映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『未来を花束にして』


サラ・ガヴロン監督、キャリー・マリガンヘレナ・ボナム・カーターアンヌ=マリー・ダフロモーラ・ガライ、フィンバー・リンチ、ナタリー・プレス、ベン・ウィショーブレンダン・グリーソンメリル・ストリープ出演の『未来を花束にして』。2015年作品。日本公開2017年。

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1912年のロンドン。モード(キャリー・マリガン)は洗濯工場で夫のサニー(ベン・ウィショー)とともに働いていたが、同じ職場に新しく入ってきたヴァイオレット(アンヌ=マリー・ダフ)を通じて薬剤師のイーディス(ヘレナ・ボナム・カーター)をはじめ女性参政権を求める「サフラジェット」と呼ばれる女性たちと出会う。幼い頃から薄給で苛酷な生活をしてきたモードは次第に彼女たちの運動に身を投じるようになる。しかし、スティード警部(ブレンダン・グリーソン)と警察はサフラジェットたちを監視し、新参者のモードにも目をつけていた。

ネタバレがあります。


劇場公開時に興味があったけれど観られなかった作品。

一部で邦題が槍玉に挙げられていました。

女性参政権運動について描いた映画『サフラジェット』の邦題が『未来を花束にして』に…公開を喜びつつも何とも言えない気持ちになる人々


邦題はなんとなくふんわりした“女性映画”といった感じのもので、これだけだとお洒落な恋愛ドラマみたいな印象も受けるけど、原題はシンプルに“Suffragetteサフラジェット)”。

“サフラジェット”とは19世紀末〜20世紀初頭のイギリスで女性の参政権を要求した女性団体のメンバー、特にエメリン・パンクハーストが率いる婦人社会政治連合(Women's Social and Political Union, WSPU)の活動家のことを言うのだそうです。

邦題の“花束”とは劇中でヴァイオレットやモードが活動の印に胸につけていた小さな花束のことかもしれないし、確かにこれは100年後の現代に生きる私たちにも関係のある話だから、「未来を花束にして」という邦題は精一杯内容を汲み取ってのものなのかもしれない。


僕自身はけっして悪いタイトルではないと思いますが、どういう映画なのかタイトルからだけではなかなか想像しづらいので、不満を持たれたかたがたの気持ちもわかります。

さて、そんな僕はこの映画を観てみるまでは、てっきり女性たちが男性の政治家や有力者たちと地道に交渉して参政権を獲得していく話だと思っていたんですが、そうではなくて、店のショーウィンドーに石を投げて割ったり郵便ポストや金持ちの別荘を爆破するような破壊活動が描かれていたのでちょっとビックリしたんですよね。

“ゆるふわ”どころか、かなり身体を張った暴力的ですらある映画だったのです。

運動のために集まった女性たちに大勢の警官たち(中には馬に乗っている者も)が激しい暴行を加えて彼女たちを排除する。

顔から血を流す女性の姿は、『戦艦ポチョムキン』でコサック兵に殴りつけられて年配の女性が流血する場面を思い出させる。

また、警察に捕まった主人公のモードはハンストで食事をとるのを拒否したために医師や看守たちに押さえつけられて、鼻に管を入れられて拷問のように無理矢理摂取させられる。

一方で、彼女たち婦人社会政治連合(WSPU)のサフラジェットはメリル・ストリープ演じるエメリン・パンクハーストの主張に共鳴して、「言葉ではなく行動を」を合言葉に急進的な破壊活動を遂行していく。


メリル・ストリープの出演場面はほんのわずかですが、さすがの存在感。


人は殺さないが、やってることはテロなのだ。

50年間ずっと男に従いながら穏やかに女性の参政権を要求してきたが、何も変わらなかった。だから実力行使で権利を勝ち取るのだ、ということ。

彼女たちは当然ながらその主たるメンバーはほとんどが女性だが、イーディスの夫のように彼女たちに協力する男性たちもいた。

僕はこの映画についての詳しい解説は読んでいないので、モードやイーディス、彼女たちを追うスティード警部が実在の人物なのか、あるいは誰かモデルとなった人物がいるのかどうか知りませんが、先ほどのエメリン・パンクハーストや映画の最後にダービーで走ってくる馬の前に身を躍らせて亡くなったエミリー・ワイルディング・デイヴィソンは実在の人物。

彼女たちについてはリスペクトをもってその功績を高く評価する人たちもいる一方で、その過激で破壊的な活動には批判もあって、たとえばフェミニストすべてに支持されているわけではないようで。

それはそうだろうなぁ、と思うし、正直僕も「こんなことする必要があったんだろうか」という疑問が最後まで拭えませんでした。

WSPUの活動が女性の参政権獲得に実際にどれほど貢献したのかは現在でも意見が分かれているそうです。

劇中でも、モードは同じ工場で働いていたり近所に住む女性たちに白い目で見られたり、新聞に非合法の活動家として顔写真が載って「恥知らず」と言われたりする。

ただ、普通にデモをしている女性たちを警官がボコボコにする場面など女性活動家たちの激しい怒りに共感も覚えるし、「50年間変わらなかった」という台詞のように、普通に主張していたのではまったく効果がなかったからこその強硬手段だったのだから、これは答えを与える映画ではなくて観客に考えさせる映画なのだと思います。

今では当たり前だと思っている女性の参政権が、当時のイギリス(もちろん日本でも)ではそうではなかった事実。まずそのことに僕たちは疑問を感じるべきでしょう。

そしてその理由をよくよく考えてみる必要がある。

暴力的な方法に頼らずに女性の参政権が得られていれば問題はなかった。これはのちのアメリカの黒人の権利についての公民権運動などにもいえることで、まず、しかるべき人々に与えられるべき(正確に言えば本来持っているべき)権利が与えられていないことが人々の争いの原因だった。

ブレンダン・グリーソン演じるスティード警部がモードに語る言葉も、治安を守る目的から一見至極まっとうな言い分にも聞こえるが、彼が言ってるのは要するに「選挙や政治は男に任せて、女はおとなしく家庭で家事をしていろ」ということ。

「これまでにもお前のような女は大勢いた。だが結局はみんな夫のいる家に帰った」と。


家族のこともあって揺れるモードに警部が「仲間の情報を伝えろ」と密告を勧めるシーンには、赤狩りの時代のアメリカのことが頭をよぎったりもした。

モードが大事な家族よりも信念の方を選んだのは、スティード警部の女性を見下す発言への激しい反発もあったんじゃないだろうか。

そして、僕にはこの映画で描かれていた洗濯工場での女性たちの待遇は100年前のものには思えなかったんです。

これはまるで今の日本じゃないか、と。

工場長から怒鳴りつけられ性暴力を受けながらも生活のために泣きながら黙って堪えざるを得ず、苛酷な仕事で身体を壊して若くして亡くなる人もいる。将来になんの保障もない。

サフラジェットとしての活動を工場長に知られたモードは仕事をクビになるが、日本ならもっと前に解雇されていたんじゃないだろうか。

確かに今では日本でも女性に参政権はありますが、女性たちの声は政治にどれだけ反映されているだろう。

今の日本で働きながら子どもを育てるのがどれだけ大変か。

テロを肯定する気はまったくないけれど、女性に限らず弱い立場の人々が救済されず、一部の人間たちにだけ都合のいいように回されていく世の中には疑問と憤りを覚えずにはいられない。

それにしても、自らの権利を主張するために彼女たちが払わなければならなかった犠牲がどれほど大きかったことか。

結局、モードは夫のサニーと別れ、幼い息子は養子に出されることになる。

今よりもよい暮らしを送るために参政権を得ようとして家庭が崩壊する。本末転倒にも思えるが、これも意図的にそういう展開にしたんだろう。


ヒロインの夫役のベン・ウィショーはスティード警部役のブレンダン・グリーソンと『パディントン2』(感想はこちら)でも共演してました。


それでも彼女たちの行動は必要だったのだ、と。

1928年には、イギリスで21歳以上の女性たちが選挙権を手に入れた。

モードはその後どのような人生を送ったのだろうか。

繰り返すけど、エミリーがやった騎手の乗る馬の前に飛び出すような行為が正しかったとは僕には思えないし、他の方法はなかったのか?という疑問はあるんですが、女性の権利を勝ち取ることにはそれほどの意味があるのだということをこの映画は訴えているんだと思う。

ちなみに、女優の仕事とともにフェミニストとしての活動もしているエマ・ワトソンは、この映画を推奨しています。同じ英国人ということもあるだろうし、彼女は女性の権利を主張したり男女の平等を訴えたりする中でしばしば中傷されてもいるようだから、身につまされるところがあるのでしょう。

これは女性の参政権にまつわる映画だけど、女性に限らず弱者やマイノリティの話として見ることができるんですよね。

世の中に生きづらさを感じている人ならばたとえ女性でなくても共感を覚えるだろうし、ここで感じた女性たちの扱いに対する疑問や声を上げることの重要さは、地味ではあってもきっとこの生きづらい世界を変えていく力になるだろう。

数の論理や腕力を振りかざす者たちへの抵抗。それは私たち一人ひとりが持つ権利を守ることに他ならない。

生きていくうえで大切なことをこの映画は訴えかけている。


とても参考になる解説
フェミニズムが「男並み平等」を求めるものでなくなった理由 frrootsのtwitter補完メモ

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