映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『ひろしま』

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関川秀雄監督、月田昌也、月丘夢路岡田英次山田五十鈴加藤嘉岸旗江、原保美ほか出演の『ひろしま』。1953年作品。

原作は長田新による文集「原爆の子~広島の少年少女のうったえ」。

音楽は伊福部昭

www.youtube.com

www3.nhk.or.jp

1945年8月6日のアメリカ軍による広島への原子爆弾の投下とその直後の惨状、7年後に原爆症を発症する女子生徒、両親をなくして幼い妹ともはぐれた少年のその後など、原爆のもたらした甚大な被害と被爆者に与えた多くの傷を通して核兵器の恐ろしさと戦争への怒りを訴える。

映画の内容について記しますので、まだご覧になっていないかたはご注意ください。


8月10日(土)にNHKEテレで放送された「忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”~」(8月16日再放送)で採り上げられていた1953年の映画『ひろしま』。

17日(土)には映画本篇が放映されました。

また、いくつかの映画館でも上映されて、そちらにも足を運んできました。

平日の朝10時からの上映だったけど、年配のお客さんで場内は満席だった。

この映画は若い人はもちろん、日頃あまり映画を観ない中年層の皆さん、特に戦争や原爆を描いた作品を忌避しがちな、あるいは戦前戦中の時代を美化、神聖視しているような人々にこそ目を背けずにちゃんと観ていただきたい。

ここで描かれていることは、現在の日本に直接繋がっています。

この映画が大手の配給会社から上映を拒否されて、その存在自体が忘れかけられていたことは重く受け止める必要がある。

今回のNHKの番組によって、この「封印」されかけていた映画がその後さまざまな人々の尽力によって上映が続けられていることを知りました。

そのことへの賞賛とともに、現実の負の歴史を消し去ろうとする者たちへの怒りが湧いてくる。そして、これはけっして忘れられてはならない記憶なのだ、と強く感じた。

残念ながら映画館ではパンフレットは売っていなくて、この映画についてはあまり詳しく知ることはできませんでしたが、先ほどのNHKの番組の中で制作の裏側が語られていてとても参考になりました。

「反米的」なものが規制されていた時期に核兵器の恐ろしさを綴った「原爆の子」が出版できたのは、それが児童たちによる作文という形をとっていたからだということ、映画の撮影には大勢の広島の市民、そして被爆者たちが参加したこと、実際に出演したかたがたのインタヴューもあり、またなぜこの作品がいくつもの映画会社から上映を拒まれたのか、その本当の理由がうかがえる事情なども知ることができました。

また、『ひろしま』のデジタル修復にはアメリカの会社が協力していることなども。加害者側として、この映画をアメリカの多くの人々が観る必要性を感じてのことでした。

学校の先生役の月丘夢路さんに肩を抱かれた二人の女学生のうちの左側の少女を演じていた女性がインタヴューに答えられていて、ご自身も被爆者であり、撮影の時には泳げないにもかかわらず力尽きて川に流されていく演技を頑張ってされたことなどを語っていました。

そして、この映画の撮影に参加したことは、反米的な行為で「アカ」の手先だ、というようなことを当時言われたそうで、ここ最近のこの国での何かといえば二言目には「反日」がどうとか抜かす輩の物言いとまったく同じだなぁ、と思った。権力に尻尾を振って弱い立場の人々を痛めつける、何十年経っても性根の腐った人間たちの愚かさがまったく変わっていないことに深い溜息をつかざるを得ない。

他にも、やはり当時学生で撮影に参加したものの、大人たちのイデオロギーの対立に利用されていると感じて、その後広島を離れて被爆経験を忘れようとしてきた、という男性もいました。

とても重要なことを伝えている番組だったので、Eテレにはぜひ今後もこの特集番組と映画『ひろしま』本篇を定期的に再放送してほしい。

※「忘れられた“ひろしま”」は10/19(土)午後11時からと24日(木)午前0時から再放送予定(60分)。


映画そのものについては、僕は原作の「原爆の子」をちゃんと読んだことがないので、この映画がどれぐらい史実に忠実なのかといったことはわからないし、観る前はてっきりポスターに写っている月丘夢路さんが主人公を演じているのだと思っていたんだけど、彼女の出演は部分的なもので、映画は被爆した多くの人々の中の何人かのエピソードをピックアップして、亡くなっていく人たち、生き残った人たちの姿を描いていく。

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原爆の炸裂のあとの惨状を表現した大掛かりなセットは(衣類や日用品、瓦礫の一部などは被爆者のかたがたから提供されたものが使われている)まるで記録映像を観ているような生々しさを感じさせる。

今村昌平監督の『黒い雨』(1989)など、すでにこれまでも原爆投下直後の惨たらしさを描いた映像作品は何本も観ていたから映像そのものにショックを受けることはなかったけれど、それでも階段から無数の女学生たちが溢れるようにして川に向かって逃げていく場面など、脳裏に焼きつくような描写がいくつもある。

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映画の中で、海外の人たちに原爆のことを伝えるのも大切だが、まず日本の人々に知ってもらいたい、という男子生徒の台詞があるけれど、「原爆の子」が出版される前は、同じ日本人でも原爆についての事実、正しい知識を持っている者は少なかったんですね。

それは占領軍のアメリカが反核に繋がるとして原爆のことを公けに言及するのを検閲によって禁じていたからだけど、それはアメリカの占領が終わったあとも続いた。被爆者は核兵器の被害者として手厚く保護されるのではなく、差別され厄介者のように扱われた。これもまた現在に続くこの国の醜い特徴の一つ。 けっして過去の話ではない。

だから、この映画は原爆について無知な人々にその惨禍を伝える重要な役割を担っていた。

だが、すでにアメリカの占領は終わっていたにもかかわらず、戦前戦中から続く「お上への忖度」からくる“自主規制”によって、この映画は大手映画館から締め出されてしまう。

有志による学校などでの自主活動で細々と上映されてきたようだけど、ほとんどの人々の記憶から消えようとしていた。

この映画が再び注目されるようになったのは、3.11の大震災での原発事故がきっかけだということですが、僕はそのことを今回まで知らなかった。この映画の存在自体、今回初めて知ったのだし。

同じ文集を原作にした新藤兼人監督の『原爆の子』と同様、タイトルは聞いたことはあったかもしれないけれど観たことはなかった(『原爆の子』はいまだに観ていない)。


戦争の悲惨さを語ったり描くこと自体を自粛させようとするような風潮の中で、今、反核の訴えや軍部の戦争責任を問うような内容の作品をNHKの地上波で放送するというのは本当に意味のあることだと思う。

戦争や原爆についての映画や番組は「怖いし嫌な気持ちになるから観ない」という人たちが結構いるようだけど、そうやって避け続けていると安易に戦争を美化することに繋がるんじゃないだろうか。戦争は、核兵器は、「怖いし嫌な気持ちになる」ものだからこそ、かつての負の歴史は忘れてはならないのだし、ことあるごとに見つめ直して反省をしなければ同じ過ちを繰り返すことになる。それこそ戦争と原爆の犠牲者への最大の冒涜だ。“英霊”なんぞを称揚するよりも、もっと大事なことがある。この映画は名もなき市井の人々が無残に殺されていく様子、生き残っても苦しみを味わう姿を映し出す。それは「私たち」の姿でもある。絶対に繰り返してはならない。

原爆投下後に生き延びて同級生と避難したが、そこで亡くなってしまう一郎の父親を演じている加藤嘉さんは『砂の器』で有名だし、その後TVの時代劇で顔を見ることもあったけれど、僕が子どもの頃に初めて見たのは、ダムの底に沈んでしまう村の認知症の老人を演じた『ふるさと』(1983)でした。

あの映画の時点で加藤さんは結構なおじいちゃんだったし(公開当時70歳)、その迫真の演技を見た僕はてっきり本物の認知症のお年寄りが出演しているんだと思っていた。…まぁ、そんなわけはないんですが^_^;まばたきもせずに目をカッと見開いて演技する加藤嘉さんを幼い頃の僕はとてもリアルに感じたということです。

で、『砂の器』もそうだったように僕はおじいちゃんになってからの加藤さんしか見たことがなかったので、昭和28年に作られた『ひろしま』でまだ若い彼を初めて見て最初は「あの加藤嘉」だとはわからずに、ちょっと藤原釜足のような俳優さんだなぁ、と思ったのでした。

あの眼光は若い時からのものだったんですね。

加藤嘉さんが女優の山田五十鈴さんの元夫だったことはWikipedia情報で知っていたんだけど、お二人にどのような接点があったのかはよく知らなかったので、なるほど、この映画で共演していたのだなぁ、と(『ひろしま』が公開された年に離婚されていますが)。

ひろしま』での加藤さんと山田五十鈴さんの出演シーンは他の出演者たちと同様にけっして長くはないのだけれど(二人とも映画の途中で死んでしまうし)、どちらも鮮烈な印象を残す演技を見せていて、原爆の恐ろしさを伝えるためにお二人がこの映画で果たされた役割は大きいと思います。

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山田さん演じる母親は被爆後めぐり会えた幼い息子がすでに死んでいるにもかかわらずその亡骸を抱き続けていて、やがて自身も息絶える。加藤さん演じる父親もまた、崩れた家の下敷きになった妻を助けられず、息子を捜し回っているうちに原爆症を発症して救護所で髪の毛が抜け嘔吐しながら、ようやく会えた疎開先から戻ってきた小学生の次男・幸夫と幼い末の娘・洋子の目の前で死んでいく。洋子は変わり果てた父の姿を見て「お父ちゃんじゃない!」と取り乱して駆け出したまま行方不明になってしまう。

この映画を観ていて、どうしても中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」を思い出さずにはいられないんですが、それは被爆者を描いているから、というだけではなくて、たとえばチャップリンの『殺人狂時代』(1947年作品。日本公開52年。感想はこちら)での主人公の「一人殺せば犯罪者だが、(戦争で)百万人殺せば英雄になれる」という台詞が引用されているところや、被爆者の遺体の頭蓋骨をハロー(アメリカ兵)に売ろうとするところなど、「はだしのゲン」で同じ展開がある。

原作となった「原爆の子」には中沢さんの手記の一部が引用されているそうだし、『ひろしま』はかつて共産党の支持団体だった日教組によって作られている。「はだしのゲン」もまた共産党機関紙の赤旗でも掲載されていた。だから、中沢さんはもしかしたら『ひろしま』を観てアイディアを拝借したのかもしれませんね。それとも、当時『殺人狂時代』は反戦的な作品として観られていたのだろうか。

ただし、『殺人狂時代』の内容は現代版「青髭」といった感じの不気味でブラックな殺人喜劇で、ラストで死刑囚となった主人公が語る先ほどの「百万人殺せば…」のくだりは自分の殺人を正当化する詭弁のようにも感じられる。僕はあの映画はいわゆる「反戦映画」とは違うと思う。チャップリンの映画なら、むしろその前の『独裁者』(感想はこちら)の方が反戦・反差別を直接訴えかけている。

ちなみに、やはりチャップリンの『キッド』(1921年作品。感想はこちら)の劇中でジャッキー・クーガン演じる“キッド”が投石で他人の家の窓ガラスを割って、そのあとに主人公のチャーリーがそ知らぬ顔でガラスの修理業者としてやってくる、という「商売」を始めるのだが、これも「はだしのゲン」の中で再現されている。

はだしのゲン」は思想的な部分で叩かれがちな作品だけど、『ひろしま』もまた劇中で軍人の口から何度もバカの一つ覚えのように繰り返される「天皇陛下の赤子(せきし)として」という言葉に戦時中の軍部の無能さとともに昭和天皇の戦争責任を問う姿勢がうかがえる。そのあたりが問題視されて大手の映画会社から拒絶されたのでしょう。

TVでの放送後に流れたNHK君が代は物凄い皮肉のような効果があった。

また、劇中で男子学生たちがアメリカの原爆投下の人道的問題を問うたり、再び忍び寄る戦争の影に対する不安を口にしたり、「ノー・モア・ヒロシマズ」の垂れ幕を大写しにしたり、そのストレートな反戦反核メッセージも「はだしのゲン」の作風と通じるところがある(『ひろしま』の方にはゲンのようなキャラの立ちまくった主人公はいませんが)。

個人的にはそこが1本の「劇映画」としては不満に感じるところでもあって、よく日本の戦争映画について言われる「反戦思想が押しつけがましい」という批判は、このような作りに対する拒否感からくるのではないかと。

だけど、それでは「はだしのゲン」という作品は無価値なのかといったらまったくそうではないように、この『ひろしま』もまた原爆の恐ろしさを直接的に描いて人類がけっして忘れてはならない歴史的事実を後世に伝えているのだし、もはや匂わすとかうかがわせる、といった生ぬるいものではなくてハッキリと言葉で伝えて訴えなければ、という想いからくるものなのだろう。


劇中ではちゃんとした説明がないので、なぜ成長した幸夫が働く工場で再び戦争に使われる大砲が作られるようになったのか、当時を知らないとわからないが、50年には朝鮮戦争が始まって53年に休戦になっている。冷戦下でまた戦争に巻き込まれるのではないか、という不安は切実なものだった。また、50年には自衛隊の基となる警察予備隊が作られ、それが保安隊となったのが52年で、劇中でも隊員募集のポスターが壁に貼られていた。『ひろしま』の翌年に公開された『ゴジラ』で、ゴジラを攻撃しているのはその保安隊。

ei-gataro.hatenablog.jp


ひろしま』の音楽は『ゴジラ』の伊福部昭が担当していて、『ひろしま』で使用された曲が『ゴジラ』で流用されている。『ゴジラ』はアメリカの水爆実験による日本のマグロ漁船の被曝から着想を得た映画で、戦争の傷跡を思わせる描写の数々と反核メッセージという、『ひろしま』と繋がるテーマで貫かれていた。

映画の冒頭で女子生徒たちの前で軍人(男は全員ゲートルを巻いた軍装なので、教師なのか軍人なのかよくわからない)が耳障りな甲高い声で訓示を垂れたり、生徒の頬を張ったりしているし、建物疎開に駆り出されている男子生徒たちがめいめい教育勅語を唱えていて、それを偉そうに監督している教師だか軍人だかよくわからん大人たちが本当に不愉快だった。

もちろんあれは俳優が演じているのだが、ほんのわずか8年ほど前までは“本物”がああやってデカいツラしてのさばっていたわけで、みんなそれを見ていたわけだから、あの大人たちの描写はリアルなんだろうなぁ。

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僕はあの連中が大昔に「大日本帝国」とともに滅んだようには思えないんですよね。ああいう奴らは今もいるから。体育会系のノリで生徒をしばきまくる学校の教師なんて、あの頃からちっとも変わってないじゃないか。自分たちは安全な場所から国民を抑圧する者たちも。

原爆を広島と長崎に落とされても、なお「聖戦」などと言って戦争継続を唱える軍人どもを冷ややかな目で見つめる科学者のあの表情は、この映画を観ている僕たち観客の視線だ。

この映画は今も続くこの国の問題を突いてくる。愚か者たちに国を明け渡してはならない。

殺されていくのは素直に命令に従っている市井の人々なのだから。

この映画には8万8千人の広島市民がエキストラとして参加したそうだけど、おそらくその多くはラストシーンで原爆ドームに向かって行進する人々でしょう。

あの街や道路を埋め尽くすような数の人々の姿は、まるで原爆で亡くなった人たちを悼むために流される灯籠のように見える。

8月が過ぎれば僕たちは戦争のことも原爆のことも忘れていていいわけではない。昔のことだからと無関心になったり、「なかったこと」にしてしまっていいわけではない。

そのことを強く訴えているこの『ひろしま』は、だからこそこれからも何度も何度も繰り返し観続けられていく必要がある。未来に残していかなければならない作品なのだ。

平和の鐘は鳴らし続けなければならない。悲惨な戦争を二度と繰り返さないために、そしてもう二度と核兵器が使われないために。


www.nhk.or.jp


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