映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『東京物語』


※以下は、2011年に書いた感想に一部加筆したものです。


NHKBSプレミアムにて、小津安二郎監督、笠智衆東山千栄子原節子出演の『東京物語デジタルリマスター版。1953(昭和28)年作品。

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尾道から東京に住む子どもたちに会いにきた老夫婦(笠智衆東山千栄子)。長男(山村聰)や長女(杉村春子)の家に泊まるが、彼らは仕事があって両親を東京見物に連れていくことができない。そんな老夫婦を戦死した次男の妻の紀子(原節子)があたたかくもてなす。


珍しくTVで映画鑑賞。

山田洋次監督が選ぶ日本の名作100本~家族編~」の第1弾。

デジタルリマスター作業によってフィルムの傷は除去され、色むらや明るさも補正、画面のガタつきも押さえられてクリアで安定感のある映像になっていました。

今回はいつも以上に話が飛びまくるのでなかなか映画の感想にたどり着かないと思いますが、ご了承のほどを。

ネタバレもありますが、ストーリーがどうのこうのという作品ではないのであまり気にすることもないと思います。


この映画は90年代の初め頃にリヴァイヴァル上映されていたのを観ました。

久しぶりに観てあらためて思ったのは、「奇妙なシャシンだなぁ」ということでした。

出演者たちがカメラ目線(実際はキャメラの少し上方)で喋るあの有名な切り返しショット。

かつて周防正行竹中直人が自分たちの作品で、俳優たちの感情を込めない棒読みの台詞廻しとともにマネしていた。

シコふんじゃった。』(1992) 監督:周防正行 出演:本木雅弘 清水美砂 竹中直人
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それと、これまた小津といえばしばしば言及される“ローポジション”による撮影。

あれは畳に座った人の目線の高さに合わせているらしいが、僕の印象では障子や襖、部屋の角などの縦の線が目立って部屋がより狭く見える。

こういった「小津っぽい」表現は記号的にマネしやすいからか、是枝裕和監督の『幻の光』や市川準監督の『東京兄妹』などでも似たような撮り方がされていた。

ただ、それらの多くは雰囲気だけ小津作品をなぞっているだけで必然性がなく、小津作品のように何度も観れば観るほど感じる面白さはない。

家族を描いた「ホームドラマ」という形をとっているのでなんとなく市井の人々をただ素朴に写したように思われがちだが、小津の映画は画作りが非常に人工的。

構図を優先するためにカットごとに平気で小道具の位置を変えたりしている。

先ほどあげた不自然な会話ショットもそう。

登場人物を一種の“オブジェ”ととらえているふしもある。


僕が小津作品を「面白い」と感じるのは、そういう「変なこと」を実験映画ではなくてホームドラマというお年寄りが観ても理解できるジャンルでやっていることだ。

映画の撮影や編集に興味を持っている人なら、そのユニークさがわかると思う。

もちろん、小津映画の良さはそのアヴァンギャルド性だけではないけれど、その魅力を全部あげていたらキリがないので、とりあえず『東京物語』の中で僕が心を打たれる部分について述べます。


この映画の舞台は撮影当時の1953年。戦後8年目。僕は本多猪四郎監督の『ゴジラ』第1作目(感想はこちら)の前年、という覚え方をしてますが。

つまり山崎貴監督の『ALWAYS 三丁目の夕日』と同時代。

あの映画では昭和30年代というのは現在から見ればのどかで無条件に「いい時代だった」というふうに描かれていたけれど、この『東京物語』を観ればわかるが、まさしくあれはファンタジーである。

「今の若いもんの中には平気で親を殺す奴もおるんじゃから」という台詞も出てくる。

考えてみるまでもないが、「みんなが幸せだった理想的な時代」などというものはなく、どんな時代であっても人々は“哀しみ”を抱えて生きてきたのだ。

お断わりしておくと、僕は「三丁目の夕日」シリーズは3本とも好きですよ。

ただ、僕はあの映画を「昭和30年代をリアルに再現した作品」などではなく、「存在しなかった過去」をノスタルジックに描いてみせた一種のSF映画だと思ってるんですが。


東京物語』では、懐かしくてあたたかい時代など描かれはしない。

描かれているのは、“忘却とあきらめ”である。

人はさまざまなことを忘れていく生き物だということ、そしてその事実をあきらめとともに受け入れていくということ。

原節子演じる紀子は、義理の両親である老夫婦に出来るかぎりの心遣いをする。

紀子の夫はすでに8年前に戦死していてふたりのあいだには子どももいないので、彼女は夫の両親である老夫婦やその子どもたちとは縁が切れているだろうとも思えるのだが(笠智衆も「いわば他人のあんたが…」といってるし)、あの当時の日本人の感覚ではそれでも息子と結婚した以上は“嫁”であって、その両親に尽くすのは当然、ということなのだろうか。


ともかくこの映画では血のつながった長男や長女よりも次男の嫁である紀子の方がむしろこの老夫婦に親切、というふうに描かれているし、作品の解説などでもそう書かれている。

今はいいが年をとるとやはり独りでは寂しいものだ、と彼女に再婚を促す義母に紀子は答える。

「いいんです。あたくし年取らないことに決めてますから」

どういうことか。

彼女はこれからも未亡人のまま独身を貫くということだろうか。

しかし、そんな紀子が最後に義父に告げる言葉。

それは、自分はいうほどいつも夫のことを考えているわけではないし、まったく忘れている時さえある、というもの。

亡き夫のことを自分は忘れようとしている。紀子はその事実に自分で愕然としているのだ。

それを聞いた老父は「ええんじゃよ、(息子のことを)忘れてくれて」と答える。

この場面はけっこうグサリとくる。

これは老父が酔っ払って友人たちに語った息子たちへの不満と同様、あきらめ、である。


人はどんなに大切に思っていたことも忘れてゆく。

実の親子なのに兄や姉は両親に対してあまりに冷たすぎる、と憤る次女(香川京子)に、紀子はいう。

でもみんな年をとっていくにしたがってだんだん自分の生活が一番大切になっていくのだ、と。


こう書くとなにか気が滅入りそうなほど重くて暗い映画みたいだが、小津監督はけっして大仰に描いたりしない。作品の中で作り手の主張を声高に叫ぶことはない。淡々と登場人物たちに語らせるだけである。

小津は生前「わからせようとするのは野暮だ」といっている。

ようするに、作り手が「このように感じてほしい」と望む方向に観客を誘導する作劇を批判しているのだ。

それはとても大人な態度だと思う。

といっても、描写をサボって空白だらけの映画を撮って「あとは観客の想像にお任せします」といっているのではない。

必要なものはすべて描いている。


たとえば、僕は次女がいっていたように、この映画で杉村春子が演じる長女の志げが両親に対してあまりに冷たすぎると感じていたんだけど、なぜ彼女は親、特に父親に対してあんな態度をとるのか。

それがわかるのが、彼女が語る笠智衆演じる老父は昔は大酒呑みで子どもたちはそんな父親を嫌っていた、というくだり。

この映画の中の老父は妻とユーモラスな会話を交わしたり義理の娘の紀子に優しく礼をいったりする好々爺だが、若い頃は家族にずいぶんと迷惑をかけていたことがこの長女の台詞からうかがえる。


この72歳の老父を演じている笠智衆は、撮影当時48歳(笠の旧友を演じているのちの初代水戸黄門東野英治郎は46歳)。

黒澤明の『生きものの記録』(1955)でも当時30代だった三船敏郎が70代の老人を演じているが、三船はパワフル過ぎて年寄りにはちょっと見えない。

でもこの『東京物語』の笠は、いわれなきゃほんとの爺さんだと思ってしまうほど見事な老けぶりである。

腰が曲がっているように見せるために背中に座布団を入れてたんだとか。

このように、笠智衆は若い頃から老け役を演じていて晩年まで映画やTVドラマに出演していたので恐ろしく長寿だったような印象があるが、亡くなったのは88歳だから(それでも十分ご高齢ではあるが)実はそんな驚くほどのご老体だったわけではない。

実年齢よりはるかに年上の役を演じ続けて違和感がないこんな俳優さん(2010年に亡くなった北林谷榮さんもそういう女優さんでしたね)は、今の日本映画界にはちょっと見当たらない。

今では若い俳優が老人を演じるには特殊メイクの力を借りなければコントになってしまう。

ちなみに在京の友人たちと呑んで酔っ払い、ヒョコヒョコと歩く演技がなかなかカワイイけど、笠智衆ご本人は下戸で酒は呑めなかったんだそうで。


さて、なかなか映画の内容に踏み込まないので申し訳ないんですが、もうちょっと寄り道を。

90年代初頭、NHKで映画監督の吉田喜重がナレーションを務める「吉田喜重が語る小津安二郎の映画世界」という小津の特集番組をやっていて、非常に興味深く観た。

あれから観ていないので内容はほとんど忘れてしまったが、その中で小津作品における「反復とズレ」「無秩序な世界」などについて語っていた。

そのすべてを理解できたわけじゃないけど、小津映画は僕にとって出会ったときからなにひとつむずかしいことなどない映画であると同時に「アート」でもあるという、なんとも不思議な存在だった。

なお、小津作品は映画評論家で監督のポール・シュレイダーによって、ロベール・ブレッソンカール・ドライヤーの作品とともに「聖なる映画」と称されている。


1960年代当時“松竹ヌーヴェルヴァーグ”と呼ばれて一部の映画ファンたちに持て囃されていた吉田や大島渚篠田正浩らは自分たちの映画の主演女優と結婚したが、そのことについて小津は「そういうことは潔くない」といっていたという。

あとは、酒の席で酔った小津が若手の吉田にカラんだ逸話など。

当時、大島ら新進の若手映画監督たちはフランスのヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)に影響を受け(もしくは同時代的に)、スタジオを飛び出してロケ撮影を行い、既成の映画文法から脱却した実験的な作品を低予算で撮り続けていた。

そんな彼らの“仮想敵”が、すでに映画界で「巨匠」であり権威の象徴である小津だった。

彼らは小津の映画を「保守的で年寄り臭い映画」と批判した。

彼らにとって小津の映画は全然「リアル」ではなくて、戦前から変わらずいつまで経っても同じことを繰り返しているようにしか見えなかった。

彼らにとって重要だったのは同時代性、彼らにとって「リアル」な政治や暴力、そして性描写だったのだろう。

そんな要素は小津の映画には存在しなかったので、彼らのやり玉にあがったのだ。

しかしどうだろう。

今現在、大島や吉田、篠田のあの頃の映画は小津の映画ほど人々に観られているだろうか。評価されているだろうか。

僕はあの当時の大島渚の映画を観て、あまりにもわけがわからなすぎて途中で挫折した経験がある。

愛のコリーダ』などで今でも大島は偉大な映画監督として世界的に評価されているが、悪いけど僕は彼の親の世代である明治生まれの小津の方がよっぽどわかりやすいし好きだ(※大島渚監督のご冥福をお祈りいたします)。


三世帯の大家族を描いた漫画「サザエさん」の原作者、長谷川町子が生涯独身だったのと同様、映画の中で家族や婚期を逃した娘の結婚を描き続けた小津もダンディで昔からなじみの芸者や女性との結婚話はあったし、『晩春』以降出演作が続いた原節子との間にもロマンスの噂はあったが、けっきょく満60歳でこの世を去るまで独身を貫いた。

そんなところも個人的にこの監督を敬愛する理由となっている。

美学に殉じた人だから。

そしていかなるときにも余裕がある。

これはやっぱり「大人」だ。

フランソワ・トリュフォーヴィム・ヴェンダースジム・ジャームッシュアキ・カウリスマキホウ・シャオシェンアッバス・キアロスタミと、世界の名だたる映画監督たちが小津に憧れるのも、大人の映画人としての彼の姿勢、及びその作品の普遍性にあるのだろう。


…とまぁ、評論家の受け売りを得意げに開陳してきたけれど、僕がこの映画でいつも涙ぐんでしまうのは、東山千栄子が演じるお婆ちゃんが孫に「あんたがお医者さんになる頃には、おばあちゃんおるかのぅ」とつぶやく場面。

自分の祖母を思い出していつも泣きそうになる。

それと、この映画でもっとも印象的な登場人物は、先ほどあげた杉村春子が演じる志げ。

もう、この人の演技は絶品。

「演技」することを禁じられ、何十回とテイクを重ねられて疲労困憊でもはや何も考えられなくなって台詞が棒読み状態になったところでようやく「OK」が出るという恐怖の小津流演出の中で、杉村の演技は例外的にリアリスティックである。

母親が亡くなって泣いていたかと思えば、その直後に紀子に「あんた、喪服持ってきた?」と尋ねる場面など、「不謹慎ギャグ」すれすれのユーモアだが、これはけっして誇張された演技ではなくて、こういうシチュエーションは僕らのまわりにいくらでもある。

さらに紀子に「あんた、お父さん(笠智衆)についててあげてよ」といって自分はとっとと東京に帰ってしまうところなど、実の娘のくせにどんだけ薄情で無責任なんだよ!と腹が立ってくるが、やはりこういうオバサンは現実に存在する。

昔の映画の俳優の演技は型にはまってて古臭い、という勝手な先入観を覆す名優たちのこういう演技を観るたびに、たしかに1950年代は日本映画の黄金期だったんだな、と痛感する。


小津は1960年代に若い観客や映画監督たちから「若者の描写が古臭い」とコキ下ろされた。

それは、小津が若者のために映画を撮っていなかったからである。

若者を「リアル」に演出する技術は、15〜20年ぐらい前から急激に進歩してきたと思う。

たとえば90年代に登場した岩井俊二とか、あるいは2000年代以降台頭してきたインディーズ系の映画監督の中には10〜20代の若者を描くのが巧みな人は多い。

しかし、一方で“中年”や、特に“老人”をちゃんと描ける映画監督は少なくなった、というかほとんどいない。

かつて1950年代には成熟していた映画が、今では若者に席捲されてしまった、ともいえる。


似たようなことを、たとえば僕は山田洋次に感じる。

彼の“現代劇”に登場する若者は、ちょっと信じがたいほど時代錯誤だ(『学校』や『息子』など、若者が主要登場人物でなおかつ評価が高い作品もあるが)。

それはすでに20年以上前の1980年代から顕著だったけれど。

2010年に公開された『おとうと』(感想はこちら)の蒼井優加瀬亮の、時代が30~40年前で止まってるような“若者”演技には絶句した。

いまどきあんなカビの生えたような台詞廻しをする若者が登場する映画を目にするとは思っていなかったので、じつに尻の心地が悪かった。

おもわず「巨匠」をコキ下ろしてしまったが、つまり今から約50年前に、小津もまた同じように若者たちから叩かれたということ。

ただ、小津と山田の決定的な違いは、小津の映画は時代を越えた“象徴性”を持っているということである(小津自身は自分の作品にいかなる“象徴”もまとわせはしなかったが、ときを経た今、やはりそこからは純化された“何か”を感じずにはいられない)。

東京物語』は1953年が舞台ではあるが、そこで描かれる親子や家族の関係は、現在の僕たちとつながっている。

「孫もかわいいが、やっぱり子どもの方がいい」という老夫婦。

この言葉は似たようなことを祖父からいわれたことがある。

親子、というのはやはり重要なのだ。

三男役の大坂志郎がつぶやく「孝行したい時分に親は無し、さればとて墓に布団は着せられず」という言葉は他人事ではない。

とにかくこの映画の中に出てくる台詞はどれもが監督と脚本家によって練り込まれ吟味された珠玉の言葉で、みな僕の胸に刺さる。


映画を意識的に観はじめた時期にこの作品に出会えたことは、本当によかったと思う。

僕は小津作品のファンというわけではないし、本数も数えるほどしか観ていないけれど、でもやっぱり優れた映画に触れておくことは大事だと思います。

しょっちゅう観たいとは思わないが、イイものの味は知っておいて損はない。


映画の最後に、老いた父は血のつながらない義理の娘に亡き妻の形見の時計を託す。

それはこの映画『東京物語』そのものではないか?

自分やその作品を理解せずにただ責めたてるだけの息子たち(後進の映画監督たち)ではなく、真に彼の意図を汲み取ってその魂を受け継いだ後継者たちへ、小津が残した形見。

だからこそ、今僕たちはこの映画をおごそかな気持ちで敬意を込めて観るのだ。


現在、山田洋次監督の最新作で『東京物語』のリメイク作品『東京家族』(感想はこちら)が公開中である。

かつて原節子が演じた紀子役にあたるヒロイン(役名もおなじ)を蒼井優が演じている。

東京物語』は60年経った2013年にまたあらたな形でスクリーンによみがえった。

両者を観くらべてみると、時代を経て変わるものと変わらないものが見えてくる。

小津監督から山田監督へ手わたされた“腕時計”は、やがては誰の手に伝えられるのだろうか。見守っていきたいと思う。


原節子さんのご冥福をお祈りいたします。15.09.05


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