のティンカー・ベルを救うためにピーター・パンは子どもたちに「どうか拍手をして!」と呼びかける。子どもたちの拍手とともにティンクの命は助かる。それと同じ「奇跡」がこの映画で起こるんですね。
死んでしまったE.T.を見て、ガーティは母に「戻ってくる?」と尋ねる。メアリーは「ええ」と答える。
現実には死んでしまった者は生き返らないが、最後のお別れの場面でE.T.がエリオットのおでこを指差して「ズット、ココニイルヨ」と言うように、別れても大切な存在はずっと心の中にいる。
その後の多くの映画に影響を与えて、『マック』(88)のような明らかな類似・便乗作品、亜流作品も作られた(「オレたちひょうきん族」ではパロディの「いーてふ」やってたしw)。
『E.T.』はちょうど、拾ってきた捨て犬としばし一緒に過ごしたあとでお別れするような、あるいはずっと大切に飼ってきたペットが亡くなるようなささやかなお話でもあって、それが“E.T.”という異星人の姿をとって主人公の少年の美しく楽しかった幼い日々との決別、成長の物語として表現されている。
E.T.は「心の中の友人」であるイマジナリー・フレンドの一種でもあるし、だから彼との出会いと別れは主人公にとっての通過儀礼でもある。
『未知との遭遇』のラストでリチャード・ドレイファス演じる主人公のロイはすべてを置いて宇宙人とともに飛び去ってしまうが、エリオットは地上に残る。
スピルバーグ自身がエリオットと同様に母子家庭で育った*3ので、これは彼の自伝的な作品なんですね。
『未知との遭遇』もそうだったように俳優たちが素晴らしい。まだ子役だった頃のドリュー・バリモアの愛らしさがたまらない(^o^)
D・バリモアはやがて小学生でアルコールの味を覚えたという話だが…
主演のヘンリー・トーマスをはじめ出演者はみんな好演してますが、特にエリオットの兄のマイケルを演じたロバート・マクノートンがとてもよくて、ヨーダの声マネが妙に巧かったり(笑)萎れていく花を見て泣き出しそうになる時の表情など全篇に渡って本当に見事な演技でした。
マイケルは映画の初めの方では友だちと一緒に弟をからかったりヤンチャそうな素振りを見せているんだけど、家から出ていった父親のことをエリオットが口にしたために母親が泣きそうな顔になって席を外したのを見て「ぶっとばすぞ」とキレたり、倉庫にあった父親のシャツのシーブリーズの匂いをエリオットと懐かしそうに嗅いだり、まだ少年だから父親の代わりを果たせないことにもどかしさを感じながらも長男としてなんとか母の手助けをしたい(車をバックさせたりして)彼の心情がよくわかるように演出されている。
マイケルもまたスピルバーグの分身なんでしょう(スピルバーグは長男で妹が3人いる)。
母親のメアリー役のディー・ウォーレスも含めて、彼らがほんとの家族に見えるんですよね。マイケルの友人たちの悪ガキぶりも「ああいう奴らいたいた」って感じだし。
彼ら出演者たちの“人間ドラマ”がリアルだからこそ、宇宙から来たクリーチャーとの遭遇譚という荒唐無稽な話が「ある切実さ」をもって観客の目に映る。
E.T.とは、エリオット(そしてスピルバーグ)にとっては父がまだ家族とともにいた頃の幸せな想い出のこと。それはもう過ぎ去ってしまったけれど、エリオットの心の中にこれからも生き続けていく。
僕はピーター・コヨーテが演じる「鍵束の男」のことを昔はてっきりエリオットの父親だと思い込んでいたんだけど、「私も(E.T.を)10歳の頃から待っていた」と言うように、彼は大人になったエリオットなんだよね。ここで彼(スピルバーグ)は子どもの頃に戻って改めて自分の父親とお別れするのだ。
時代を越えた普遍性のある物語。
お馴染みジョン・ウィリアムズの曲は「インディ・ジョーンズ」シリーズのように常に映像に寄り添っていて、劇中でもTVに映っていた「トムとジェリー」みたいに登場人物たちの感情をメロディで表現する。
ポスターにも使われている指の先と先をくっつけるあのポーズは僕の祖母が真似してたぐらい有名だし、高畑勲監督のジブリアニメ『おもひでぽろぽろ』(感想はこちら)でも劇中で主人公がやってましたが、おかげで僕はあれをずっと異星人の挨拶かなんかだと思い込んでたんだけど、実際の映画の中では回転式のカッターみたいなのでエリオットが指を怪我するとE.T.がそこに触れて一瞬で治す場面で映されるだけで、別にスタートレックのヴァルカン人の挨拶みたいなのではなかった。ポスターのイメージの刷り込みって凄いよなぁ。
スピルバーグの映画についてはファンも大勢いるし評価もさまざまでしょうが、僕は彼の作品の中ではこの『E.T.』が一番好きだし最高傑作だと思います。
E.T.とエリオットの37年ぶりの再会を描いたCM
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*1:エリオットの声の吹き替えは子役時代の浪川大輔で、彼は『ネバーエンディング・ストーリー』(感想はこちら)でも主人公の少年の声を担当していた。
*2:エリオットがキスをするクラスメイトの女の子役のエリカ・エレニアックはのちにスティーヴン・セガール主演の『沈黙の戦艦』に出演。
*3:追記:どうやらこれは僕の思い込みだったようで、そうではなかったらしいことが彼の自伝的映画『フェイブルマンズ』で描かれている。まぁ、『E.T.』はあくまでもフィクションですし、そういうことでは『フェイブルマンズ』だってすべてが事実の通りではない。