K・S・ラヴィクマール監督、ラジニカーント、ミーナほか出演の『ムトゥ 踊るマハラジャ』4K & 5.1chデジタル・リマスター版。1995年作品。日本初公開1998年。タミル語。
大地主のラージャ(サラットバーブ)の従者ムトゥ(ラジニカーント)は主人の信頼も厚く、芝居や映画好きのラージャに命じられていつもお供をしていたが、ある日、旅回りの一座の女優ランガ(ミーナ)が連れ去られそうになっているのを助ける。職を失った劇団員たちとともにラージャの大邸宅で働くことになったランガはムトゥと心を通わせるが、ラージャもまたランガを見初めていた。やがて、ラージャの家の財産を乗っ取ろうと目論む彼の伯父アンバラ(ラーダー・ラヴィ)によって、ムトゥは窮地に立たされてしまう。
ネタバレがあります。
『ムトゥ 踊るマハラジャ』は今からちょうど20年前の1998年に日本で劇場公開されて「マサラ・ムーヴィー」の名を知らしめたとともに、“スーパースター”ラジニカーントの存在も僕たちの脳裏に刻み込んだのでした。
僕は地元の小さなミニシアターで観たんですが、当時ずいぶんと話題になってウッチャンナンチャンの南原清隆主演で『ナトゥ』というパロディ映画も作られたほど。
その後、ラジニカーント主演の映画が何本も日本で公開されて、僕はずっと最近になってから日本では2012年公開の『ロボット』(感想はこちら)をDVDで、また『ボス その男シヴァージ』(感想はこちら)を劇場公開時に映画館で観てますが、初めてラジニを見た『ムトゥ』の4Kデジタル・リマスター版が劇場公開されるというのを知って、ちょうど日本公開20周年だし、『バーフバリ』(感想はこちら)旋風が巻き起こった今年にぜひ観ておきたいな、と。
実際、低い身分だった主人公の生まれが実は…という貴種流離譚は英雄物語の原型でもあるから、『ムトゥ』と『バーフバリ』は「悪い伯父」など共通部分も多い。
でも、何よりもまず連想したのは80年代ぐらいのジャッキー・チェンなどの香港映画でしたね。
劇場公開以来観直してなかったんで内容はまったく覚えていなかったんだけど、思ってた以上にストーリーも役者の演技もベタで(20年後に作られた『バーフバリ』の方がはるかに洗練されている)、人を殴ると凄い音がするし、タオルや馬車用のムチをヌンチャクのように振り回してブルース・リーみたいな表情を見せるラジニや、ジャッキー映画でお馴染みのドタバタギャグがしばらく続く作劇など(そして時々挟まれる謎のモンタージュもw)、これは90年代の映画だけどむしろ60~70年代ぐらいの映画っぽい。
映像は最初に公開された時よりも綺麗になってるはずなんだけど、ショットごとに明るさがまちまちだったりピンボケ気味の映像があったりと、ずいぶんと古ぼけて見える。
ほんとに4Kで5.1チャンネルのデジタル・リマスター版なんだろうか、というフィルム感が。
90年代末の日本でウケたのも、その泥臭い作風が逆に観客の目に新鮮に映ったからでしょう。
ラヴロマンス、ユーモア、涙、アクション、スリル、サスペンス、嫌悪、復讐、ハッピーエンド…など9つの感情を描くというのも、言われてみれば確かにそういう要素(インド映画すべてに含まれているわけではないらしい)が組み込まれている。娯楽作品に必要なものが満載。
逆にリアルな社会問題のようなものはまったく描かれない。
ハッキリ言って「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」のような定型の勧善懲悪ヒーロー物以外の何物でもなくて、たとえばヒロインを演じるミーナは唄って踊ってコミカルな時もあるし、時に主人公の足を引っ張ることもある。まさにジャッキーの映画みたいなんですよね。『バーフバリ』のヒロインたちのように彼女自身が敵と戦うことはない。現代的なテーマとかも特にない。
あえてメッセージらしきものを受け取るとすれば、「身分」などというものがいかにあてにならずいくらでも交換が可能なのか皮肉めかして描いている、とはいえるかも。
ヒロイン役のミーナさんは綺麗だけど劇中では結構メイクが濃いので素顔がわからないし、最近のインド映画の女優さんに比べると体型もわりとふくよかなので、昔ながらのインド映画のイメージに近い。この20年でインド映画の美人女優さんのスタイルもずいぶんと変わってきたのだろうか。
そんなわけでとても懐かしい香りがして微笑ましくも楽しかった一方で、主人と召使いと女優の三角関係という、かなりどーでもいい話に166分間も付き合わされているという退屈さを感じなくもなかった。ダンスシーンも多いから途中でちょっと眠気に襲われたほど。
そういう意味では、『バーフバリ』は『ムトゥ』のようなかつてのインドのヒーローアクションを非常にうまく現代風にリニューアルしてるといえる。『バーフバリ』(オリジナルはテルグ語)の場合は「神話」として表現して、笑いは抑え気味に劇画タッチを貫いている。
映像の画質やVFX、撮影に演出など、『ムトゥ』と『バーフバリ』とではもはや隔世の感がある。
日本の観客が『ムトゥ』の技術的な未熟さを笑うことはできても、『バーフバリ』のクオリティについて見下すようなことはできないでしょう。
その代わり、『ムトゥ』にあったトンデモ感というか、「映画」としての乱暴さ、野蛮さは『バーフバリ』からはあまり感じられない。僕は『バーフバリ』は結構好きなので、久しぶりに観た『ムトゥ』のポンコツな感じに戸惑いを感じたほどですが。
でも、まだCGも使われていなくて、ムトゥとランガを乗せた馬車をたくさんの馬車が追う場面では『ベン・ハー』(感想はこちら)ばりに派手なクラッシュを本当に撮っていて、馬車から振り落とされた御者が車輪に踏み潰されそうになって間一髪のタイミングで避けたり身体が車体の下に入り込むショットもある。誰か死んでてもおかしくないような(;^_^A
これはVFXが使われることが当たり前になった今では味わえない迫力。
かと思えば、ラージャが崖から投げ落とされるシーンでは、日本の二時間サスペンスドラマみたいに手足がヘンな方に曲がった人形がヒョイって落ちてくしw
ムトゥの馬車が崖を飛び越えるシーンの昭和の特撮感溢れる合成とかw
これは現在ではインドの映画から失われたテイストなのかも。こういうチープ感も愛おしくてなかなか捨て難いものがありますが。
何よりも、この『ムトゥ』はあの主題歌のインパクトですよね。時代を越えた名曲だと思う♪
薪ざっぽでなぐられて崖から落とされたのにそのあとピンピンして出てくるラージャさんとか、彼やムトゥをヒドい目に遭わせた黒幕の伯父さんが懲らしめられることもなくあっさり許されて最後はみんなと笑顔で一緒に映ってたりと「ヲイヲイ」とツッコみたくなる場面や展開は多いし、今回初めてご覧になるかたがどのような印象を持たれるのかわかりませんが、とにかくラジニその人の存在感の強烈さは否定しようがない。
さすが名前の前に“スーパースター”と冠されるだけのことはある。
そういえば、最近もインド出身の口髭のスーパースターが唄って踊る映画を観たばかりですがw
今年は昔の映画をデジタル・リマスター版で映画館で観る機会がことの他多くて嬉しいんですが、20年ぶりに『ムトゥ』を今度はシネコンの大きなスクリーンで観られたことは懐かしさと新鮮さが同時に味わえてなかなか楽しかったです。
ラジニカーントは彼が主演の『ロボット』の続篇『2.0』も今年作られたということで(現在公開中の『パッドマン 5億人の女性を救った男』の主演のアクシャイ・クマールが共演)、ぜひ日本でも公開してほしいです。