映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『アンドリューNDR114』


※以下は、2011年に書いた感想です。


クリス・コロンバス監督、ロビン・ウィリアムズ主演『アンドリューNDR114』。1999年作品(日本公開は2000年)。

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ある一家に一台のロボット「アンドリュー」がやってくる。ご主人様の家族たちとふれ合いながら、アンドリューはやがて人間へ近づくために自分をアップグレードしていく。


原作はこの映画の中にも登場する「ロボット3原則」で有名なアイザック・アシモフ

以下、ネタバレあり。


劇場公開時に観ました。

日本版の予告篇で主人公のロボットの顔を見た瞬間、主演俳優の顔が頭に浮かんだ。予想どおりロビン・ウィリアムズだったので笑った。

このロボットがまた絶妙にロビン・ウィリアムズ(もしくは川谷拓三)の顔の特徴をとらえていて、特に横から観たときの顎のラインがソックリ。

その日本版の予告篇はバックにセリーヌ・ディオンが唄う主題歌が流れていて、これ観ただけで涙ぐみそうになった記憶があるんだけど、残念ながらDVDに収録されてるのはアメリカのオリジナル版で、日本版はYouTubeで探してもなかった。

Celine Dion - Then You Look At Me
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クリス・コロンバスの映画は『ホーム・アローン』以降、ある時期やたら観てた気がする(しかも知らずに)。同じくロビン・ウィリアムズ主演の『ミセス・ダウト』も劇場で観たけど、そのことを思いっきり忘れてて数年後にTVで放映されてるのを途中まで観てようやく気づいたというありさま。

つまりこういっては失礼だけど、観たことも忘れるぐらい映画の内容が記憶に残らない作品が多い監督さん、というイメージがなくもない。

当時は今みたいにコマゴマと映画の感想を書いてなかったから、ってのもあるけど。

この『アンドリュー〜』はさすがに観たことは忘れてなくて、むしろとても感動したことをおぼえてるし、多分その後DVDやTV放映でも観たんだろうけど、やはりどんな内容だったのか細かいところの記憶は薄れているのだった。

んで、ひさしぶりに観てみて、「あぁ、クリス・コロンバスの映画ってこういう感じだった」とちょっと思い出しました。

この映画の凄いところは、主演にもかかわらず映画の半分を過ぎる頃までロビン・ウィリアムズが出てこないところ。

いや、ロボットの着ぐるみの中に入ってたのかもしれないけど。

アンドリューを購入する一家の主リチャードを演じているのは「ジュラシック・パーク」シリーズのサム・ニール

そもそも、別に妻や娘たちにせがまれたわけでもないのに、この人はなんでロボットを買おうと思ったのかよくわからないのだが。

一見きわめて普通のお父さんに見えながら突拍子もないことをする、どこか不思議な感覚をもった父親、というのはこの手の映画によく登場するが、サム・ニールはそういう役をとても自然に演じている。


リチャードの妻や長女がアンドリューを“物”扱いするのに対して、次女のアマンダは彼になつき、アンドリューもまた彼女を“リトル・ミス”と呼んで特別な感情を持つ。

幼少時のリトル・ミスを演じているハリー・ケイト・アイゼンバーグは、『ソーシャル・ネットワーク』(感想はこちら)や『ゾンビランド』(感想はこちら)などで目下活躍中のジェシー・アイゼンバーグの妹。芸能一家なんだなぁ。

この子はひと頃よく見た気がするけど、残念ながら最近日本公開されてる出演作はほとんどないみたい。

大人になったリトル・ミスを演じるエンベス・デイヴィッツは孫娘のポーシャ、さらに特殊メイクによって歳をとった彼女たちも演じている(このあたり、ちょっと『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part2』っぽい)。


彼女の演技は安定感があって印象に残ったので(ちょっと『フォレスト・ガンプ』のロビン・ライトに雰囲気が似ていなくもない)、てっきりほかの作品でも何度か見たことがあるような気がしていたが、やはり残念ながらその後日本で公開された映画でこれといって大きな役はない模様*1

これはロボットが自我に目覚めて自由を求め、やがて異性を愛して人間になろうとする話。

ストーリー的には、観てるこちらが予想したとおりに進んでいくので意外な展開というのはない。

しかも200年間の話なので(この映画の原題は“Bicentennial Man”=200周年男^_^)、けっこう駆け足で描かれる。

一見すると、200年の長きに渡り“2人の女性”を愛し続けた一途なロボットの話に思えるが、今回観直してみて思ったのは、これは2人の女性から“愛された”ロボットの話でもあるよな、ということ。

リトル・ミスはほかの男性からプロポーズされたことをアンドリューに告げるが、彼女はアンドリューに好意をもっていて結婚することにほんの少し躊躇している。

愛着があるとはいえ、単なる“物”に過ぎないロボットを人間と同様に愛する女性というのも変わっているが、そんな女性だからこそアンドリューもまた彼女を想い続けるのだ。

しかし何十年経っても歳をとらないアンドリューに対して、人間であるリトル・ミスは年老いていく。

そして彼女は自分にソックリの孫娘ポーシャを残して亡くなる。

最初は「リトル・ミスの真似をしている」といって勝手にポーシャを嫌っていたアンドリューだが、しばらくすると打ち解けて、今度は彼女に好意をもつようになる。

難癖をつけるようだけど、この辺の展開はけっこう主人公に都合よく進んでいくなぁ、と思った。

リトル・ミスはともかく、孫娘のポーシャからも特別な存在として見られるようになるのだから。

僕は、ここは顔は似ててもリトル・ミスとポーシャがそれぞれ独立した人格をもった別の人間であることを描いた方がよかったんじゃないかと思う。

アンドリューがポーシャにリトル・ミスの面影を見て(演じてる女優さんが一緒なんだから顔が同じなのは当然なんだが)彼女を愛するようになったのはあきらかだから、彼が愛しているのはポーシャではなくてあくまでもリトル・ミスだ。

そこんとこをハッキリさせずに2人で1人みたいな描き方をしているものだから、ポーシャはまるで祖母の人格をそのままなぞって生きているように感じられてしまう。

たしかにある時期からアンドリューはリトル・ミスではなくてポーシャを追い求め始めるのだが。

これはタッチストーン・ピクチャーズのファミリー向け映画だから、複雑な恋愛模様を描いても観てる子どもたちが退屈する、というのはあるかもしれない。

ひたすらひとりの女性とともに生きるために人間になろうとするロボット。

健気でいじらしい。

でもやはりちょっと釈然としないんだな。

努力、努力というけれど、アンドリューはそれほど苦もなく望むものを手に入れていく。

彼はモノを創る才能があって、貯金もいっぱいあるみたいだし。

結局ポーシャは結婚もせず、「人間になった」アンドリューと添い遂げる。

そのラストはたしかに僕がかつて映画館で観たときのように感動的ではあった。

でも、実はこれは「ロボットの話」などではなくて、勤勉でユーモアもあるがまだ精神的に幼くて自分の気持ちをうまく表現できない男が成長して愛する人と結ばれる話、なのではないか(主人公のモデルは原作者のアシモフ自身といわれている)。

故・水野晴郎氏のように、娯楽映画になんでもかんでも教訓やメッセージを読み取る必要はないのかもしれないが、そうとでも解釈しないと現在の僕にはこの「人間に近づこうとするロボット」に共感や感情移入するのは難しいので。


人間になることを望むロボットというと、この映画の2年後にスピルバーグによって撮られた『A.I.』を思い出す。

A.I.』(2001) 監督:スティーヴン・スピルバーグ 主演:ハーレイ・ジョエル・オスメント


僕はけっこう好きだし劇場公開時には日本でヒットしたんだけど(アメリカではコケました)、残念ながら「あまりにつまらないので途中で観るのやめた」という人もいるほど、その評価は微妙。

この『A.I.』は、お母ちゃんに会いたいロボガキが最後に夢がかなってめでたしめでたし、というハッピーエンドなお話ではなくて、実は「眠らず、夢も見ないはずのロボットが死ぬ(壊れる)前に見た夢」というとても哀しくて薄ら寒い映画である。

『アンドリュー』に比べて『A.I.』の評判がイマイチなのは、とにかく全篇暗いからだ。

観客はハーレイ・ジョエル・オスメント君が演じるまさに人形のようなロボット少年に感情移入できずに途方にくれたものとみえる。

それもそのはず、これは“死ぬことによってようやく人間になれたロボットの物語”なんである。

アンドリューNDR114』もおなじ話だといっていい。

で、もしも『アンドリューNDR114』が悲恋の物語であったなら、今観ても僕は本気で涙を流せたかもしれないのだ。

ロビン・ウィリアムズ型(あるいは両津勘吉型)ロボットがどんなに想いをつのらせて努力して自分を変えたって、愛する人が振り向いてくれるとは限らない。

振り向いてくれないことの方が圧倒的に多いと断言しよう。

もちろん、努力することが無意味だとはいわないが。

怪獣もロボットも妖精も、ようするに人間の社会に受け入れられない者の“メタファー”である。

だから最後には人間の社会から去るしかないのだ。


なんかブツクサ文句いってるみたいだけど、いや、僕はこの映画、好きですよ。

だから真面目に観て真面目に語ってみたのです。

アンドリューはあるときいきなり自我に目覚めたわけではない。

彼はリチャードの家にやってきたときから「ユニーク」な存在だった。「人格スイッチ」を入れられなくても、彼には最初から人格が、固有の性格があった。

この映画の中で彼は努力して「人間」になったが、…正確にいうと彼は“最初から”人間だったのだ。

200年かけてそのことをほかの人間たちに証明したのである。


♪音楽について。

オープニングの曲がなんだか『ビューティフル・マインド』の劇中曲(よくTV番組で使われてる)に似てるなぁ、と思ったら、作曲者が同じジェームズ・ホーナーだった。

ジョン・ウィリアムズとか久石譲とか、別の作品なのに「ほとんど同じ曲じゃねーか」というのがけっこうありますが、巨匠と呼ばれる人たちってわりとそういうの多いんですかね^_^;

アンドリューNDR114』オープニング曲。下の曲と聴き比べてみよう。
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ビューティフル・マインド』(2001) 監督:ロン・ハワード 主演:ラッセル・クロウ
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※ロビン・ウィリアムズさんのご冥福をお祈りいたします。


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*1:アメイジング・スパイダーマン』で主人公の母親を演じている。