映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

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『無法松の一生<4Kデジタルリマスター版>』(1958年版)


稲垣浩監督、三船敏郎高峰秀子芥川比呂志松本薫、笠原健司、大村千吉、田中春男飯田蝶子多々良純笠智衆ほか出演の『無法松の一生<4Kデジタルリマスター版>』。1958年作品。

第19回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(最高賞)受賞。

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“無法松”という愛称を持つ人力車夫の富島松五郎(三船敏郎)は、木から落ちてケガをした吉岡敏雄(松本薫)という少年と出会う。家に送り届けた松五郎は敏雄の父の吉岡大尉(芥川比呂志)に気に入られ、家に出入りするようになる。しかし大尉は雨天の練習で風邪をこじらせ、妻の良子(高峰秀子)と敏雄を残しこの世を去った。残された二人は松五郎を頼りにし、松五郎も二人の面倒を見るようになるのだが…。Yahoo!映画より転載)


「午前十時の映画祭12」最後の1本。

ちょっと前に「大映4K映画祭」で観た1943年の阪東妻三郎主演版に続いて、今度は三船敏郎主演版を鑑賞。

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監督は阪妻版と同じく稲垣浩。脚本も同様、伊丹万作と稲垣監督の共作。

制作会社は大映から東宝へ。撮影は43年版の宮川一夫から山田一夫に。

43年版では検閲によってカットされたシーンがあったのを、こちらでは復活させた。

これでようやくオリジナルの脚本からどの部分が削られていたのかわかってよかったと同時に、リメイクによって「完全版」として残されたことが嬉しい。

また今回、こうやってオリジナル版とリメイク版を続けて観ることで、異なる俳優によるヴァージョン違いを楽しめた、というのもある。


この58年版になると名前や顔を知ってる俳優さんたちも何人も出ていたから、より親近感が湧いたんだけど、それでもやっぱり最初に阪妻版を観ておいて本当によかったと思いました。

最初に登場する巡査を稲葉義男が演じていて、松五郎が木刀の一撃を食らう師範を宮口精二、また松五郎の父を小杉義男、それから敏雄の高校の先生を土屋嘉男(ヨシオが続いてますが)、他にも高堂国典、多々良純など黒澤明作品や東宝映画でおなじみの俳優たちがチョイ役で続々出てくる。

43年版では月形龍之介が演じていた結城の親分を、今回は笠智衆が飄々とした感じで演じている。


キャストが替わっていても意外と違和感はなかった。

58年版が作られた時点で、当時すでに阪東妻三郎さんはお亡くなりになっていたんですが(53年没)。

43年版と58年版のどちらが上とか、どちらの方が優れている、といったことは僕にはわからないし、それよりも1つの作品が傷つけられて永遠に元には戻らなくなったという歴史的事実から新たな名作が生まれたことに、なんとも言えない感慨を覚える。

わずか15年で、この国で映画を取り巻く環境は一変したんですね。

43年版では特に主人公・松五郎の吉岡夫人(良子)への想いをうかがわせるような箇所がことごとくカットされてしまったんだけど、58年版には良子が再婚を勧められるがきっぱりと断わるところや、打ち上げ花火が夜空に上がる中で松五郎が亡き吉岡大尉の仏前に土下座したあとに良子に「俺の心は汚い」と告げて立ち去る場面などが入っていて、43年版の残された映像からはうかがい知ることが難しかった松五郎の許されぬ恋情がしっかり伝わるようになっている(でも、このリメイク版でも意外と松五郎は終盤まではそういう素振りは見せないんですけどね)。

谷晃演じる虚無僧が歯磨きしながら飯田蝶子演じるお歯黒した“おとら”さんに「松五郎は後家さんを狙ってるんじゃないか」と言う場面や、松五郎と将棋を打っていた口がきけない“ぼんさん”(演じるのは“狂鬼人間”こと大村千吉。東宝怪獣映画やウルトラシリーズでもおなじみの人)が良子のことで松五郎をからかって頭をぶっ叩かれるところなども加わっている。

最初の脚本にはあったという賭博のシーンは松五郎の少年時代の回想に差し替えられたままになっていて、今回も入っていなかったですね。

…これはもう、三船敏郎を堪能する映画かな(^o^)


無精ヒゲにガニ股で見た目おっちゃんっぽいんだけど(この映画の三船敏郎は漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公・両津勘吉のモデルになっていると思う)、撮影当時の三船さんって37歳ぐらいなんですよね。貫禄あり過ぎw

七人の侍』のわずか4年後だもんね。

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ドキュメンタリー映画MIFUNE: THE LAST SAMURAI』の感想(感想はこちら)にも書いたけど、僕の母方の祖父は三船さんと同い年でしかも若い頃は「三船敏郎に似ている」と言われていたそうなので勝手に親近感を持っていたんだけれど、実際、この映画で昭和30年代初め頃の若かりし日の三船さんの顔を見ていたら、なき祖父の面影が重なって胸が熱くなった。あぁ、若い頃のおじいちゃんはあんな顔つきだったんだな(もちろん、三船さんほど美男子じゃないが)、と。

まだ祖父が若くて、僕の母や叔父が劇中の敏雄みたいな年頃だった頃の映画だから。

この映画、祖父母や母たちは当時観たんだろうか。子どもにはまだわかんないかな。

自分が生まれるずっと前の映画だけど、43年版と続けて観てきたから、日本映画史の大切な宝を見ている気分でもあった。

この映画の舞台となっているのは明治から大正の頃だけど、映画が作られたのは昭和30年代だから、アグファ・カラーの色も含めて昭和のあの時代をいろいろ想像しながら観ていました。

劇中で松五郎が披露する「暴れ打ち」は映画の創作で、実際の小倉祇園太鼓にはない打ち方なのだそうで、43年版の時に有名になってそのまま浸透してしまった、と言われている。映画が現実の伝統を変えてしまったんですね。面白いけど、ちょっと危険でもある。


でも、あの場面こそがこの映画のクライマックス、最大の見せ場だもんね。

三船敏郎によるバチさばきは見事で、時々バチをクルクルっとドラムスティックみたいに廻して力強く打ちつける。かっこいいよなぁ。

少年時代の敏雄がみんなの前で唱歌「青葉の笛」を唄う場面も43年版にはなかったけれど、それは戦後GHQによって「封建的」としてカットされてしまったんだな(歌関連では、58年版で笠原健司演じる成長した敏雄と友人たちが青島陥落の祝賀行列で軍歌を唄うところも43年版ではカットされている)。

これらは皆58年版で復活していた。

映画の初めのあたりでの「日露戦争大勝祝賀」という横断幕にも、時節柄ドキリとさせられる(どっかの首相が、侵略されている国にわざわざ出向いて必勝祈願の「しゃもじ」を贈ったりとトンチキなことやってますが)。

もしも軍隊に入っていたら少将ぐらいになっていたのではないか、と言われる松五郎だったが、太平洋戦争前に徴用された三船さんご自身は最後まで上等兵のままだった。上官に反抗的だったからだそうで。

小学校にも行けず文盲のままで軍隊に入ることもなく死ぬまでずっと車夫だった松五郎と、写真館の息子で達筆で戦後には映画スターとなった三船さんはその境遇は全然違うけれど、でも粗野なところに優しさを隠した松五郎には繊細さがあって、それは三船敏郎という俳優が持っていたものに通じる気がするんですよね。

最後までハッキリと自分の気持ちを良子に伝えないまま雪の中で行き倒れた松五郎はちょっと純情過ぎるかもしれないが、でも、ああいうのが日本人は好きなんだよな。

良子の前で口にした「俺の心は汚い」という言葉が精一杯。

「俺はお前のことが好きになった」と病気で亡くなる前の吉岡大尉が松五郎に言った言葉が、彼をずっと捕らえ続けていたのかもしれない。

敏雄の喧嘩のシーンなどからも、映画全体にバンカラな雰囲気があって(喧嘩っ早いが恋愛関連には純情、というのも)、のちに流行る不良番長モノの漫画やアニメを思わせるんだけど、こういうふうに繋がってるんだな。

のちの多くの作品の原型になっているんでしょうね。

松五郎が亡くなったのが生前彼が「なぜか好き」だと言っていた小学校の校庭、というのが泣かせる。

ユーモラスな三船さんが全篇に渡って見られて、最後にはホロッとさせられる。

正直なところ、僕は黒澤監督の『赤ひげ』(感想はこちら)よりもこの映画の三船敏郎の方が好きだ。

良子役の高峰秀子さんがよかったですねぇ。

もしかしたら、こういう真面目でおしとやかな女性の役は高峰さんにとってはお手の物だったのかもしれないけれど、43年版の園井恵子さんにもけっして劣らない名演技だったと思います。ほんとにかすかな表情の変化で感情の動きを巧みに表現している。

松五郎の墓の前で嗚咽する良子は、果たして彼の気持ちに気づいていただろうか。

松五郎が以前、左卜全演じる主人が営む居酒屋でもらってきた日本髪の女性の絵が描かれたポスターが壁に貼られているのが映し出されて、映画は終わる。

ああいうおっちゃんがいたらいいなぁ(芝居小屋でニンニク臭わせながら鍋モノされたらかなわんけど^_^;)、と思わせながら、そんなおっちゃんも一人の女性のことが好きだったんじゃ、というお話でした。


さて、これで「午前十時の映画祭12」の上映作品はすべて出揃って、早くも4月7日(金) から「午前十時の映画祭13」が始まります。

あいにくラインナップの中に黒澤明作品も三船敏郎出演作品もありませんが、またお二人の映画をスクリーンで観られるのを楽しみにしています。


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