映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

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『ウィッカーマン final cut』


ロビン・ハーディ監督、エドワード・ウッドワード、クリストファー・リー、ブリット・エクランド、リンゼイ・ケンプほか出演の『ウィッカーマン final cut』。2013年作品(87分版1973年)。日本初公開は1998年(『final cut』版の日本初公開は2020年)。

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行方不明になった少女ローワン・モリソンの捜索のために本土からスコットランドの孤島を訪れたハウイー巡査部長は、そこで異様な光景を次々と目にすることになる。島民たちは、キリスト教以前の土着の信仰に基づいて生活していた。彼らは皆一様にローワンのことを「知らない」と言う。


大須シネマで上映されていたので、最終日に観てきました。

2020年公開の『ミッドサマー』に多大な影響を与えたカルト映画としていろんな人たちが言及しているから、ぜひ観てみたかったんですよね。

2006年にニコラス・ケイジ主演でリメイクされている(そしてゴールデンラズベリー賞ノミネートw)けど、そちらも未鑑賞。

以前からミニシアター系の映画館で上映されていたのは知っていたんだけど、スケジュールが合わなくて観逃していました。

この作品は1973年に作られたんだけど、監督が編集したヴァージョンを大幅にカットして公開されたらしく、2013年にようやくこの『final cut』版で失われていた場面がいくつか復活したんだそうな。

最終日でしかも日曜日だったこともあってか、普段は閑散としている小さな映画館はわりとお客さんが入っていて、これはやはり『ミッドサマー』関連での人気なのかな、と。若い人が多かったですし。

大須商店街は人が大勢歩いていて(いまだコロナ禍ですから、観終わったあとはうろうろせずにそそくさと帰りましたが)、映画で描かれた「奇祭」の続きを見ているようでもあった。

『ミッドサマー』公開時には「これは『ウィッカーマン』だねぇ」と言ってる映画ファンの人たちが大勢いたから観ていないことが悔しかったんだけど、逆に僕は先に『ミッドサマー』を観てからこちらの本家に触れたので、「あぁ、確かに」と。

途中までは「ほぼ同じじゃん^_^;」とも。“キャンプファイヤー”で映画が終わるところもw


そして、観終わったあとは、この映画から発想してよく『ミッドサマー』みたいな作品に仕上げたなぁ、とアリ・アスター監督にあらためて感心しました。

もしも『ウィッカーマン』をなんの予備知識もないままいきなり観たら、子どもの頃に昼間にTVをつけたらたまたまやっていたよくわかんない昔の洋画みたいに「なんだこれ?」って印象しか残らなかったかもしれないけど、この「何を描こうとしているのかよくわからない」感じが妙に郷愁を誘いもする。

まぁ、何を描こうとしているのかは最後まで観ていればわかりますけどね。

要するに、見知らぬ島だとか村などにやってきた主人公がヒドい目に遭う、という昔からよくあるお話なんだけど、古くから伝わるキリスト教以前の異教についてしっかり調べたうえで作ってるから妙にリアルで怖いんですよね。

欧米人にとっては常識であるキリスト教の価値感が通用しない世界の恐怖、そして最後にそのキリスト教の信徒が異教徒に敗れる、という、あちらの人たちにとってはショッキングな作品でもある。

この映画が作られた当時を僕はリアルタイムでは知りませんが、当時はヒッピー文化華やかなりし頃で、欧米の人たちがキリスト教以外の宗教や欧米以外の哲学・思想に興味を持っていて、だからこそこういう映画も作られたんでしょう。

監督たちの意に反して作品が切り刻まれて不完全なままで公開されたことは残念だったけど、おかげでカルト映画化したともいえる。

日本では正式に劇場公開されたのは1990年代の終わりだったんだな(それ以前に非公式でヴィデオが出回ってたそうだが)。ずいぶんと遅いよね。

ところどころ明らかに他と比べて画質が劣るシーンがあって、それらがこの『final cut』版で復元された部分なんだろうな。

今の最新の映画なら通常公開版とディレクターズ・カット版を両方作っておくことも可能だろうけど(『ミッドサマー』もそうでしたし)、昔の映画はカットされた部分はネガフィルムも紛失していたりするので、時を経てから完全版を作ることは難しい場合も多いんですよね。

2代前から島を支配するサマーアイル卿を演じるクリストファー・リー自身がこの映画の企画当初からかかわっていたんだそうで、彼は2015年に亡くなってますが、この『final cut』版はご覧になったんでしょうかね。監督と彼にとっては執念の作品だったんだな。

この映画のクリストファー・リー(今年は生誕100周年)がまた胡散臭いんだ(笑)

翌年には『007/黄金銃を持つ男』で悪役を演じているけれど、当時の彼は50代の初めで、後年の「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズや「スター・ウォーズ」シリーズなどでの白髪の颯爽としたおじいちゃんのイメージに比べると、まだちょっとギラギラしてるんだよね。由緒正しい家柄の人だそうだけど。だから貴族役が似合うんだな。

主人公のハウイー役のエドワード・ウッドワードはちょっと高橋英樹リーヴ・シュレイバーのような顔の男前なんだけど、彼が演じるハウイーは敬虔なクリスチャンらしく婚前性交渉はしない主義のようで、つまり童貞という設定。

ちょっとそうは見えないんですけどねw


で、夜になると島に唯一あるホテルの隣の部屋からよがり声が聞こえてきたり、そこで働く若い女性が全裸で誘ってきたりする。

島民たちは大人も子どもも何かというと下半身にまつわる歌を唄っているし、学校でも少女たちに(演じてるのはどう見ても成人女性たちだが)キリスト教でも現代医学に基づくのでもない、大昔からの多神教によるこれまた性的な要素に溢れた教育をしている。そこら中に男根を思わせるオブジェがあるし。

このあたりも、すでに『ミッドサマー』を観ていたおかげで免疫があったからドン引くこともなく、大変面白く観られました。

『ミッドサマー』に比べると、こちらの方がより「キリスト教vs異教」という対立の構図が強くて、まだまだ当時はキリスト教が確固たる力を持っていたんだな、と思わせられる。『ローズマリーの赤ちゃん』(1968) や『エクソシスト』(1973)、『オーメン』(76) などが作られてた時代ですし、正直なところキリスト教だってカルト臭はいくらでもするんで、キリスト教の力がなくなったのではなくて、今ではキリスト教だって行き過ぎると危険なことをみんなもう知ってしまったんだろうな。

『ミッドサマー』を観て思ったように、宗教というものは個々人にとっては救いとなる場合もあるけれど、個人よりも集団を優先させる社会というのは、それが小さな村だろうが一つの国だろうがやはり暴走する危険を孕んでいるんだよね。今のロシアを見ていればよくわかるでしょう。「教育」を騙る洗脳の恐ろしさ。

何が正しくて何が邪なのか判別するのが難しい時代。

何に頼ればよいのか、誰にすがればよいのかわからない。だから迷路に入り込んで、間違ったものを信じてしまう。

豊穣のために「生贄」を必要とするような社会も、人の命を粗末に扱う社会も間違っている。くれぐれも“祭り”に浮かれ過ぎないようにしなければ。

映画の中で描かれる「奇祭」を楽しみながら、僕たちはそのことを肝に銘じておく必要がある。


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