映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『トト・ザ・ヒーロー』


誰にでもあるのかどうかわからないけど、僕には生涯のベストワンといえる映画がある。

その映画に僕は今なお囚われている。

一言でいえば「これはオレの映画だ」って感じ。

自分の変わりばえのなさには我ながら呆れるが。


長らくDVD化されなかったが、このたびのDVD発売&レンタル開始を記念して。

ミスター・ノーバディ』(感想はこちら)のジャコ・ヴァン・ドルマル監督の1991年の初長篇監督作品『トト・ザ・ヒーロー』。ベルギー=フランス=ドイツ合作映画。フランス映画社のバウ・シリーズの1本。

カンヌ国際映画祭カメラ・ドール賞受賞作品。

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老人ホームに住む主人公トマは、自分は赤ん坊のときに産院でとなりの家のアルフレッドと取り替えられたと信じている。彼は亡き姉アリスの幻影と、アルフレッドへの復讐心にとらわれている。家族やアリスとの想い出、青年時代の恋人エヴリーヌとの逢瀬…それらがかわるがわるトマの脳裏によみがえる。彼は自分の人生に決着をつけるために旅に出る。


タイトルに“ヒーロー”とついてるからヒーロー物なのかといえば、まぁそういう場面もなくはないが、この「英雄トト」というのは主人公の空想上のキャラクター。

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冒頭、重く暗いメロディとともに老トマのモノローグから映画ははじまる。

画面には男の死体が映っている。

まるでミステリ映画調の出だし。

以下、ネタバレを含みます。


この映画では老齢の主人公の旅が彼の人生のはじまりから少年期、青年期の回想を交えて描かれる。

さらにそこに主人公が自分の理想のヒーロー像として思い描いた、トレンチコートを着たハードボイルドな探偵“トト”の冒険が加わる。

とりわけ印象に残るのはトマの少年期。

それは老いてなお彼を捕らえ続ける。

まわりのいじめっ子たちに名前をからかわれたり、自分は本当はアルフレッドの家の子だという思いがつねに心から離れないが、それでも飛行機乗りの父親はいつも優しく、ピアノを弾きながらシャルル・トレネシャンソン「ブン」を歌う。家族みんなが笑顔の幸福な日々。

Charles Trenet - BOUM
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その父がアルフレッドの父カント氏の依頼でドーバー海峡を飛行中に消息を絶ってから、幸せだった少年時代は終わりを告げる。

しかし一方で、アリスと今まで以上にふたりきりで過ごすことが多くなったトマは彼女への想いをつのらせていく。

トマの姉アリスを演じるサンドリーヌ・ブランクは、その特徴的な顔立ちと勝気な物言い、そしてあの時期の少女がもつあやうさなど、ヨーロッパ映画でときおり見かける子役たちの生々しさとはかなさ、存在感のある演技で目を引く。

僕はここ何年もの間ヨーロッパ映画を観ることがあまりなかったせいもあって、その後の彼女の消息を知らなかったんだけど(未見だが、この映画の翌年にアラン・ドロン主演の『カサノヴァ 最後の恋』にも出ていたらしい)、2010年に日本でも公開されたフランス=ベルギー映画シスタースマイル ドミニクの歌』(感想はこちら)に主人公の友人役で出ていた。

あれから20年経った彼女の写真を見たら、きれいなお姉さんに成長していてなんだかじ~んとしてしまった。

  


サンドリーヌ・ブランクにかぎらず、少年時代のトマを演じたトマ・ゴデ、その弟でダウン症のセレスタンの青年時代を演じたパスカル・デュケンヌドルマル監督の第2作『八日目』にも出演)、青年トマを演じたジョー・ドゥ・バケール(口髭を生やした名探偵トトも彼が演じている。声は老トマ役のミシェル・ブーケが吹き替えた)、レオス・カラックス作品などで当時この映画の出演者の中で唯一知っていたエヴリーヌ役のミレーユ・ペリエなど、他の俳優たちの演技にも魅せられる。


老トマ役のミシェル・ブーケはそれまで悪役を演じることが多かったそうだけど、この映画の中での彼の顔、表情や声、それらを見たり聴いたりしているだけで僕は涙が出てくる。彼に完全に同化してしまう。

なんだろう、これは自己憐憫の涙か?

「君は私の人生と愛を奪った。おかげで私の人生は空っぽ。これということが何一つ起こらない人生だった。何一つ!」

こんな哀しい独白があるだろうか。

自分の人生、全否定である。


トマはむなしかった人生をアルフレッドのせいにするが、もちろんむなしくしたのはトマ自身だ。

ルフレッドを憎むトマの叫びは「神」にむかって吐かれた呪いの言葉でもある。

なにしろ「神が鼻くそをほじって」たせいで自分はとなりの赤ん坊と取り替えられたんだから!

実の姉であるアリスに恋をして彼女と結婚したいと願うトマは、従兄弟と夫婦になった古代エジプトの王妃ネフェルティティまで引き合いに出して彼女にその想いを語る。そんな弟の真剣さにクスッと笑うアリス。

それは、現実には存在しない者への恋なのだ。

トマはアリスがアルフレッドと仲良さげに会話しているのを見て嫉妬する。

内に激しい感情を秘めているアリスは、「本当に愛しているのなら放火を」というトマの怒りに任せた言葉どおりとなりの家に火をつけて、そのまま帰らぬ人となる。

そんなバカな、という展開だが、この映画はリアリズム劇ではなくてファンタジーなので、いちいち引っかかるには及ばない。


時代設定もあいまいで、トマの少年時代はおそらく監督自身のそれがもとになっている。

だから「現在」の老トマが生きているのは、まるで『ブレードランナー』か『未来世紀ブラジル』のようなレトロな近未来。

それ以外にも、庭の花壇でゆれる作り物丸出しの花々はデヴィッド・リンチの『ブルーベルベット』、トマとアルフレッドがアリスの幻影にとり憑かれているところはヒッチコックの『めまい』、トマの空想シーンでギャングたちが撃たれて身体から血がピュ~っと噴き出るところは黒澤明の『乱』など、さまざまな映画からイメージが引用されている。


また、この映画はほぼすべてトマの主観で描かれていて、彼以外の登場人物はみな彼の想い出の中の住人であり、幻影である。

青年になったトマはひとりの女性エヴリーヌと出会うが、そのきっかけも彼女の服と髪型が在りし日のアリスを思わせたから。

思わず声をかけたトマに怪訝な表情を見せていたエヴリーヌも、まるで弟のような彼に次第に惹かれていく。

「私の手、きれい?どっちが好き?」という、かつてアリスが発したのと同じフレーズをエヴリーヌが口にするのを聴いて不機嫌になるトマ。

このシンクロニシティはなんだろうか。

いや、本当はそうじゃない。

アリスとエヴリーヌが似ているのではなく、トマの願望がまったくの別人であるエヴリーヌの中に姉を見出すのだ。

障害をもつ弟のセレスタンは、トマからエヴリーヌを「姉さんそっくりだろ?」といわれても「似てない」と答える。

セレスタンは素直にありのままの世界を見ている。

それに比べてトマが求めるのはつねに亡き姉の面影であり、エヴリーヌ本人ではない。

彼女からすれば実に迷惑な話だ。

そしていつもトマの大切な存在を奪ってゆく宿敵アルフレッドもまた、自分と同様アリスの幻影に囚われ続けていたことを知ったトマは、夫アルフレッドと別れて自分とともに生きていく決意をしたエヴリーヌの前から姿を消す。

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まさにすれ違いのメロドラマの世界。

はたして女性がこの映画を観たらどう感じるのだろう。

男の単なる思い込み、ただの独りよがりととるだろうか。

そのとおりだと思うが。


トマがつねにアリスのことを慕い彼女を想い続けたのは、アリスがいつも彼に微笑みかけ、キスしてくれたからだ。

自分を愛してくれる美しい姉。永遠の恋人。

これはつまるところ「自己愛」である。

自分が愛し続けてきた者の正体が「自分自身」だった、と知ったときのとてつもない虚脱感。

これは、ただただ自分の心の中にある「幻の女性」を追い求めて悪戯に人生を無駄に過ごしてきてしまった者には涙なくしては観られない映画。


監督の兄ピエール・ヴァン・ドルマルが奏でる劇伴が哀しく美しい。

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ラスト、大笑いしながら大空に消えていく主人公に僕は今でも号泣してしまう。

あの笑い声は自分への嘲笑とも人生讃歌とも、どちらにもとれる。

大人になれない未熟な自分、そしてそれがわかっていてもなお甘美な香りを放ち続ける、いつか夢見た“幻の女性”。


“映画の伝道師”の故・淀川長治さんはこの映画とドルマル監督の第2作『八日目』を比べて後者を高く評価していたけれど、僕は断然この『トト・ザ・ヒーロー』を推す。

『八日目』(1996) 出演:ダニエル・オートゥイユ パスカル・デュケンヌ ミュウ=ミュウ
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『八日目』はダニエル・オートゥイユ演じる家族とうまくいっていない主人公が、施設から逃げ出したダウン症の青年に出会って、ときにわがままで自由奔放な彼と過ごすうちに自分が囚われていたすべてから解放されていく姿を描いていたが、正直さまざまな要素が僕には『トト~』の二番煎じに感じられた。

チョコレート・アレルギーをもつダウン症の青年の最後の行動は途中で予想がついてしまったし。

でもまた久しぶりに観たいけどね。

やはりピエール・ヴァン・ドルマルによるこの映画のサントラは、一時期TV番組でよく使われていた。


サーカスにいたこともあるというドルマル監督は、きっと夢見がちな人なんだろう。

そしてそのことを自覚している。

だからこそ、彼の眼差しはいつも優しくて寂しげだ。


ジャコ・ヴァン・ドルマルの『トト・ザ・ヒーロー』は、実は隠れた名作としてけっこうファンが多い映画である。

今回めでたくDVD化されて、かつて映画館で、またVHSのヴィデオで観て感動した人々だけでなく、これまで作品にふれる機会がなかった人たちにこの珠玉の物語が届くことを喜びたい。


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