映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『キャタピラー』


※以下は、2010年に書いた感想です。


監督:若松孝二、出演:寺島しのぶ大西信満の『キャタピラー』。2010年作品。R15+

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中国に出征していた夫(大西信満)が四肢と聴覚を失って帰ってくる。村人たちに「軍神」と讃えられる彼だったが、戦地では現地の女性をレイプして殺害していた。それを知らぬ妻(寺島しのぶ)は甲斐甲斐しく夫を世話するが、夫は以前よりもさらに本能に忠実になっていくのだった。


若松監督がオーナーであるミニシアター「シネマスコーレ」は土曜日ということもあって、朝10時からの回はもうすでにほぼ満席。年配のお客さんが目立つ。

一番前の左端、という苦しい席をなんとか取れた。後ろの席のおばあちゃんが団扇を仰いでいる。なんかどっかの公民館みたいな雰囲気。

ちょっと不思議な空間でした。


映画の感想の前にまた無駄話。

十何年か前に、このスコーレ主催で「若松孝二町田康と行く一泊二日の合宿旅行」みたいなイヴェントに参加費を払って行った。

もうどこに行ったんだったか忘れちゃったけど、知多とかその辺だったかなぁ。

ようするに、映画とか小説とかシナリオなどに興味がある人はみんなでお二人を囲んで語り明かしましょう、みたいな催しだったわけです。

ただ、僕は町田さんの小説は何冊か読んでてユニークな作品だな、とは思っていたんだけれど、若松監督の映画は何本かヴィデオで観てまったく理解できなかった。

映画史に興味があるんで、かならずといっていいほど日本映画史に名前が出てくる若松監督のことや若松プロの活動についてもいろんな本で読んだりしていたけど、とにかく作品のストーリー自体意味がわからなくて全然頭の中に入ってこないので観てて苦痛で。

同じ頃に観た大島渚の作品と脳内融合してしまって余計わけわかんなくなっていた。

合宿でみんなで観た『ゆけゆけ二度目の処女』(だったかな?)の部屋中に撒き散らされた毒々しい真っ赤な血の色は印象に残ってるけど。

若松監督が撮った一般映画もタイトルは知ってたけど(宮沢りえ主演の『エロティックな関係』や、つかこうへい原作の『寝盗られ宗介』など)そそられるものがなくて、TV放映かなんかでちょっと目にしたことがあるぐらい。

…と、合宿に参加しときながら監督の作品や監督自身にあまり興味がなかったもんだから(どちらかといえば町田康さん目当てだった)積極的に質問したり議論したりする気がおきなくて、当時はお酒も飲めなかったから退屈で仕方なかった。

熱っぽく語り合ってる他の参加者たちの中に入り込めずに早々と布団に入って寝ちゃいました。

で、翌日、浜辺で寂しく海水浴して帰ったのだった。

何のために安くない金払って参加したんだか。

若松監督は、ちょっと怖そうで、でも深夜までみんなの話に付き合ってくれてて、懐の深そうな人だなぁ、という印象。

自分が書いてる途中のシナリオのあらすじを一所懸命説明しようとしてる参加者に、町田さんが「そういうのは完成するまで人には話さない方がいいですよ」とアドヴァイスしてたのを憶えてます。

それ以来、若松監督の映画は拝見してませんでした(別に若松監督のせいでもなんでもないんだが)。浅間山荘の映画を撮った時も劇場に足を運ぶことはなかった。

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008) 出演:坂井真紀 ARATA 並木愛枝
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で、今回の『キャタピラー』。

以下、江戸川乱歩の「芋虫」とともに『キャタピラー』のネタバレあり。


主演の寺島しのぶが海外で受賞して話題になっているのでどうなんだろうという程度の、実にいいかげんな興味で観に行ったわけですが。

寺島しのぶさんはこれまでも作品でヌードが話題になったりいろんなとこで「スゴい女優さん」といわれてるのを知ってはいたけど、彼女の主演映画を観るのはこれが初めて。

「最後の昭和顔女優」という褒めてるんだかバカにしてるんだかわかんないフレーズの理由は、この作品観てよ~くわかりました。

この『キャタピラー』は、あらすじからしてどう考えても江戸川乱歩の「芋虫」が原作のはずだけど(“キャタピラー”とは芋虫という意味)、そして事実最初はそうアナウンスされていたが、完成した映画のクレジットには乱歩の名前も「芋虫」という題名も一切出てこないし、宣伝でも触れられていない。

著作権料のイザコザとかいろいろ言われているようですが、理由は不明。


映画を観る前にいろんなことを考えました。

四肢を失った軍人のエピソードは中沢啓治の漫画「はだしのゲン」の中にもあって、まわりの人々からは「軍神」と讃えられながら、本人は布団に横たわったまま妻に「殺せー、殺してくれー」とうめき続ける。

可哀相とか気の毒とかいう以前に、あの恐怖は忘れられない。

ちなみに乱歩は生前「芋虫」について自ら「反戦小説ではない」と語っている。

最近読み返してないんで細かいストーリーは忘れちゃったけど(ほんと忘れてばっか)、三文字のカタカナで「ユルス」と書き残して消えた夫、かすかに聞こえた何かが井戸に落ちるような音。

あの不気味な余韻は、たしかに「反戦」というより、グロテスクな美しさをたたえていたように思う。

さっきの「はだしのゲン」もそうだけど、僕は幼い頃から戦争についてのさまざまな文章、写真、映画などにわりと触れてきたので、「戦争」というものへの恐怖が刷り込まれている。

なので、現実の戦争とアクション映画などで描かれるフィクションの「戦争ゴッコ」を混同しない自信はあるんだけど、一方で寺山修司のアングラ芝居や丸尾末広などのグロテスクな漫画に見られるような、畸形趣味、というか「見世物小屋」的ないかがわしさを孕んだ戦争の扱われ方(それは当然不快感を伴う場合が多いが)にある種の魅力を感じているのもたしかで、たとえば乱歩の原作での傷痍軍人を“芋虫”になぞらえる発想そのものが実に「見世物小屋」的だなぁ、と思う(あえて“差別的”とはいいません)。

だから今回の映画ではその辺りがどういうスタンスで描かれるんだろう、という興味があったのです。

この作品を「反戦映画」として観ることはもちろん可能だし、作り手もそのつもりで撮ったのかもしれないが、「良い、悪い」ではなくて僕は何かもっと別のことを描いた作品のように感じたのだった。

「戦争」は重要なファクターではあるものの、この映画を観れば単純に「戦争反対」を訴えた作品(そういう映画がいけないといってるわけじゃないですが)ではないのがわかると思う。

最初は無残で不気味に思えた夫の姿が、観ているうちに次第にどこかユーモラスに感じられてくる。

大西信満(ちょっと渡辺いっけい似)が演じる傷痍軍人の夫の場面は志村けんの「赤ちゃんコント」のリアル版、といった感じで(オシッコもします)、四肢がない身体で妻の寺島しのぶの上にのしかかるところは『怪奇!吸血人間スネーク』のヘビ人間か、デヴィッド・クローネンバーグの『裸のランチ』でピーター・ウェラージュディ・デイヴィスに覆いかぶさって腰を振るクリーチャーを彷彿とさせた。


なんかフランク・ヘネンロッター監督の『バスケット・ケース』に出てくる異形の“ベリアル兄さん”みたいでもある。

…って、不謹慎だろうか?

そうは思わない。


これは姿形だけでなく、これまたクローネンバーグ監督『ザ・フライ』のハエ男のごとく“心”までが人間ならざる者となった男と、その妻を描いた「ホラー」だ。

この夫は最初からけっして「善良な人」ではない。

出征する前から妻に暴力を振るっていたことが彼女の回想であきらかになるし、戦地では現地の女性を強姦、殺害している。

実にストレートな因果応報の物語である。

理由は明確に描写されていないが、映画からは「武勲を立ててその結果手足を失った」というよりも、好き放題やってて勝手に大怪我したような印象を受ける。

また“芋虫状態”になって戻ってきても別にそれまでの自分の行ないを悔いて改心する、といったことはなく、むしろさらに三大欲求に忠実になっていく。妻のメシまで欲しがるほど食欲があってよく眠り、おまけに性欲の方も旺盛。

耳をやられてるから言葉での意思疎通もできない。

口を使って一所懸命紙に文字を書く場面があるが、そこで彼が妻にした要求は「ヤリタイ」。

これは乱歩の「芋虫」に対する悪意ある改変、と勘ぐりたくなるほどだ。

戦争映画の中に登場する主要キャラクターとして、これほど同情の念が湧きづらい傷痍軍人も珍しいんではないか。

そして僕はこの「何を考えているのかわからない、もしかしたら何も考えてないかもしれない」夫に非常にリアリティを感じたのだった。


大西信満の目だけの演技が素晴らしい。

妻を恨めしげに見つめたり、そして「ア~!ウ~!」と唸って妻の身体を求める必死な表情。

かと思えば時折見せるイノセントな瞳。

しかも困ったことに、回想シーンでまだ傷を負う前の彼が喋るとほんとにたいしたことない人物に見える。


機嫌良く介護していたかと思えば次の瞬間ブチギレて夫を虐待し、そのあと我に返ったように謝る寺島しのぶの姿は、戦時中の特殊な環境というよりも何か非常に身近なものに感じられた。

軍神の鑑、妻の鑑、と讃えられる夫婦の真の姿。

そして夫は敗戦の日に…。


最初に書いたように、たしかに「反戦映画」という一面はある。

でも、繰り返し映し出される御真影のアップやとってつけたような戦没者数の提示、映画本篇とはストーリー的に直接関係がない広島への原爆投下についての言及(元ちとせが歌うエンドロールの歌も)などには軽い違和感をおぼえた。

さっきも書いたけど、これは半世紀以上前の遠い昔の出来事ではなくて、実はもっともっと身近な話だ。

戦争が夫を変えたというよりは、ああいう極限的な状況が彼の本性や人間性をより強く浮かび上がらせたんだろうと思う。

恐ろしい映画でした。

だからこそ観る価値はあると思う。

でも何が一番恐ろしかったって、両手両足を失って顔半分がケロイドに覆われた夫よりも、寺島しのぶの泣き顔のアップはチビリそうなぐらいおっかなかったです(失礼致しました^_^;)!


若松孝二監督のご冥福をお祈り致します。2012.10.17


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