映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

※2019年の“はてなダイアリー”終了に伴い、2018年9月にブログを移行しました。

『フォースの覚醒』と『最後のジェダイ』は如何に間違っているか


LOOPER/ルーパー』(感想はこちら)のライアン・ジョンソン監督による『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(感想はこちら)は「スター・ウォーズ」シリーズのエピソード8。ディズニーが作る“レイ三部作”の第2弾。

早速、前作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(感想はこちら)と最新作『最後のジェダイ』のネタバレがありますので、まだご覧になっていないかたはご注意ください。

またストーリーや設定、登場人物などの説明はしませんので、本作品とこれまでのシリーズ作を観ていないかたにはまったく意味不明な文章ですからご了承ください。

それから、記事のタイトルからもわかるように両作品のことは褒めていません提灯記事が読みたいかたは他をあたってください。


J・J・エイブラムス監督の前作『エピソード7 フォースの覚醒』については納得いかないところが多々あって辛口の感想を書きました。『最後のジェダイ』も酷評。

30年以上の年月を経て再登場したハン・ソロハリソン・フォード)とレイア(キャリー・フィッシャー)、そしてルーク(マーク・ハミル)。

だが、ハン・ソロはレイアとの間の実の息子ベン・ソロ(別名:カイロ・レン 演:アダム・ドライヴァー)の手にかかり、惑星を改造した超巨大大量破壊兵器スターキラー基地とともに宇宙の藻屑と消えた。

その時点で僕はもう許せなかったんだけど、でもまだ1作目だし一縷の望みに懸けていたんですよね。実はハンは旧知の仲のマズ・カナタに救われて無事で、続篇で戻ってくるのではないかと。

しかし、今回続篇の『最後のジェダイ』を観て、その望みは絶たれたのでした。*1

ハンに続いて今度はルークがシリーズから去ることに。

かつて反乱同盟軍とともに帝国軍と戦い、ダース・ベイダーとなっていた父アナキン・スカイウォーカーをフォースの暗黒面(ダークサイド)から引き戻したルークは、『フォースの覚醒』と『最後のジェダイ』では甥のベンを弟子にしていたが彼の力を怖れて殺害しようとするも失敗。愛弟子を暗黒面に魅せられたカイロ・レンへと変貌させた、ということになっている。その尻拭いもしないままルークは辺境の星で独り隠遁している。

要するに、これはかつてのオビ=ワン(アレック・ギネス、というよりもその若い頃を演じたユアン・マクレガー)とアナキン(ヘイデン・クリステンセン)の関係を模している。愚かにもルークはオビ=ワンの犯した過ちを繰り返している。


右側の老人がアレック・ギネス演じるオビ=ワン・ケノービ


そして彼は、よりによって「おまゆう(お前がゆーな)」なヨーダに説教されて大事なジェダイの経典を燃やされたうえに“フォース”の使い過ぎで過労死する。

…ふざけた話だ。

何がふざけてる、って、ハン・ソロやルーク(もちろんヨーダも)というのは別にJ・J・エイブラムスライアン・ジョンソンが生み出したキャラクターではないこと。

かつてジョージ・ルーカスが創造して、これまでにファンとともに育ててきたキャラクターたちを奴ら新参の映画監督たちは弄んで1作ごとに次々と抹殺していく。

なぜかといえば、これからディズニーが作っていく新しいスター・ウォーズにとって過去のキャラクターたちが邪魔だから。

今のところかろうじてチューバッカが生き残っているのは、彼が被り物(着ぐるみ)で生身の俳優と違って中に誰が入っててもわからないから。C-3POR2-D2も同様。ヨーダはCGだし。

実際、すでにR2-D2にはケニー・ベイカー(2016年に死去)は入っていないし、チューバッカにもやはりピーター・メイヒューとは別の俳優が入っている。

でも今回、『エピソード6 ジェダイの帰還』で活躍したタコと魚のミックスみたいな顔したモン・カラマリ出身のアクバー提督が敵の攻撃で命を落とす。


真ん中にいるのがアクバー提督


CGや被り物のキャラだからって“奴ら”は容赦しない。

キャラクターの性格は歪められ、新しい作り手の都合のいいように動くコマにされて殺される。

もう『エピソード3 シスの復讐』でシスの暗黒卿ダース・シディアスが発令した「オーダー66」そのもので、ジェダイや旧作のキャラを全滅させる腹なのだ。

僕はこの『フォースの覚醒』と『最後のジェダイ』の2作によって自分が子どもの頃から大好きだったスター・ウォーズが汚されて踏みにじられたことに言いようのない怒りを覚えている。

映画評論家や映画ライターたちがやたらと持ち上げていたり、「年寄りファンと信者の追い出し映画」と嘲笑っているような連中がいるけれど、そういう輩を心底軽蔑する。

某映画評論家がこれをロックの変遷に例えていて、『最後のジェダイ』はパンク・ロックのようなジャンルの破壊行為なのだからそれは必要なことだ、と高く評価しているが、くだんの評論家が見落としているのは、ロックは音楽のジャンルだけど『スター・ウォーズ』というのはジャンルじゃなくて固有の作品だということ。

パンクが既存のロックや音楽を破壊したといっても、クラシック自体が消えたわけじゃない。パンク以外のロックは今も作られ続けている。

でも『スター・ウォーズ』のシリーズの中で、それも「正史」「正典」とされる「エピソード○」とナンバリングされた作品で過去作のキャラクターが殺されたら、もうそのキャラは二度と復活できないのだ。強制的に彼らの未来の物語を絶たれてしまったんである。

それは観客の想像の余地を奪う行為だ。一体誰がハン・ソロやルークの最期を望んでいただろう。

そのような暴挙を高く評価するというのは、どうしようもなく的外れなことだと思う。

そんな連中にスター・ウォーズのファン面されては堪らない。

たかが映画。ただの作り物。その中で登場人物たちが生きようが死のうがそんなのただの嘘っぱちなんだから、いちいちムキになる方がおかしい。…そう考えてる人もいるかもしれないが、でも架空のキャラクターたちをまるで実在する者のように感じ、ともに冒険を繰り広げ笑い涙する、映画を観るってそういうことでもあるんじゃないだろうか。

この『最後のジェダイ』を批判する人々に対する「めんどくさい古参ファンの無用なこだわり」「老害」といった揶揄は、まさしくその立場から言わせてもらえば、キャラクターに対する愛もない者たちの旧作への侮辱でしかなく、到底看過できるものではない。

「王道」を作る能力のない者がかつての「王道」を貶め、「俺の方がもっとヒネった面白いものが撮れるんだもんね」と調子コイてる愚劣さ。

「英雄」を殺せばみんなが「平等」になれると思っている、とんだ勘違いぶり。

そういう連中が「古典」をこねくり回して目も当てられないガラクタにしてしまった。

ジョージ・ルーカス*2もこの映画を褒めている、だから批判するのはお門違い、というのも笑止千万な言い草だ。ルーカスが褒めたら正しいのか?どっちが“信者”なんだ。

ルーカスはかつて自分自身が映画界という銀河で大手映画会社を相手に戦っていたので、既存の権威を破壊する者たちに好意的かもしれないが、『フォースの覚醒』と『最後のジェダイ』がやっているのはただの破壊でしかなくてルーカスがやったような創造ではない。

三部作の2作目で昔の物語を根絶やしにして、一体その次に何を作るつもりなのか。

彼らには新しいものを生み出して観客を魅了する力がない。だからただ破壊する。テロリストと同じだ。そんなものを支持する人間はものを見る目が曇りきっている。

もしもルパン三世ドラえもんの新作で次元やのび太が死んだら、ファンは「伝統やルールを破壊したから素晴らしい」と褒めるのか?抗議が殺到するだろう。

しかも昔のキャラクターを殺すだけではなく、そのキャラクターたちをわざわざ貶めるところが悪辣なのだ。彼らはたいしたことがないキャラクターだった、伝説と現実は違っていました、と強調する。

そうすることで昔の物語を価値のないものにしてしまい、観客に忘れさせようとしている。

それは「正義」や「真実」の追求のためではない。「商売」のためだ。

かつて世界中の文化や伝統を破壊しまくったディズニーが、それとまったく同じことをしでかしている。

スター・ウォーズ」を名乗りながら、スター・ウォーズの根幹のところを否定する。スター・ウォーズという名前は金になるから利用しているだけで、そこに思い入れなど微塵もない。だから平気で破壊できる。

そんな映画を堂々と作ってる奴らがとんでもないのはもちろんだが、持て囃している奴らもどうかしてるのだ。大威張りで“帝国”に尻尾を振っている。


唐突だが、これを『男はつらいよ』(感想はこちら)で例えれば、いかにとんでもないことかよくわかる。

寅次郎(渥美清)に弟子入りした甥の満男(吉岡秀隆)がグレて父親の博(前田吟)を刺し殺し、母親のさくら(倍賞千恵子)までも殺そうとする。ハウル木村拓哉)に教わった魔法で宇宙遊泳するさくら。

寅さんは引きこもって彼に会いにきた泉(後藤久美子)につれなくするが、御前様(笠智衆)に説教されて解脱する。

満男はタコ社長(太宰久雄)のところで働いていたが、タコがあまりにウザいので日本刀で真っ二つにして工場の新しい社長になる。

母親や「とらや」の人々を追いつめる満男の前に寅が颯爽と現われて…みたいな話。頭がおかしいだろう。

男はつらいよ』ヴァージョンの方がよっぽど面白そうだけど。

でも、そんな狂った映画をパロディとかじゃなくてもしも正式な『男はつらいよ』の続篇として鳴り物入りで公開したら、真面目なファンは暴動を起こすでしょ。

『最後のジェダイ』でルークはレイとベンがそれぞれ発した言葉に対して「素晴らしい。すべて間違っている」と答える。

この映画にこそ、その言葉をアレンジしてお返ししたい。ヒド過ぎる。すべて間違っている、と。

「『フォースの覚醒』は素晴らしいけど『最後のジェダイ』はダメ」だとか、「いや、『フォースの覚醒』はただの旧作の焼き直しだけど『最後のジェダイ』は傑作」などと言ってる人たちがいるけど、俺に言わせればどっちもどっち。どちらも見事に間違っている

最初からJ・J・エイブラムスが敷いた道が間違っていたのだ。JJはシリーズとして軸となる物語もろくに組み上げないまま投げっぱなしであとを別の監督に任せ、結果的にスター・ウォーズをただの素人同人映画にしてしまった。その罪は限りなく重い。


「映画をどう評価するかは人それぞれ」とずっと言ってきたしそう思ってきたけど、さすがにここまでコケにされたんでは、バカにすんのもたいがいにせぇよ、と罵りたくもなる。

ダメな監督ほどいつも得意げに自分で脚本を書きたがるけど、ライアン・ジョンソンは脚本を任せたらいけない人間だと思う。映画監督としても人としても何か重大な欠陥を抱えた人物ではなかろうか。

まともな神経の持ち主なら、自分以外の人が創ってこれまで愛され続けてきた物語やキャラクターたちをこんなに粗雑に扱えるわけがない。

幸いこの映画は賛否が分かれていて、心ある人々にはこれがいかに酷い代物なのかしっかりと認識されている(僕は今回この作品を褒めそやして批判者たちを“どや顔”で嘲っているどこぞのライターもどきの醜態と卑小さをせいぜい忘れないでおいてやろうと思う)。

物事にはやっていいことと許されないことがある。

『フォースの覚醒』と『最後のジェダイ』の作り手は一線を越えた。

今やディズニーとその子飼いのプロデューサー、そして監督たちは、あれこれと口やかましい古いSWファンをスノークのようにバッサリと斬り捨てて、自分たちに永遠に忠誠を誓うストームトルーパーのような者たちだけに向けて“商品”を提供し続けようとしている。

ジェダイは悪しき帝国主義に敗れたのだ。

銀河から奪われたキャラクターたちと失われた信用は二度と戻らない。


つづく→スター・ウォーズ エピソード8 俺ならこうした。


禿同なご意見
スクリーンを切り裂きたくなるようなクソ映画 「最後のジェダイ」
ごくまっとうな批判
小野寺系の『最後のジェダイ』評:ディズニー帝国の『スター・ウォーズ』に新たな希望は生まれるか?

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*1:まだ可能性は0%ではないが、すべては『エピソード9』の監督JJにかかっている。

*2:彼は2012年にスター・ウォーズの権利を所有するルーカスフィルムをディズニーに売却しており、現在は制作に一切タッチしていない。