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『無法松の一生<4Kデジタル修復版>』(1943年版)


稲垣浩監督、阪東妻三郎園井恵子、澤村アキオ(長門裕之)、永田靖、月形龍之介ほか出演の『無法松の一生』。1943年作品。4Kデジタル修復版2020年。78分。

原作は岩下俊作の「富島松五郎伝」(のちに映画のタイトルに合わせて改題)。

撮影は宮川一夫。脚本は伊丹万作

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明治30年。人力車の車夫・富島松五郎(阪東妻三郎)はその喧嘩っ早さから“無法松”と呼ばれていたが、気のいい男だった。ある日、堀に落ちて怪我をした少年・敏雄(澤村アキオ)を助けた松五郎は、敏雄の父親で陸軍大尉の吉岡小太郎(永田靖)に気に入られて、吉岡家と懇意になる。


大映4K映画祭」で鑑賞。

同じく稲垣浩監督による三船敏郎主演の1958年版はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞していますが、実は僕はこの1943年のオリジナル版も58年版もこれまで観ていなくて、原作も読んでいないのでまったく内容を知らず、完全に今回初めて目にすることになりました。

「午前十時の映画祭」でもこれから58年版と続けて上映される予定ですが、一足早くこちらでということで。

阪妻」こと阪東妻三郎といえばサイレント期の映画スター、ということは知っていましたが、昔、TVで彼が主演したサイレント映画の時代劇を断片的に目にしたことがあった程度で、ちゃんと作品を観たこともなかった。

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で、今回いい機会だから劇場に足を運んだんですが、映画の前にこの1943年版『無法松の一生』についての短篇ドキュメンタリーが上映されました(「午前十時の映画祭」でも上映されます。ブルーレイにも収録されている模様)。

ウィール・オブ・フェイト~映画『無法松の一生』をめぐる数奇な運命~』。2020年作品。20分。

監督:山崎エマ、出演:宮島正弘、白井佳夫田村亮、稲垣涌三、宮川一郎、太田米男、ナレーション:リリー・フランキー、アニメーター:古川タク


1943年といえば戦争中なわけで、内務省の検閲によって脚本の時点で削除しなければならない部分が出てきたり、撮影されて編集済みのフィルムからも賭博のシーンや松五郎の吉岡夫人への秘かな思慕を示唆する場面はことごとくカットさせられたこと、そして戦後には今度はGHQによってさらに何箇所も切られたことなどが語られる。

さまざまな場面が走馬灯のようにオーヴァーラップするショットは、撮影後に光学的に合成するのではなくて秒数を計りながらキャメラの中のフィルムを巻き戻して多重露光で撮影されたもので、物凄い手間をかけて撮り上げられたものだけに、撮影を担当した宮川一夫さんが泣く泣くハサミを入れる場面(アニメーションで描かれていました)には悲しみとともに怒りが湧いてきた。

職人たちの汗と涙の結晶が無残に切り刻まれて失われていった歴史を二度と繰り返すようなことがあってはならない。

宮川キャメラマンの下で長年仕事をされてきた撮影監督の宮島正弘さん(『大魔神逆襲』→感想はこちら にも参加している)が今回の修復作業で監修をされていて、この作品について熱く語っておられました。

cinemore.jp


僕たちが現在観ることができるのは10分以上もカットされた不完全なもの(松五郎が亡くなる場面すら切られていて、彼が酒を飲んでいる場面のあとにはもうお墓の中)で、残念ながら最初に完成したヴァージョンを観ることは永遠にできない。

だから、この短篇ドキュメンタリーと一緒に、作品が受けた多大な損失、その歴史的な事情を知ったうえで観ないと場面が飛んだように感じられるだけの残念な作品に思えてしまう。

58年版は同じ脚本を使ったということだから、そちらを観れば43年版でカットされたところがどこなのかわかるんでしょうね。

「午前十時の映画祭」で58年版も観ようと思います。

さて、映画についてですが、やはり阪東妻三郎がいいですねぇ。


ご長男の田村高廣さんと顔や声の感じがよく似ている。

田村高廣さんも、それから弟の田村正和さんも惜しくも亡くなられてしまいましたが(奇しくもお二人とも77歳で)、阪東妻三郎さんが亡くなったのは1953年(享年51)なんですね。

それは出演作を全然観てないわけだ。さすがに昔過ぎる^_^;

松五郎のキャラクターというのは寅さんなどその後の日本映画の登場人物たちに影響を与えたということだけど、そうだろうなぁ。


背中に飛びつきたくなるようなおっちゃんなんだよね。

嫌われ松子の一生』はこの映画のタイトルをパロったものだろうし(内容全然関係ないけど)、『ドン松五郎の生活』はどうなんだろうかw

「~の一生」って題名はこの映画からなのかな?

松五郎に助けられる敏雄を演じている長門裕之を、一目見て彼だとわかったのが可笑しかった。子どもの時から長門裕之だ、ってw


長門裕之さんって、僕が物心ついた頃にはすでに限りなくおじいちゃんに近いおっちゃんだったので、長門さんにも可愛い時代があったんだな、と(笑) 子役出身だったんだなぁ。

まぁ、映画一家の人ですもんね。若い頃は桑田佳祐にそっくりだったから、モテたんだろうな。

敏雄の母親、吉岡よし子を演じる園井恵子さんは宝塚歌劇団出身で清楚で美しく落ち着いた声も素敵な女優さんだけど、先に上映されたドキュメンタリーで彼女が1945年8月6日の原爆投下によって被爆して亡くなったことを知ってから観たので、*1これが戦争中に作られた映画であることを強く意識させられたのだった。

そういえば、吉岡大尉役の永田靖は『ひろしま』で軍人を演じていました。永田靖さんも同じ桜隊(苦楽座)のメンバーだったから、『ひろしま』への出演は亡くなった仲間たちへの鎮魂の意味もあったんでしょうか。

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もともとあった敏雄たちが「青島陥落」を祝う場面が戦後になってGHQの命令によってカットされたということだけど、直接物語の本筋とはかかわらない部分でも戦争は映画に影を落としていた。

戦時中だというのに物凄い数のエキストラがいて驚かされる。明治時代が舞台だからオープンセットや衣裳なんかもそのために用意しなきゃいけないだろうに、派手な戦争映画でもないのにこの動員。車夫のおっちゃんの小さな物語なのに。

1943年という時期に、『無法松の一生』のような戦意高揚を目的としたわけではない映画を作ること自体、稲垣監督たち作り手の強い想いが伝わってくるし、同じ年に封切られた黒澤明監督の『姿三四郎』よりもヒットした、というのも、当時の人々がどんな映画を求めていたのかうかがえる。

もっとも、この映画の原作は中篇で映画版はそれに忠実、とのことだけど、正直なところカットされた部分を差し引いても僕はちょっと全体的に駆け足気味に感じてしまったのでした。

月形龍之介演じる地元の親分との間にもっといろいろあるのかと思ったら意外とあまり絡まないし、特に敏雄が成長して中学生になって以降がずいぶんと端折り過ぎに思えたものだから。

これはそれこそ、TVドラマで何話かに分けて描くとちょうどいいお話じゃないだろうか(いや、もちろん当時はTVなんかないけど、つまりもっとヴォリュームがあってもよかったのでは、ということ)。

“無法松”と呼ばれる松五郎の暴れん坊ぶりをもっと見たかったし、敏雄とのふれあいのエピソードも(少年時代の松五郎のエピソードも)もっと描かれていたら、まるで息子のように可愛がっていた「ぼんぼん」がやがて成長して自分と疎遠になっていく松五郎の寂しさもより強く感じられただろうし、よし子へのけっして表には出せない想いも観る者に伝わったんじゃないかと。

今のままだと、あれで松五郎がよし子のことを好きだった、というのはずいぶんと飛躍がある。

58年版では果たしてそのあたりがどのように描かれているのか楽しみですが。

雨月物語』に続いてこの映画もマーティン・スコセッシ率いるフィルム・ファンデーションが修復作業にかかわっていて、いかにも日本趣味な『雨月物語』はまだわかるんだけど、『無法松の一生』の1943年版も、というところがほんとにスコセッシ監督は学者のような人だなぁ、と。古い映画の価値をよく知っている。

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上に貼った動画でもあったように、キャメラが二階の部屋の中から下に降りていくクレーンショットがなかなか面白かった。どうやって撮ったのか気になりますね。

今回の「大映4K映画祭」で観た4本の映画のうち3本が宮川一夫さんの撮影で、それぞれ監督ごとに撮り方にも個性があって興味深かったです。

クリアな映像で観てこそ、その仕事の素晴らしさが堪能できる。

この1943年版『無法松の一生』は、その後の宮川一夫さんの仕事に繋がっていく重要な作品だったんですね(宮川一夫さんは58年版は撮影していない。そして58年版の『無法松』を生涯観ようとはしなかった、とドキュメンタリーの中で語られていた)。

大切な部分が何箇所も失われてしまった「欠けた」状態の映画が、それでも可能な限り修復されて僕たちの前で上映される。

作品に直接かかわった人々はほとんどが亡くなってしまったけれど、でもこうやってかろうじて先人の残してくれたものを目にすることができる喜び。

デイミアン・チャゼル監督の『バビロン』(感想はこちら)でも描かれてましたが(サイレント映画の終焉を描いたあの作品のあとにサイレント映画の大スターだった阪妻の映画を観る、というのもなかなか面白い繋がり)、こうして僕たち観客もまた「映画史」の一部になっていくんだな。

古い映画がますます観たくなってきた(^o^)


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*1:ドキュメンタリーでは詳しく触れられていなかったけれど、新藤兼人監督の映画『さくら隊散る』で描かれた移動劇団「桜隊」に所属されていたんですね。