※以下は、2011年に書いた感想です。
ファイト・ヘルマー監督、ドニ・ラヴァン、チュルパン・ハマートヴァ出演『ツバル』。1999年のドイツ映画。日本公開は2001年。
ネタバレは…しなくても観る?
Goran Bregovic - Mocking song 【音量注意】
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2000年代の初め頃、映画館で予告篇を観たのか、それともポスターかチラシで目にしただけだったのか忘れてしまったけど、セーラー服を着て髪をふたつのお団子にした外国の女の子の姿(といっても女子中高生の制服じゃなくて、本来の水夫服)とセピア色の画調が気になって、観たいなぁと思いながらもけっきょく観逃してしまっていました。
あれから10年。
レンタル店でたまたま目についたんで。
場面ごとにフィルターを換えた古い映画を模したようなレトロな色調が、なんとなくラース・フォン・トリアーの『ヨーロッパ』やガイ・マディンの映画(『ギムリ・ホスピタル』『アークエンジェル』)などを、あるいは小道具の使い方やちょっと奇妙な登場人物たちの雰囲気がジャン=ピエール・ジュネとマルク・キャロの『デリカテッセン』を思わせたりする。
『ヨーロッパ』(1991) 出演:ジャン=マルク・バール ウド・キア マックス・フォン・シドー
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『デリカテッセン』(1991) 主演:ドミニク・ピノン
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ちなみにこの映画には字幕が一切入っていない。
といってもサイレントではなくて“音”の役割は大きいし台詞もあるが、話される言葉はどのキャラも毎回一言二言ぐらいで、なるべく言語に頼らず絵だけで意味がわかるように工夫されている。
…ただ、後述するように、僕は正直よくわかんなかったんですが。
この映画の出演者たちは国際色豊かで、フランス、ロシア、ルーマニア、アメリカなどさまざまな国籍の俳優で彩られている(映画の主要な撮影地はブルガリア)。
出演者のオーディションには4年の歳月がかけられたんだそうな。
レオス・カラックス監督作品などのドニ・ラヴァンが主演だということを初めて知った。
あと、もうひとりの主演チュルパン・ハマートヴァは映画を観てる間はドイツ人だと思ってたら、メイキング映像観たらロシアの人(タタールスタン出身)だった。
『ルナ・パパ』や『グッバイ、レーニン!』にも出てるそうで。あいにくどちらも未見だけど。
このチュルパンさん、どこかミラ・ソルヴィーノかエイミー・アダムスのような顔立ちでくるくる変わる表情が魅力的。今風のスレンダーな体型ではなくて、ちょっとぽっちゃり系なところがレトロな水着に大変合っている。
ヘルマー監督の弁によれば実はご本人はかなり抵抗があったらしいがヌードも披露していて、これがまた健康的なエロスを発散させてて実にイイ。
彼女が演じるエヴァは天真爛漫なキャラクターで、ドニ・ラヴァンが演じるアントンに裸を覗かれようが下着を舐められようがニコニコ笑顔で彼と仲良くなる。あげくにキスまでしてくれちゃう。
こんな女の子がいたらすぐにお友だちになりたいが、なんというか、男の妄想の産物みたいな存在ですね。
ドニ・ラヴァンが演じると、犯罪者や異常者ではなくて“純粋な青年”として描かれるのが面白い。
お話の方はというと…。
ハッキリいって全然理解できなかったので^_^;監督のオーディオコメンタリーの字幕をガイドにして観ました。
要約すると…。
いつの時代なのか、どこの国なのか不明だが、目が見えない父カールが温度調整を受け持っている室内プール施設(この親父さん、丸い黒眼鏡で『千と千尋の神隠し』の“釜爺”みたいだが、もしかして元ネタか?)で働くアントンは、この建物から出たことがない。彼はいつか船長になって外の世界に旅立つことを夢みている。
そのプールを元船長の父親グスタフとともに訪れる少女エヴァ。
一方、アントンの兄グレーゴルは再開発のために父親のプールを取り壊そうと企んでいる。
彼の策略によってプールは存続の危機に立たされる。
アントンはプールを守り、彼の望みどおり“船出”できるのだろうか?
以上は、プレス向け資料や監督のオーディオコメンタリーを参考にしたもので、先ほど書いたように僕は映像を観ただけではこの映画のストーリーを理解することができませんでした。
これはもう、僕自身の読解力のなさを恥じ入るしかないけど、しかし映画を観ただけでこのストーリーや途中で張られた伏線を監督の意図どおりちゃんと理解できた人は凄ぇと思う。尊敬する。
最初に何本かあげた映画たちのような「アート系の作品」を1990年代にけっこう観た記憶があって、だからこの映画にもちょっとそういう懐かしさを感じて興味をもったというのもあるんだけど、まぁとにかく睡魔との戦いでした。
今の僕はストーリーが飲み込めないとどんどん眠くなる、ってことがよくわかった。
ただ、「じゃ、つまんなかったの?」ってたずねられると、悩んじゃうんだよね。
というのも、僕はこの映画、嫌いぢゃないので。
こういうレトロでノスタルジックで夢幻的な“フィルム”は。
ワンカット、ワンカットがまるで絵画のように美しい。
メイキングで監督が語ってるんだけど、この映画はデジタルではなくてアナログな撮影、映像処理にこだわってるようで、ミニチュア撮影や(コンピューター内でのデジタル・エフェクツではなく)ガラス板を使った古典的な特撮技法など、「映画」であることに自覚的な作品であり、そしてファイト・ヘルマー監督はきっと映画が好きで好きでたまらないに違いないんだということもわかるだけに、ほんとなら愛さずにはいられない作品のはずなんだけど。
このDVDのメイキングは普段なかなか見ることができない映画制作の裏側をけっこう詳しく解説していて、俳優たちの生の声にも触れていてとても興味深い。
一本の映画がいかに大勢の人々の手によって手間と時間をかけて作られているかがよくわかります。
ただ、こういう癖のある映画を撮る監督って、僕などがいつも観慣れているような、いわゆるハリウッドのシナリオ作法に則ったお話には逆に興味なかったりするんだよね。
つまり「アホでもわかる」ような親切な映画は撮らない。
場合によってはディテールへの異常なまでのこだわりであったり映像に対する実験精神だったり、「映像美学」というか、そういう「物語以外」の方面が優先されるので、ただ漫然と観ているのではなくてけっこうな集中力を必要とする。
映画を「芸術」とみなすのか、それとも「娯楽」とみなすのかでも各人その判定基準は違ってくると思う。
僕みたいな素養のない人間が美術館に展示されてる「美術品」を一所懸命理解しようと汗水垂らして“鑑賞”するように、観客側が受身ではなくて積極的に作品を感受しようと努めなければ退屈かもしれないが、「意味はわからないけど感覚的に好き」と、自分の“美的センス”を信頼できる人にはお薦めの映画かもしれない。
…って、実際はそんなめんどくさい作品じゃないと思うけど。
これは僕がずっと憑かれている“遠くへ行きたい”映画、だから。
“ツバル”というのは、南太平洋にある島の名前である。
エヴァの父親はその島の地図を彼女に託す。
船長になるのが夢だったアントンは、エヴァとともにそのツバルを目指して出航するのだ。
ファイト・ヘルマー監督はこの映画を「無国籍映画」、国を越えた映画にしたかったそうだ。
それは実現されている。
そして、出身地も違えば普段喋る言葉も異なる人々が協力し合いながら作ったこの映画に、今僕らに一番必要とされていることが詰まっているのがわかるだろう。
ヘルマー監督が、初の長篇だったこの映画のあとにどんな作品を撮ったのかは知らない。*1でもあの世界観には惹きつけられる。
いつかまた、彼の映画にお目にかかれたら、と思う。
できればもっとわかりやすいストーリーでね。
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*1:2003年に『ゲート・トゥ・ヘヴン』という映画を撮っているらしいけど、僕は未見。