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『椿三十郎』4Kデジタル・リマスター版


「午前十時の映画祭9」で『椿三十郎』4Kデジタル・リマスター版を鑑賞。

オリジナル版の公開は1962年。前年の『用心棒』(感想はこちら)の続篇的作品。

監督:黒澤明、出演:三船敏郎仲代達矢加山雄三小林桂樹田中邦衛平田昭彦、団令子、久保明、土屋嘉男、清水将夫入江たか子志村喬藤原釜足伊藤雄之助ほか。

原作は山本周五郎の短篇小説「日日平安」。

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井坂伊織(加山雄三)をはじめとする9人の若い侍たちが次席家老の黒藤(志村喬)と国許用人の竹林(藤原釜足)の汚職を告発しようとするが、大目付・菊井(清水将夫)の手の者によって命を狙われる。“椿三十郎”と名乗る浪人(三船敏郎)の機転で追っ手から逃れた若侍たちは、彼とともに井坂の叔父で菊井によって拉致された城代家老の睦田(伊藤雄之助)を救い出すために、ひとまず9人の一人、寺田(平田昭彦)の屋敷に身を潜めることにする。

一応、ネタバレがありますからご注意ください。


主人公が『用心棒』と同じく三船敏郎演じる三十郎なので続篇といえるんだけど、前作がエド・マクベインのハードボイルド小説を下敷きにした脚本だったのに対して、こちらは別の企画だった山本周五郎の短篇小説を原作にした脚本を大幅に書き換えたもの。


だから前作とは物語的な繋がりはないので、単独作品として観られます。

お馴染みの台詞「もうそろそろ四十郎」は再び使われてますが(時折、あの三十郎のテーマ曲も流れる)。

さらに「白髪の七十郎だぜ、オイ」という台詞も付け加えられて笑いを誘う。


前作がヤクザたちが対立する小さな宿場町が舞台で、のちのマカロニウエスタンにも影響を与えたように砂埃の舞う殺伐とした世界を描いていたのに比べると、この『椿三十郎』は屋敷を構えた身なりの整った武士たちの話で悪役に大目付とか次席家老などが出てくるので、ちょうどTV時代劇の世界に近くなっている。

もちろん、TV時代劇の方がこの映画のあとなんでしょうが。

僕は原作小説を読んでいないので、三十郎のキャラクター以外ではどこまでが原作通りでどのあたりが映画独自の設定や筋書きなのか知らないんですが、もともとはわりとユーモラスな雰囲気の漂う作品だったからか、一見すると前作よりも笑いの要素が多いように感じる。

実際、ところどころで挟まれる三十郎と若侍たちのコミカルなやりとり(「こう金魚のウンコみたいに繋がってこられちゃ始末が悪いな」)、また助け出された睦田の奥方(入江たか子)と娘・千鳥(団令子)のなんとものんびりとした物言い(「いけませんよ」「まぁ、綺麗だこと」)や、小林桂樹が演じる三十郎たちに囚われた見張りの侍が押入れを出入りするとぼけた場面などでしばしば客席のおじいちゃんたちはウケていた。なかなか和む。


三十郎は一気に30人近くを斬り殺したり、最後の決闘でも血飛沫が噴き出す有名なスプラッター描写があるので残酷度では『用心棒』に引けは取らないんだけど、登場人物たちがどこかのどかな雰囲気を醸し出しているのでそんなに残酷には感じないんですね。

『用心棒』よりもこちらの方が好き、という人も結構いるし。

『用心棒』の時と違って聴き取れない台詞もほとんどない。

とはいえ、個人的には僕は『用心棒』の方が好きなんですが。単純にプロットが面白いのと、やはりマカロニウエスタンっぽい舞台設定が好みなんで。

たとえば、三十郎が味方のふりをして侍たちを斬り捨てて別の誰かのせいにする、というのはもうすでに前作でやってることなので(もちろん、敢えて同じことをやってみせたというのはあるんだろうけど)、二度目は新鮮味はないんですよね。

また、非常に気になったのは、登場人物たち、特に三十郎を含めた若侍たちがやたらと大声で喋ること。

でも三十郎たちが潜伏したのは黒幕の黒藤の屋敷の隣の家で、塀で隔てられているとはいえ、そんな至近距離で紙や木と漆喰でできた建物の中であんなふうに馬鹿デカい声を出しまくったら筒抜けじゃねぇか、と。


前作の場合は登場するのがヤクザたちだったので彼らが大声でわめいたりしてもそんなに不自然ではなかったんだけど、今回は何しろすぐ隣に大勢の侍たちが待機しているんだから、若侍たちが大声で会話したり怒鳴り合ったりするたびに「声デケェよ」とイライラした。

あれで隣の奴らが何も気づかないというのは、あまりにも無理があり過ぎる。

三谷幸喜の『清須会議』(感想はこちら)でも薄い壁と襖で隔てられただけの一つ屋根の下で登場人物たちが互いに大声で“内緒話”をするもんだから、なんでそういういかにも演劇的な演出をするんだろう、と思ったんだけど、ちょっとそれに近いものがあった。

まぁ、映画のほとんどを小声で喋ったんでは迫力もないしキャラクターたちの葛藤も伝わりづらいということなのかもしれませんが、黒澤監督の映画って、のちに仲代達矢が主演した『』もそうだったように、登場人物たちがやたらとわめくんだよね。

映画なんだから小声を拾う技術的な方法はいくらでもあるだろうし、わめくよりも声を抑えた方がかえって感情の機微を描けることだってあるでしょう。

とにかく青二才の若侍たちが「俺はあの人を信じる!」みたいにがなり合いながらディスカッションする様子(当時の学生運動を重ねていたんだろうか)が少々うっとうしくて、だからいかにもななりの荒くれ者たちが斬り合っていた『用心棒』の方が僕はお気に入りなんです。

それと、何かといえば三十郎に突っかかって必ず間違ったことを主張する田中邦衛にもイライラ。真っ先にあいつを斬り殺せばよかったのに(暴言)。

9人の若侍たちも見分けがつくのは加山雄三演じる井坂と青大将…じゃなくて田中邦衛とせいぜい寺田役の平田昭彦ぐらいで、あとはあまり役柄の区別がつかないんですよ。土屋嘉男さんも確か三十郎をかばってたけど、殴られた時と最後の決闘のあとに立ち尽くす時の顔の表情ぐらいしか印象に残っていない。

もうちょっと彼らのキャラクターを立たせられなかったんだろうか。

七人の侍』(感想はこちら)では村のまとめ役だった茂助が勘兵衛たちから「離れ家を引き払ってほしい」と言われて急に彼らに反抗するんだけど、そういう意外な展開というのがこの『椿三十郎』にはないんですよね。

井坂はいつも三十郎の味方で、邦衛は常に彼と意見が対立する。

そしてすべてが計画通りにうまくいく。

志村喬藤原釜足たちが演じる悪家老たちも間が抜けていて、そんな彼らに捕まっても三十郎が決定的な危機に陥ることはない。家中をカラッポにして家臣が全員出払うなんてことがあるだろうか。

どうも捻りが足りないような気がする。三十郎たちに都合が良過ぎる。

とはいえ、映画が面白いことには変わりがなくて、笑いの要素が増えたことでより娯楽性が高まったともいえるから、『用心棒』と同様にこちらだってけっして嫌いではないですけどね。90分ちょっとという短さもあって観やすいし。

加山雄三田中邦衛は「若大将」シリーズのコンビ、小林桂樹森繁久彌と共演した「社長」シリーズなど、平田昭彦に土屋嘉男、久保明とくれば東宝特撮映画だし、そういうお馴染みの俳優たちが一堂に会している楽しさもある。


まだ荒井注には似てない若い頃の加山雄三

生きる』にも出演していた伊藤雄之助のなんともいえない異形の顔と食えない人物像。この人は若山富三郎主演の「子連れ狼」シリーズ第1作目の柳生烈堂役が印象に残ってます。

僕は小林桂樹さんを最初に意識したのは1984年の『ゴジラ』(感想はこちら)なんですが、あの映画での桂樹さんの重厚な演技はとても好きで、現実の総理大臣もああいう人だったらいいのに、と今も思う。

のちに若い頃は軽妙でユーモラスな演技も見せていた人だということを知りました。

椿三十郎』の小林桂樹はお膳で食事してる時の口が“おいしそう”なんだよね(^o^)

完全にコメディに振り切れてる場面もあるし、とてもあの『用心棒』の続篇とは思えないぐらい軽やか。

三十郎も、基本的には『用心棒』の“桑畑三十郎”とキャラは同じなんだけど、よりおせっかいでお喋りになっている。

睦田の奥方とのやりとりなど、ワルぶってるけど意外とこの人はいいとこの出なんではないか、と思わせるようなところもある。ほんとのならず者に見えないんですよね。それは狙いでもあるんでしょうけど。

「てめぇたちにゃほとほと愛想が尽きたぜ」と言いながらも未熟な若侍たちを見捨てないし。どこかに人のよさを感じさせるところがある。

それは仲代達矢演じる室戸もそうで、彼は大目付の懐刀として彼らを食い物にしてお家を操ろうと画策しているんだけど、実際には彼が三十郎を引き入れたことで黒藤たちの目論みは失敗してすべてが露見してしまうわけで、室戸は三十郎にやられっぱなしで何一つ役に立っていない。仲代さんの迫力ある演技で見逃しそうになるけど、あまりに迂闊過ぎる男だ。

三十郎に向かってドスの効いた声で「俺も相当悪い(ニヤッ」とドヤ顔でいたのに、最後には「…貴様みたいにヒドい奴はない。人をコケにしやがって」とプンスカ。


もう、これは三船さん演じる三十郎と仲代さんの室戸に萌える映画だよねw

三十郎に片想いした室戸が騙されて最後に二人きりで互いの刀で…という“BL”として観られなくもないwww 若侍との「ケツ斬られちゃかなわねぇからな(意味深)」という台詞もあるし。

「いい子だ」ともw

室戸に対する「俺は貴様に一目置いてたんだぜ」という三十郎の台詞は、彼らが似た者同士ということでもある。

いや、確かにあの二人は観ていて可愛いもの。

『用心棒』の時もそうだったけど、ものを食ってる時の三船さんのモグモグやってる口許がキュート。

今回もおむすびを頬張りながらやっぱりモグモグタイム。

前作では色が白くてチョイ悪美青年風だった仲代達矢は、今回は妙に色黒で目がギラギラしていて、ヅラの構造上の問題だろうけど頭の鉢がやけに大きく見える。

実は無能ともいえる室戸(劇中で彼がその剣の腕を披露するシーンは一つもない。せいぜい若侍を捕らえたぐらい)を迫力ある「できる男」に思わせているのは、ひとえに仲代さんの目ヂカラと地の底から響いてくるようなあの声のおかげ。

もう、この二人の芝居をずっと観ていたいもんね。

最後に仲代達矢三船敏郎の主人公に倒される、というのは『用心棒』とまったく同じだし、だからお約束の世界でもあるんだけど、もうあと何本かこの二人でシリーズを撮ってほしかったぐらい。

昔はよく『用心棒』と『椿三十郎』の二本立て上映があったようだけど、今でもやってくれないかな。

わずか2本きりしかないのが本当に惜しい。

ただ、この2本の映画をきっかけにとにかく血が飛び散りまくる時代劇が作られ過ぎて黒澤監督自身がそういう映画に関心を失っていったようなので、観たければ三船さんや仲代さんが出ている他の監督の同ジャンルの作品を探すしかないですね。

でも、内容は別にただの斬り合いを描いただけのような時代劇でありながら、この2本の魅力がいつまでも色褪せないのは、やっぱり一流の監督と俳優たちが全力で娯楽映画を作ったからでしょう。手抜きをしていないから。

シンプルで淀みのない語り口。俳優たちの演技と血飛沫エフェクトなどの特殊効果の見事さ。


そして繰り返しになるけど、三船敏郎という俳優の代わりの効かない存在感と豪快に見えて実は繊細な演技。

他に誰が彼のような演技ができるだろう。

三船演じる三十郎は唯一無二のキャラクターだ。


ちなみに、今は亡き森田芳光監督が2007年に織田裕二主演でリメイクした作品も公開当時に観ました。

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あちらでは室戸半兵衛役が豊川悦司、井坂役が松山ケンイチ

当時は知らなかったけど、若手の侍たちの中に「西郷どん」の鈴木亮平もいたんだそうな。

もうあまり覚えていませんが、オリジナル版の台詞に一切手を加えずに撮ったとか言っていた。

でも、肝腎のあのクライマックスの決闘シーンの処理がなんかヴィデオ映像みたいなよくわからないもので、あのあまりに有名な血飛沫ブシュッ!な映像のイメージを敢えて避けたのかもしれないけど、単純に迫力がなくてガッカリだった。

全体的に今でも作られてる“TV時代劇”そのまんまって出来でしたね。

リメイクする必要性をまったく感じさせない作品でした。

というか、黒澤明の時代劇に挑むのは無謀としか言いようがなかった。

織田裕二三船敏郎の代わりが務まるわけがない。

そもそも黒澤作品をリメイクしてオリジナルを超えたりそれに並ぶものに仕上げることが可能な監督など、現在の日本にはいないと思う。

是枝裕和監督で『どん底』のリメイクとか、そういうアプローチなら可能かもしれないが。

4Kで観られるんなら、リメイクなどしなくてもこれからもオリジナル版を劇場で観ればいいんですよ。

そういう意味でも、過去の名作がどんどん4K化されればいいと思う。そのおかげで無益なリメイクが少しでも減ってくれたらありがたい。

僕は時代劇に詳しいわけでも特に強い関心があるわけでもないけど、黒澤明の撮った時代劇は定期的に観たくなります。『七人の侍』からこの『椿三十郎』までは特に。

だからこうやってスクリーンで観られることはほんとに嬉しいし、くどいけど何十年も前の作品にもかかわらずまるで新作みたいな画質だから、残念ながらこれから撮られる新しい時代劇映画はもう永遠にこの一連の黒澤作品を超えることは不可能だと思う。古臭いから、という言い訳がもはや通用しないわけだから。いや、鮮明だし充分時代を越える面白さがあるよ、と。

つまらない新作よりも面白い旧作をクリアな画質と音質で。どんどんそういう時代になればいい。


椿三十郎』で、井坂や囚われの身であるはずの小林桂樹演じる侍ですらも、三十郎のことを「あの人はいい人です」と褒める。もう褒めちぎり。

原作でもそうなのかどうか知りませんが、僕はあれは監督の黒澤明からの俳優・三船敏郎への感謝の気持ちなんじゃないかと思います。

七人の侍』で勝四郎は久蔵に「あなたは素晴らしい人です。わたくしはずっとそれが言いたかったんです」と目を輝かせて言う。

三船敏郎演じる菊千代は勝四郎から尊敬される久蔵が羨ましい。

椿三十郎』で、黒澤明三船敏郎のために彼の演じるキャラクターに合わせて登場人物たちに賛辞を送らせたんだろう。

そして黒澤明三船敏郎の最後の共同作品となった『赤ひげ』では、三船敏郎は再び出演した加山雄三から真の師として尊敬される。

それはかつて菊千代が望んだ自分の姿だった。

そう思うと胸が熱くなる。

繰り返し観れば観るほど好きになる映画というものがあるとすれば、黒澤明三船敏郎が残した作品こそそうだろう。

今回の「午前十時の映画祭」での上映は終了しましたが、また黒澤監督と三船さんの映画を劇場で観られるのを楽しみにしています。


田中邦衛さんのご冥福をお祈りいたします。21.3.24


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