映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『エル・スール』


ビクトル・エリセ監督、オメロ・アントヌッティ(アグスティン・アレナス)、イシアル・ボジャイン(15歳のエストレーリャ)、ソンソレス・アラングーレン(8歳のエストレーリャ)、ローラ・カルドナ(アグスティンの妻フリア)、ラファエラ・アパリシオ(ミラグロス)、オーロール・クレマン(イレーネ・リオス)、マリア・カーロ(家政婦カシルダ)、ヘルマイネ・モンテーロ(アグスティンの母)ほか出演の『エル・スール』。1983年作品。日本公開1985年。

原作はアデライダ・ガルシア=モラレスの短篇小説。

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1957年、ある秋の日の朝、枕の下に父アグスティン(オメロ・アントヌッティ)の振り子を見つけた15歳の少女エストレーリャ(イシアル・ボジャイン)は、父がもう帰ってこないことを予感する。そこから少女は父と一緒に過ごした日々を、内戦にとらわれたスペインや、南の街から北の地へと引っ越した家族など過去を回想する。(映画.comより転載)


物語の内容について書きますので、これからご覧になるかたはご注意ください。

ビクトル・エリセ監督の最新作『瞳をとじて』公開を記念して同監督の長篇第1作『ミツバチのささやき』と2作目の『エル・スール』がリヴァイヴァル上映されていて、2本とも観てきました。

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『ミツバチ~』は去年「午前十時の映画祭13」で観た時に感想を書いています。

ei-gataro.hatenablog.jp


いずれも今回の上映では入場時にポストカードをもらいました。

『エル・スール』は僕は『ミツバチ~』同様に90年代にヴィデオで観ているはずなんですが、内容をまったく覚えていなくて、その後も観返すことはなかったから、今回はほとんど初めて観るような感じでの鑑賞でした。

一日に1回だけの上映なので、客席はほぼ満席状態。

『ミツバチ~』が1940年のカスティーリャ地方を舞台にしていたのに対して、この『エル・スール』は50年代のスペイン北部を舞台にしている。

『ミツバチ~』から『エル・スール』まではちょうど10年経っているから、現実と劇中での時間の流れが近いですね。

主人公・エストレーリャは2人の子役によって、それぞれ8歳時と15歳時を演じられている。

冒頭で父・アグスティンの姿が見えなくなり、ベッドの枕元で振り子をみつけた15歳のエストレーリャは、父はもう戻ってはこないだろうと感じて涙を流すところから映画は始まる。


やがて8歳のエストレーリャと父とのふれあいが描かれて、彼女は父のことをよくわかっていなかったこと、その「悩み」の深さを知る。

エストレーリャが時々カメラ目線になって、こちらをじっと見つめるのが印象的。

タイトルの“El Sur”とは、「南」という意味。

エストレーリャの父・アグスティンはもともと暖かい南部に住んでいたが、フランコ将軍率いる反乱軍を支持していた彼の父親と対立して家を出て、やがて内戦時の政治活動を理由に投獄された。『ミツバチ~』に続き、ここでもスペイン内戦について語られる。

その後、アグスティンは北部で医師の仕事に就いた(シスターたちのいる病院の様子は『瞳をとじて』で再び描かれる)。

以来、実家ともほとんど交流がなく、エストレーリャは父方の祖母には生まれたばかりの頃に会ったきり。

それが彼女が初聖体拝領(拝受)の儀式に出席することになって、アグスティンの母や彼の乳母だったミラグロスが式に参列するためにやってくる。

アグスティンも教会で娘の晴れ姿を遠巻きに見つめていた。

この映画では、エストレーリャの目を通してその父が描かれる。

瞳をとじて』でもそうだったし、『ミツバチのささやき』でも“父”の存在は重要だった。

エリセ監督がどうして“父”にこだわるのか僕にはわかりませんが、長篇第1作から50年、3作目の『マルメロの陽光』からも31年経ちながら、いまだに「父と娘」を描いていることが気になる。

瞳をとじて』の父・フリオの苗字は、『エル・スール』のアグスティンと同じ「アレナス」だった。

エリセ監督には娘さんがいるのだろうか。

この『エル・スール』は、娘の視点ではあるけれど、むしろ彼女が見て語る父親の方に比重があって、父・アグスティンの自死と彼が抱えていたものの謎がエストレーリャと観客の胸にずっと残り続ける。

父の中にあった苦しみや悲しみは一体なんだったのか。

アグスティンはどうやら北に来る前にある女性と愛し合っていたが、別れざるを得なくなり、彼らは離ればなれになった。

その女性はイレーネ・リオスという芸名で女優をやっていて(演じているのは『地獄の黙示録 ファイナルカット』→感想はこちらでフランス人入植者の女性を演じていたオーロール・クレマン)、アグスティンは彼女が出演した4本の映画の中の1つを映画館に観にいく。

イレーネ(本名・ラウラ)との手紙のやりとりから、アグスティンが彼女への想いを捨てきれずにいることがわかるが、ではそのラウラから「もう手紙は送らないで」と返事が来たことが直接的な死の原因かというとそれはよくわからない。

ラウラの存在は、「喪失」の象徴であったのかもしれない。

いずれにせよ、娘にも「最近、お父さんがおかしい」と言われるほど、アグスティンは何かが決定的に壊れていた。

戦争や政治活動のために捕らえられたことが彼の心を破壊したのか。

「勝った者が好き勝手言う」とミラグロスエストレーリャに語る。

何かいろいろと今現在とも通じるものがありますが。

このミラグロス役のラファエラ・アパリシオさんの郷愁を誘うユーモラスなおばあちゃんぶりがよかった。印象に残る演技でしたね。

ミツバチのささやき』でも、ミラグロスという名の乳母がアナたちの世話をしていました。

アグスティンは幼いエストレーリャを連れてダウジングの棒を使って水源を探したり、振り子で深さを測ったり、その振り子の使い方を娘に教えたりと、医者とは思えないようなどこか呪術的なものに憑かれているようで、「研究」のために部屋に閉じこもって誰も入れなかったり、かすかに奇行の気がある。


8年も連絡を入れなかったラウラに突然手紙を寄こしたのも、まともな判断のできる精神状態ではなかったからかもしれない。

亡くなる直前にアグスティンが南部にかけた長距離電話の領収書。

エストレーリャは、今となっては形見でもあるそれを手許に忍ばせて父の故郷へ旅立つ。


このあたり、僕は昨年に観た『aftersun/アフターサン』をちょっと思い浮かべました。

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この映画はもともとTVドラマとして「北」と「南」の二部構成で作られるはずだったのが、財政的な問題で一部のみが撮影されて、エストレーリャが南部に行く二部は撮影されずに終わったのだそうで、だから、これから父の死の謎を解くカギがあるかもしれない場所に向かう、というところで映画が終わっているんですね。物語は未完のままだったということ。「エル・スール」とは、失われてしまったものを指しているんだな。

二部が描かれなかったことで映画には謎が残って、それが不思議な余韻にもなっているんですが、やはり続きを撮ってほしかったです。

その悔いがずっと残っていたエリセ監督は、その想いを40年後に最新作の『瞳をとじて』の物語の中に込めたんですね。8年どころか、40年という年月の重み。

父親のことも重要なんだけど、8歳のエストレーリャがベッドの下に隠れて親が捜しにくるのを待ち続けながら、母親の反応を見て思わずニヤついてしまう場面だったり、15歳のエストレーリャが付き合っている自称「カリオコ」の同級生の男子との本心がどこにあるのかわからない曖昧なやりとりなど、そこは原作者の女性としての視点ならでは、というところはあるのかな。

15歳のエストレーリャを演じたイシアル・ボジャインさんは、現在は映画監督としても活躍されているようで、2016年の監督作品『オリーブの樹は呼んでいる』が17年に日本の一部の映画館で上映された模様。


8歳のエストレーリャ役のソンソレス・アラングーレンさんの演技も瑞々しくて素晴らしかった。

彼女の素朴な少女像は、父の帰りを出迎えるために駆けていく時のちょっと危なっかしい走り方なんかも、いつの時代にもどこにでもいるような子どもの姿で、子ども時代の近所の女の子を思わせた。


右端はエリセ監督。

劇中でエストレーリャはあれほど親密だった母親について「あまり深い印象がない」というようなことをモノローグで語っていて、父親への想いに対して母へのそれがどこか希薄に感じられてしまうのが寂しい。

アグスティン役のオメロ・アントヌッティさんの顔や名前はずっと覚えていたんだけど、僕は彼が主演したテオ・アンゲロプロス監督の『アレクサンダー大王』(1980年作品。日本公開82年)は観ていないはずだし、タヴィアーニ兄弟による『父 パードレ・パドローネ』(1977年作品。日本公開82年)もタイトルは記憶しているけれど、これも観ていないのにどうして彼のことを覚えているのかわからない。


全然関係ないことだけど、僕の父はあまり喋らない人で、僕は自分が映画に興味があるのは長らく母譲りだと思っていたんですが、父はいろんな地区の公民館で安い料金で上映されている昔の映画をよく観にいっていたそうで、そういうこと知らなかったから意外でした。

『エル・スール』は自分が知らなかった父の側面を知る娘の物語だったけれど、オメロ・アントヌッティさんの髭や薄い頭髪などの見た目の雰囲気や劇中での無口だったり親きょうだいとも疎遠なところなど、僕の父を彷彿とさせたから、何かそういうところで重ねて観てしまう部分はあった。

映像がほんとに美しかった。

ミツバチのささやき』には古いアルバムの写真を見るようなよさがあったけれど、この『エル・スール』にはそれから10年経った撮影技術の進歩も含めて、より映像に見入らせる力がありました。

これでビクトル・エリセ監督の長篇映画を最新作も含めてすべて観たことになるけれど、3作目でドキュメンタリー的な作品だった『マルメロの陽光』もまた今なら劇場初公開時に観たのとは違う感慨があるのかな。

機会があったらまた観てみたいけど、『瞳をとじて』がそうだったようにあの映画は結構長いんですよね。

90~100分ぐらいの『ミツバチのささやき』や『エル・スール』の短めにまとめられた観やすさが好きです。


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