映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

※2019年の“はてなダイアリー”終了に伴い、2018年9月にブログを移行しました。

『ワイルド・アット・ハート』


デヴィッド・リンチ監督、ニコラス・ケイジローラ・ダーンウィレム・デフォー出演の『ワイルド・アット・ハート』。1990年作品。日本公開1991年。

第43回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品。

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ノースカロライナ州ケープフィアー。セイラー(ニコラス・ケイジ)は恋人のルーラ(ローラ・ダーン)の母親マリエッタ(ダイアン・ラッド)が差し向けた殺し屋を返り討ちにして刑務所へ。出所したセイラーは仮釈放中だったがルーラとともにカリフォルニアにむかう。マリエッタはルーラの居場所を探偵のジョニー(ハリー・ディーン・スタントン)にさぐらせ、深い因縁のある殺し屋のサントス(J・E・フリーマン)にセイラーの始末を依頼する。

以下、ネタバレあり。


「嵐」の歌とは関係ありません。

ひさしぶりにデヴィッド・リンチの映画を観ました。

この『ワイルド・アット・ハート』は昔ヴィデオで観て以来。

なんで急に観ることにしたのかというと、ジュディ・ガーランド主演の『オズの魔法使』(感想はこちら)を借りようと思って、ふとこの映画のことを思いだしたから。

たしか『オズの魔法使』のネタがけっこうあったよな、ぐらいのアバウトな記憶で。

内容はほとんど忘れてて、おぼえてたのはその「オズ」ネタがあったことと、ウィレム・デフォーがショットガンで自分の頭ふっとばして、それが壁にぶつかって地面にベチャッと転がるグロいシーンがあったことぐらい。

で、観てみたら、「あぁ、こんな映画だったんだ」と(;^_^A

たしか90年代にはこの映画のこと「好き」っていってる人、けっこういた気がする。いまもそうなんだろうか。

僕は特にデヴィッド・リンチのファンというわけじゃないけれど、それでもなんだかんだいって彼の作品はヴィデオやDVDでわりと観ていて(ちなみに一番好きなリンチの映画は『砂の惑星感想はこちらです)、『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』や『ロスト・ハイウェイ』、『マルホランド・ドライブ』と『インランド・エンパイア』は劇場に観にいきました。

一番普通の映画っぽそうな『ストレイト・ストーリー』は未見。

でも、それだけ観てても「好き」かどうかというと、やっぱりよくわからない。

彼の映画については「意味がわからない」という人もいるけど、僕も意味はよくわからないことが多い。

それでもなんとなく観てみたくなる、妙な魅力のある作品を撮る「変態監督」だと思います(^_^)

この『ワイルド・アット・ハート』は、リンチの作品のなかでも比較的わかりやすい方だと思うんですが、やっぱり頭がどうかしちゃってる人と気持ち悪い人しか出てこない。

Yahoo!映画だったかで「水晶玉が出てくるけど意味不明」みたいな感想書いてる人がいたけど、あれは『オズの魔法使』の西の悪い魔女の水晶玉からですね。

オズの魔法使』は、あちらの人はみんな観ていて知ってる前提なんでしょうなぁ。

「オズの国」「東の悪い魔女」「イエローブリックロード(黄色いレンガの道)」「靴のかかとを3回鳴らす」「良い魔女」etc.。

↑これらは『オズの魔法使』を観た直後なので気づくことができたけど、でも「なぜ、オズの魔法使いなのか」ということについてはどうも心もとなくてネットでさぐってみたところ、この映画をブログでとてもわかりやすく解説してるかたがいらっしゃいました。

たとえばこの映画では『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のお父さん役や『チャーリーズ・エンジェル』の痩せ男役などのクリスピン・グローヴァーがルーラのいとこのデルを演じているんだけど、これが完全に頭を患ってる男で「黒いゴム手袋をした宇宙人にあやつられてる」といって奇行に走り、やがて失踪する。

このキャラクターは僕にはまったく理解不能でなんでこんなエピソードがあるのかわからなかったんだけど、このブログ主さんの解説で「なるほど~」と。

このかたの文章を読んだら、この映画についてはもうなにも書く必要なんかないような気もするんですが。

ただ、「これはこういう意味です」という解説は作品を理解するうえでとてもありがたい一方で、それを知ったからといって映画の面白さが増したかというと、かならずしもそうではなくて(いえ、解説にケチをつけているのではありませんので誤解なきよう)。

リンチの映画って、『ロスト・ハイウェイ』にしても『マルホランド・ドライブ』にしても謎はいっぱいあるしあれこれ意味を考えて愉しむことはできても、断片的なイメージをもとにして感覚的に撮ってるところも多いから、特に細部に関しては「なるほど!そういうことか」と理詰めで納得できるような答えなどないのだ。

リンチの映画に明快な謎解きの要素を期待したって無駄だろう。

リンチの作品ではオールドアメリカンな明るさや平穏の裏にかくされた闇が描かれることがしばしばあるので(『ブルーベルベット』『ツイン・ピークス』『マルホランド・ドライブ』etc.)、オールドハリウッドの象徴ともいえる『オズの魔法使』がとりあげられているのは、むしろ非常にわかりやすいといえるかもしれないが。

アメリカでの配給は『オズの魔法使』とおなじMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)だったそうで。


また、この映画にはゴキブリや虫がたかるゲロ、血まみれの脳漿、そしてマリエッタが錯乱して顔じゅうをルージュで真っ赤に塗りたくる場面など、気持ち悪いものがいくつも出てくる。

なんでそんなもん出すのかといったら、デヴィッド・リンチはそういうものが大好きだからでしょう。それ以外に別に意味はない。

やっぱり「変態監督」だ。

あと、気持ち悪いといえばなんといってもウィレム・デフォーのパンストかぶった顔ね。

あの磨り減って汚れた歯とむきだしの歯ぐき。

夢に見るレヴェルのグロテスクなツラ(^_^;)

モーテルのなかでルーラにせまるとこなんか、もうキモすぎ。

そしてあまりにあっけない最期。

そんなに出番が多いわけではないのに、強烈なインパクトを残す。

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20年以上前の作品だけど、ニコラス・ケイジはすでに頭髪がキはじめている。

とはいえまだ毛はあるし顔面もいまほど垂れ下がってはいないので、ちょっと頼りがいのありそうな兄ちゃんには見える。

この映画のニコラス・ケイジローラ・ダーンはみごとなぐらいアホっぽくて、特にヘビメタにあわせて踊りまくる場面なんかはバカさ爆発。

ニコラス・ケイジクンフーっぽい蹴りのポーズとかするんだけど、アホまるだし。

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そういえば、あの「キャー!!」っていいながらベッドのうえで地団太踏んでるみたいなローラ・ダーン歓喜の踊り(?)は、たしかどっかの女性漫画家*1がなんかの作品に描いてた(ボンヤリにもほどがあるうろおぼえ)。

こういうオフビートな感じ(ふたりはジャズの発祥地ニューオーリンズにも立ち寄る)がこの作品がウケてる理由でもあるのかな。

僕も劇場で観ていたらもっと夢中になれたのかもしれない。


デヴィッド・リンチの映画をほかのふつうの作品とくらべても無意味なんだけれど、たとえばマリエッタがセイラーを殺すために雇うサントスや“Mr.トナカイ”などは、ハリウッドの典型的なアクション映画のセオリーにしたがうなら最後は主人公に退治されなければおかしい。

特にサントスはマリエッタといっしょにルーラの父親を殺してるんだから、ルーラに直接復讐されてもいいはず。

でも、サントスもMr.トナカイも、イザベラ・ロッセリーニ演じる眉毛のつながった女ペルディータも、探偵のジョニーを殺したおばさんたちもその後どうなったのかはわからずじまい。

死んだのはウィレム・デフォー演じるボビー・ペルーだけだ。


この映画が人気があるのは、これがちょうど『トゥルー・ロマンス』や『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のような“愛すべきバカップル”の逃避行ラヴストーリーだからだろう。

じっさい、この映画にはセイラーとルーラのベッドシーンがしつこいぐらいある。

そして、アンジェロ・バダラメンティのむやみに官能的なメロディ。

なんとなく彼のあの音楽を聴いてるだけで頭のなかで「リンチ映画」が勝手にできあがってしまう。

フェリーニの映画みたいに太った半裸のおばさんたちが踊ってたり、いかにも「アート系」っぽい雰囲気。

ストレンジャー・ザン・パラダイス』や『ダウン・バイ・ロー』のジョン・ルーリーが、セイラーを嘲笑する役でほんのワンシーン出ている。

まぁ、リンチの映画にヘンな人たちがいっぱい出てくるのはお約束だから、『オズの魔法使』の小人さんみたいな声のじいさんとか、犬の話するおっさんとか、なぜか松葉杖ついてる人とか、意味わかんないし意味なんかないのかもしれないし、そういうもんだと思って観ているしかない。


最後に“世界一美しい死体”ローラ・パーマー役のシェリル・リーが、良い魔女役でセイラーの前に登場する。

これももちろん『オズの魔法使』から。

ウォリアーズみたいな奴らにぶんなぐられたニコラス・ケイジの鼻がスゴいことになってる(^_^;)

良い魔女に背中を押されて、愛する女性と息子のもとにもどるセイラー。

娘に水をかけられたマリエッタの写真は、西の悪い魔女のように溶けて消えてしまう。

娘に異常なまでに執着する(というより、じつはセイラーを殺すことに執着している)母親マリエッタ役のダイアン・ラッドとその娘ルーラ役のローラ・ダーンは、実の母娘なんですが。


オズの魔法使』で、主人公ドロシーのもっとも大切なものは彼女のすぐそばにあったように、「愛しつづける自信」などなくてもセイラーにとって大切な存在は自明のものだった。

『オズ~』がじつにシンプルな話だったように、この映画もいってること自体は当たり前すぎることだ。

でもやはりニコラス・ケイジローラ・ダーンのバカップルぶりは見ていて楽しい。

最後にセイラーがプレスリーの“Love Me Tender”を歌う。

これまでどんなにせがまれても歌わなかったこの曲を。

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カップルで観たらキモチイイんだろうなぁ、きっと。

こういう映画はたまに観るとちょっと新鮮だったりもするけど、しょっちゅう観たいとは思わない。

なにしろじっくりとストーリーを追う意味をあまり感じないので、感想が書きづらいったらない。

感覚的に「好き」か、そうじゃないか判断するだけだから。

特に好きってわけじゃないけど、でもたまに急に観たくなるときがある。

デヴィッド・リンチの映画って、僕にとってはそういう存在なのだ。


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ワイルド・アット・ハート (文春文庫)

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*1:岡崎京子だったっけ。