片渕須直監督、のん(能年玲奈)主演のアニメーション映画『この世界の片隅に』が好評のようで嬉しいが、作品に対してではなく一部の観客の反応に引っかかるところがある。
『この世界の~』を褒める際に、中沢啓治・著の原爆漫画「はだしのゲン」や高畑勲監督のジブリアニメ『火垂るの墓』を引き合いに出してそちらを批判するというやり方の感想を散見する。
「反戦思想が押しつけがましい」とか「左翼的だから」といった理由のようで、「それに比べると『この世界の~』は…」といった持ち上げ方。
だけど、僕には中沢氏や高畑監督が実際に戦争体験者であることを脇において作品の発するメッセージや直接的な残酷描写に「反戦アレルギー」を発症している人々に物凄い違和感がある。
劇中で登場人物たちが声高に「戦争反対」を叫ばなければ、目を背けるような残酷な場面が映し出されなければ「反戦映画」ではないと思い込んでるのなら、それは大きな勘違いだと思う。
『火垂るの墓』だって、登場人物たちは劇中で戦争の是非について台詞で何かを言うことなどないし、それでもあの映画はれっきとした「反戦」のメッセージを発している。
戦争の残酷さ、悲惨さを描いているから。
では、『この世界の片隅に』は戦争の残酷さを描いていないのか。描いてるでしょ、思いっきり。
劇中でどれだけの人が戦争のために、原爆のために死んでいましたか?
『火垂るの墓』では誰一人として戦争への呪詛を言葉では言い表わさなかったけれど(だからこそ、戦争を描いた多くの作品の中でも抜きん出て優れた作品なのだと思う)、『この世界の~』ではおよそそういう言葉を発するようには思えなかった人物が、戦争と、戦争を始めた者たち、戦争を続けた者たちに、そしてそれに自分が加担していた事実に、涙とともにどこにもぶつけられない怒りの言葉を投げつけていたじゃないか。
この映画を観て「戦争を肯定的に描いている」などと思う人はいないだろう。
だったら「反戦映画」じゃないですか。
あのほんわかしたヒロインにこともあろうにスパイの容疑をかける憲兵に対して、夫があとで「バカ憲兵」と笑う場面もある。
玉音放送のあとのすずの慟哭や、戦争が終わって平和になった日本にはためく太極旗が何を意味していたのか考えたら、この映画がどんなことを訴えているのかわかるはずだ。
戦争反対を訴えたり戦争の悲惨さや日本人の加害者としての姿を描いた作品を「反戦思想」「自虐史観」などと呼んで忌み嫌う輩は、何かおかしな病いに脳を侵されてるんじゃないだろうか。
僕は反戦アニメ映画『この世界の片隅に』を観て、この作品が過去の日本の戦争映画、戦争アニメ、戦争漫画、戦争文学を否定するのではなく、これまで僕たちが触れてきたそれらの作品を今一度呼び起こして、一つに結びつけてくれたように感じたのです。
映画を観ていて、さまざまな作品のいろんな部分が繋がった気がした。
この映画は正々堂々と「反戦映画」を名乗ればいい。
「反戦映画」というと暗くて重くて残酷で説教臭い気が滅入る映画、という思い込みから、そういうカテゴライズを避けようとして「これは“反戦映画”ではない」などと妙な紹介のされ方をしてしまうのは残念だ。
どう見たって「反戦」を訴えているのにね。映画を観ればわかるだろうに。
みんなちょっと物事を表面的に捉えすぎなんじゃないだろうか。
確かにこの映画は「反戦」一辺倒じゃないですが、そういう映画はこれまでにもありましたよ。
「はだしのゲン」だって『火垂るの墓』だって日常のディテールを丁寧に描いていたじゃないですか。
ユーモラスな場面だってあったし。
『この世界の片隅に』は戦争の時代を舞台に意識的に“日常”を綴り、観る者に「普通の人々」の存在を強く印象づける。
彼らが住む街はどこかの架空の街ではなく、具体的な地名のある実在する(した)場所だ。
そしてそこに住んでいた人々も匿名の誰かさんではなくて、固有の名前を持つ生きた人々だった。
その人たち──現在の僕たちとなんら変わらない人々──彼らがたどった“運命”…などとは呼びたくもない、しかし巻き戻すこともやり直すこともできない歴史的事実。
奪われていった多くの命、そして生き残った命。映画で描かれる、愚直なほど無抵抗に“国”や“軍隊”に従順に生きて時代に翻弄された人々の姿に、多くのメッセージが込められている。
その中でももっとも大事な一つ、それが「反戦」なのだ。
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