ヴィクター・フレミング監督、ジュディ・ガーランド主演の『オズの魔法使』。
1939年作品。日本公開1954年。
原作はライマン・フランク・ボームの児童文学小説「オズの魔法使い」。
第12回アカデミー賞作曲賞、歌曲賞(「虹の彼方に」)、特別賞(ジュディ・ガーランド)受賞。
カンザスの農場に叔父と叔母とともに住んでいるドロシー(ジュディ・ガーランド)は、大地主のガルチさん(マーガレット・ハミルトン)に噛みついた愛犬のトトを処分されそうになって家出する。マーヴェル教授(フランク・モーガン)と名乗る占い師に出会って叔母さんが心配して病気になっているといわれて家に帰るが、竜巻*1に家ごと巻き上げられてしまう。ドロシーが目を覚まして家の扉をあけると、そこは“オズの国”だった。
いわずと知れたミュージカル映画の古典。
先日、サム・ライミ監督の『オズ はじまりの戦い』(感想はこちら)を観に行って、そのあとどうしても観たくなってDVD借りてきました。
僕は昔、この映画を地元の小さな映画館でリヴァイヴァル上映で観ました。
たぶん、観るのはそのとき以来だと思います。
あれからずいぶん経つので内容はだいぶ忘れていて、『はじまりの戦い』を観たときも「“東の魔女”ってどんなんだったっけ」と思いだせなかったぐらい。
主人公のドロシーが家のドアをあけると、それまでモノクロだった画面がカラーになるところで意表をつかれた記憶があります。*2
だいたい、この映画が作られたのは1939年(昭和14年)で、第二次世界大戦が勃発した年。僕の親がうまれるよりも前だ。
まだモノクロ映画が圧倒的に主流だった時代にテクニカラーのこんなクオリティの高い娯楽映画が作られていたということがまず驚きだし、そんな昔の映画がいまも世界じゅうの人々に愛され観つづけられているというのもスゴい。
で、ひさしぶりに観てどうだったかというと。
大号泣。
ちょっと尋常でないぐらいの量の涙が出てきて止まんなくなってしまった。
きっと「え、そんな泣くほど感動的な映画だったっけ」と思われるでしょうが。
その理由についてはおいおい述べていきます。
以下、ネタバレをふくみます。
この映画が伝えるのは、とてもシンプルなメッセージ。
「おうちが一番」。
カンザスから竜巻で飛ばされて魔法の国“オズ”にやってきたドロシーの前に“北の良い魔女グリンダ*3”(ビリー・バーク)があらわれる。
良い魔女によれば、ドロシーが乗ってきた家が“東の悪い魔女”を押しつぶして殺したのだという。
見てみると、たしかに誰かが家の下敷きになっている。
その足にはルビーの靴が履かれていたが、東の魔女の死体は丸まって消えてしまった。
死んだ東の悪い魔女が履いていたルビーの靴は強い力をもっていて、それを履いたドロシーは北の良い魔女の助言で、故郷に帰らせてもらうためにエメラルドの都に棲むという“オズ大魔王”に会いにいく。
途中で出会った「脳みそのないかかし」(レイ・ボルジャー)「心のないブリキ男」(ジャック・ヘイリー)「臆病なライオン」(バート・ラー)たちもまた彼らの望みをかなえてもらうためにいっしょに旅をすることに。
東の魔女の妹の“西の悪い魔女”が彼らの邪魔をするが、ドロシーたちはなんとかエメラルドの都にたどりつく。
しかし、オズ大魔王は「西の悪い魔女のホウキをもってかえってきたら願いをかなえてやる」という。
西の悪い魔女をさがす一行だったが、魔女の放った空飛ぶサルたちにドロシーがさらわれてしまう。
先ほど「ひさしぶりに観て大号泣」といったけど、かつて映画館で観たときにはたしかに技術的な面での驚きは感じたものの、物語の内容についてはそんなに印象に残らなかった。
小人さんたちがいっぱい出てきて歌って踊るミュージカルシーンは豪華だったし、ドロシーの3人の仲間たちのダンスも観ていて楽しかったけれど、ドロシー一行と悪い魔女の派手なたたかいがあるわけじゃないし、「意外と地味な映画だな」とさえ思ったのでした。
西の悪い魔女はドロシーに水をかけられてあっけなく死んでしまうけど、「魔女は水に弱い」なんていう振りはそれ以前にはないから肩すかしを食らったような気分になった。
そして夢オチ。
北の良い魔女のいうとおりにルビーの靴のかかとを3回鳴らすと、そこはドロシーの故郷カンザスの家のベッドだった。
最後の「おうちが一番」というドロシーの言葉にもとってつけたような感覚をおぼえて、ハッキリいって「名作」としてながらく愛されつづけている理由がいまいちわからなかった。
この映画をはじめて観たときには僕はもうけっこういい歳になってたということもあって、理屈で考えるとおかしかったりご都合主義的な展開もみうけられて。
ドロシーがオズの国にやってきたとたんに“東の悪い魔女”は「死んだ」ということになっていて、ドロシーをむかえたマンチキン市の住人たちは喜んで歌い踊りだすのだが、東の悪い魔女がどんなふうに「悪い」のか具体的には描かれていないので、「悪い魔女が死んだ♪悪い魔女が死んだ♪」とお祝いしているマンチキンたちの姿にさっそくなにか「狂った」ものを感じてしまったのだった。
撮影の合間に“LIFE”を熟読するドロシー。後ろはマンチキンのみなさん。なんかシュールだ。
撮影所での一コマ
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「ルビーの靴*4」という“アイテム”がじつに唐突な小道具におもえたし、気まぐれのようにやってきて助言をあたえてはまたすぐ去っていってしまう“北の良い魔女”にも「おとぎ話」特有の理不尽さがあった。
この物語のなかでは、良い魔女は美しくて「良い」し、悪い魔女は怖くて「悪い」。
これらにはなんのうたがいもかけられず、「そういうこと」として最初から最後まで揺るがない。
そのあたりは「子ども向けだから」といわれればそのとおりだし、物心ついてずいぶん経ってから観た僕がピンとこなかったように、これは頭であれこれ考えるようになる以前の幼少期に親に読んでもらった絵本や童話の世界にきわめて近いのだ。
北の良い魔女がもったいぶったやり方でドロシーに旅をさせたのは、じっさいに彼女に“体験”させるためで、それは『ネバーエンディング・ストーリー』(感想はこちら)で女王が主人公の少年に本の登場人物とおなじように冒険をさせたのと似ている。
往って還ってくる物語は“ファンタジー”の王道でもあるから、そういう意味ではこの『オズの魔法使』はまっとうなファンタジーといえるのかもしれない。
でもそのわりには、大魔法使いとおもわれていた“オズ”は機械仕掛けの作り物で、その正体はふつうのおじいさんだったり、彼は最後に“かかし”に「大学の卒業証書」をわたしたりする。
僕がそれまで漠然と思い描いていた、いわゆる“ファンタジー”=魔法やモンスターたちが跋扈する世界というよりも、どこか醒めてみる夢のような「奇妙な映画だな」と思いました。
子ども向けにみせた、むしろ大人のためのファンタジー映画のような。
監督のヴィクター・フレミングはおなじ年に『風と共に去りぬ』を撮っている。
あれもテクニカラーの3時間以上の大長篇だったわけで、どんだけパワフルな監督さんなんだと思うが、この映画は『風と共に去りぬ』同様にすでに何人もの監督がかかわっていた。
フレミング監督は、映画をまとめあげる才に長けていた人なんだろうか(ドロシーが「虹の彼方に」を歌うシーンの撮影を担当したのはキング・ヴィダーだそうだが)。
『風と共に去りぬ』は黒人への差別的描写には気をつけたといわれるが、それでも奴隷制があった南部を美しい世界として、逆に南北戦争の北軍の兵士を粗野な乱暴者として描いていた。
監督の個人的な政治的信条や思想が反映されてるのかどうかは僕にはわからない(あの時代はプロデューサーの力が絶大だったわけだし)が、中西部を舞台とする『オズの魔法使』(って大部分は“オズの国”が舞台ですが)もまた伝えるメッセージ自体はどちらかといえば保守的で古臭い。
北の良い魔女は、オズの国にやってきたばかりのドロシーに「はやくカンザスに帰った方がいいわ」というし、ドロシーも最初から「はやくおうちに帰りたい」といっている。
不思議なのは、この映画ではなにかとくらべて「おうちが一番」といっているわけではないこと。
たとえば、田舎娘が都会に行って「やっぱり田舎の方がいい」という話ならまだわかるんだけど、ドロシーがおとずれる“オズの国”というのは、映画を観るかぎりでは別に「都会」とか「現実の人生」の比喩ではなくて、ほんとにただの空想の国なのだ。
西の魔女を演じているのがカンザスのシーンでドロシーにキツくあたるガルチ夫人とおなじマーガレット・ハミルトンであることから、彼女が「人生における困難」を象徴している、といえるかもしれないが、目を覚ましたドロシーの前にガルチは二度と姿をみせない。
トトの一件はどうなったのだろうか。
オズの国から帰ってきたことで、現実のドロシーにはどんな変化が起こったのか。
それを描く前に映画は終わってしまう。
いつものようにあれこれ屁理屈こねだすといくらでもツッコミが入れられそうだし、じっさいこの映画が伝えんとするテーマが何十年にもわたって普遍性を保ちつづけられるものなのかどうかはうたがわしくもある。
ところが、今回観たら涙が止まらなかった。
その理由は、以前観たときには特に気にもとめていなかった主人公ドロシーの存在。
そのドロシーを演じたジュディ・ガーランドという女優さんの名前は知っていたし(ライザ・ミネリの母親だということも)、かなり前に読んだケネス・アンガー著「ハリウッド・バビロン」のなかでも彼女について書かれていたので、その波乱に満ちた人生についてはおぼろげながらおぼえてはいたんだけれど、この『オズの魔法使』をひさしぶりに観るにあたってあらためて彼女の生涯をふりかえってみて、かなりショックをうけました。
あの明るく清純で無垢そのものに見えるドロシー=ジュディ・ガーランドの現実。
当時16歳だった彼女は、1日18時間はたらき、覚せい剤をあたえられて連日の撮影をこなしていた。
『オズの魔法使』が日本で初公開された1954年には、ジュディはすでに覚せい剤と睡眠薬の影響で仕事にも支障をきたしていた。
浮き沈みをくりかえし、映画以外でも歌のステージで活躍をみせるが、長年にわたる薬物の常用により晩年は老けこみ、1969年に睡眠薬の過剰摂取で死去。享年47。
原作のドロシーは11歳という設定で、たしかにジュディ・ガーランドが演じるドロシーは11歳には見えないかもしれないけど、でも僕には16歳にしてはしゃべり方や声はあどけなく感じられたし、無理して若作りしてるようにも見えない。
彼女の笑顔も泣き顔も、そのしぐさもとてもキュートだ(^o^)
この映画によって「オズの魔法使い」のイメージは決定されて、それ以降の関連作品はかならずといっていいほどこの映画の影響をうけている。
ドロシーのあのおさげ髪や服装、3人の仲間たちの扮装もまたその後のミュージカル作品などで踏襲されている。
映画『オズの魔法使』は1937年のディズニーアニメ『白雪姫』のヒットにつづけとばかりにMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)がテクニカラーで作り上げた。
けっきょく公開当時は赤字だったらしいけど、『オズの魔法使』がめざしたディズニーによって1985年には非公式の続篇『オズ(原題:Return to Oz)』が、そして今年には『オズ はじまりの戦い』(こちらにはドロシーは登場しないが)が作られたという歴史の面白さ。
なぜ、これほどまでに『オズ』は、そしてジュディが演じたドロシーは愛されるのか。
「おうちへ帰ろう」「おうちが一番」とつぶやいたドロシーを演じたジュディ・ガーランドには、帰ってゆっくりくつろぐ家や、やすらかに眠るベッドはなかった。
その事実を知ってこの映画を観ると、「おうちへ帰ろう」なんていう保守的で古臭い価値観の押しつけとすら感じられたドロシーの言葉が、ジュディ・ガーランド本人の心の叫びだったようにおもえてくる。
彼女にとって「おうち」とはどこだったのだろう。
バイセクシュアルだったジュディ・ガーランドは、ゲイの人々のアイドルでもあったそうだ。
「おうち」とは、現実にある血のつながった家族のことだけではない。
すべての人々のそれぞれの心のなかにある大切な場所、それが「おうち」なんだろう。
ひさしぶりに観て、この映画と、そしてジュディ・ガーランドが演じたドロシーがもはやアメリカの映画史の一部を越えた、アメリカという国のアイコンのひとつになっている理由がわかった気がする。
もっとも、そのほとんどはスタジオのセットだが。
ただ、この映画がアメリカ人だけでなく世界じゅうの人々の心をとらえるのは、なにより子どもたちが楽しめるファンタスティックな物語だからというのはもちろんだが、ジュディ・ガーランドが演じるドロシーの屈託のない笑顔と歌声、軽やかなステップが、彼女が思い描いた「虹のむこう」「子守り歌できいた国」が、この映画を観る人たちそれぞれの「心のなかの故郷」を思いださせるからだ。
人によっては、それはもはや地上にはない場所かもしれない。
この映画の冒頭には「子ども心を忘れていない人と子どもたちにこの映画をささげる」という字幕が出る。
お金かけた大作だから子どもだけじゃなくて大人たちも観てね、ということかもしれないけど、僕以外でもまるでスピルバーグの『1941』でディズニーアニメ『ダンボ』を観て涙する司令官のように、この『オズの魔法使』を観て泣く人々はいる。
この歳になって、ようやくその理由や意味がわかった。
西の悪い魔女役のマーガレット・ハミルトンが語っている。
「心のなかのおうちは消えることはない。だから何度でも帰ることができる」と。
僕はこの『オズの魔法使』を観終わって、自分がジュディ・ガーランド=ドロシーに恋心にも似た感情をいだいていることに気がついた。
おそらく世界じゅうに、彼女に対しておなじように愛おしさを感じている人々がいるのだろう。
これは「昔々、かわいそうな女の子がいました」という話ではない。
たしかに、自分がうまれるよりも前にこの世を去った映画女優に対して、いまこうして涙を流すのは奇妙な行為かもしれない。
それでもこれは同情の涙なんかじゃない。
フランシス・エセル・ガムという名の女性は、「ジュディ・ガーランド」というアイコンとなってスクリーンのなかと、そしてそれを観る人々の心のなかに永遠にその姿を刻みこんだのだった。
この映画で「心の大きさとは、どれだけ人から愛されるかだ」という台詞がある。
なんとなく引っかかる言葉だ。
それをいうなら「どれだけ人を愛するか」じゃないのか?と。
しかし、これまで自分がどれだけ人に愛されてきたか、あるいはいま愛されているか、考えてみるのもいいかもしれない。
なにより感動的なのは、ジュディ・ガーランドという女優が、彼女が歌った「虹の彼方に」が、そして『オズの魔法使』という映画が、いまなおこれほどまでに人々に“愛されている”という事実。
ドロシーが夢みた「虹の彼方」には「おうち」があった。
虹のむこう 空のどこかに
子守り歌できいた国がある
虹のむこうはいつも青空
そこではどんな夢もかなう
星に願いをかけ 目を覚ますと雲がずっと下に
そこでは心配事はレモンドロップのように溶けてしまう
煙突のように高いところにわたしはいる
虹のかなたで青い鳥が飛んでいる
青い鳥が虹を越えるなら わたしにだってできるはず
もしも幸せの青い小鳥が虹を越えるなら わたしにもきっとできるはず
カンザスの「おうち」に帰ったドロシーの笑顔をみつめながら、その生涯をショービジネスの世界にささげ、虹を越えたひとりの女性の魂を想った。
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「第二回 新・午前十時の映画祭」で鑑賞
『ジュディ 虹の彼方に』
『イースター・パレード』
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『ワイルド・アット・ハート』
『メリー・ポピンズ リターンズ』
*1:カンザスのシーンでドロシーの家にだんだん近づいてくる竜巻の特撮がよくできていたのでほかの作品に映像が流用されたそうだけど、たしかにいま観てもリアルでどうやって撮っているのかわからない。オーディオコメンタリーで解説してたけど、聴いてもよくわかりませんでした^_^;
*2:ドアを開けるドロシーの後ろ姿は別の女優が演じていて、彼女と室内にはセピア調の照明があてられている。ドロシーがいったんフレームアウトしたあとにカラーになってドアの外に出ていく後ろ姿がジュディ・ガーランド本人。
*3:オーディオコメンタリーによれば、『オズの魔法使』では南の魔女グリンダと北の魔女を合わせて一人のキャラにしたんだとか。『オズ はじまりの戦い』では原作どおり“南”の良い魔女になっている。
*4:“ルビーの靴”というのはカラー映像を意識した映画オリジナルの設定で、原作では銀の靴。そのためか『オズ はじまりの戦い』にはルビーの靴は登場しない。