監督・脚本:今敏、声の出演:荘司美代子、小山茉美、折笠富美子、飯塚昭三、小野坂昌也、津田匠子、鈴置洋孝、山寺宏一、津嘉山正種、京田尚子ほかの『千年女優』。2002年作品。
映像制作会社の社長・立花源也はキャメラマンの井田を伴って、芸能界を引退して以来長らくその行方がわからなかった往年の名女優・藤原千代子のもとを取材に訪ねる。立花は千代子に1本の鍵を返す。それはかつて少女の頃の千代子がある男性から受け取ったものだった。その「鍵の君」を追い求めて生きてきた千代子が思い出を語るうちに、やがて現実とスクリーンの中の区別がつかなくなってゆき、一人の女性の人生は千年の時を越えて彼女が出演してきた映画と混然となっていく。
ストーリーのネタバレがあります。
劇場公開時に歌舞伎町広場の今はなき新宿東急ミラノビル4F「シネマミラノ」(確かそうだったと記憶してるけど、別の映画館だったらゴメンナサイ)で鑑賞しました。
僕はある時期からアニメをめっきり観なくなって、特に日本製のアニメ作品を目にすることは今では滅多にないんですが、今敏監督の作品は珍しく3本、監督デビュー作の『PERFECT BLUE』とこの『千年女優』、そして『パプリカ』を公開時に劇場で観ています(『東京ゴッドファーザーズ』は未鑑賞)。
『PERFECT BLUE』は地元のかなり小さな単館系の映画館で観た覚えがある。
個人的に今監督の映画の絵柄は好きではないのだけれど、扱っている題材やテーマ、そして映像表現がいわゆるアニメファンとかオタク向けではなくてより開かれたものなので抵抗が少ないからかもしれない。
『千年女優』も、僕がこの作品に惹かれるのは、限られた登場人物たちで物語が転がっていくところやシームレスな場面転換が演劇的(その後、実際に舞台化もされている)で、レトロでアングラな要素がどこかノスタルジーを誘うせいでもある。
伝説の老女優をめぐる物語は、林海象監督の『夢みるように眠りたい』(1986) を思わせますが。あの映画からヒントを得ているのは明らかでしょうね。
酩酊感を誘う平沢進の曲もいい。
映画についてあーだこーだといちいち屁理屈こねるようになった今観るといろいろ引っかかるところはあるんだけど(登場人物の一人が操るインチキ関西弁は公開当時からかなり耳障りだったが)、90分というタイトな上映時間にまとめられているので、あっという間に観終えてしまう。
『君の名は』っぽい映画の場面はスイートキッスのCMを思い出したり。
ロケットで宇宙に飛び立つヒロインの映像から始まり、最後もそれで結ばれる円環構造の物語の中に一人の年老いた女優の回想が彼女が出演した数々の映画の場面とともに映し出される。はるか平安時代あたりから光速を超えるロケットが実用化された未来まで、「一番大切なものを開ける鍵」を持って千年の時を駆け抜けていくヒロイン。その浪漫に酔う。
そして、「純愛」の物語だと思って観ていた観客は、最後にヒロイン・千代子が発する一言に呆気にとられる。
「だって私、あの人を追いかけてる私が好きなんですもの」
まるでショートショートの人を食った“オチ”のようなラストだが、しかし 「あの人を追いかけてる私が好き」という言葉は、人が生きていくための原動力というのは案外そういうものなのかもしれない、と思わせるところがある。
いつか きっと、── と、もはや顔すら思い出せない「鍵の君」を追い求めてきた千代子は、追いかけることそのものの中に生きていた。
“思想犯”として警察に追われていた「鍵の君」は、かくまわれた千代子の家から姿を消してまもなく捕まり、拷問によって殺されていた。
それからの数十年、千代子は逢えるはずのない“幻”を追い続けていたのだ。
でも、走り続けてきた者にとってはそんなことはもうどうだっていいのかもしれない。
千代子は原節子をモデルにしているようで、確かに戦前戦中戦後と日本映画界で活躍して昭和30年代に銀幕から姿を消した伝説の女優、ということでは大いに重なるけれど、エキゾティックな面立ちと独特の声の持ち主だった原節子さんと千代子との間にその存在感やヴィジュアル面での類似点は特にない。
女に手の早い映画監督とか意地悪な先輩女優など、かなり誇張されてステレオタイプに描かれている映画関係者たちもキャラクターとしての魅力や面白味に乏しくて、描かれる物語は時代が断片的にコラージュされていて慌ただしく、ひとつひとつのエピソードは消化不良のままどんどん先に進んでいってしまう。
限られた予算で画を豪華に見せるテクニックは素晴らしいと思うけれど、ひとつの場面をじっくり見せるというよりは、映像の勢いに身を任せて歴史の渦の中を流されていくのを楽しむ、といったような作り。
頬に傷がある男が年老いて千代子の前に姿を現わすシーンで、彼のように戦前戦中に思想犯を捕まえて拷問して殺していたような者があんなふうに反省して涙ながらに詫びたりするだろうか、という疑問が湧いてしかたがなかった。ああいう人間は死ぬまで反省などしないものだから。
ずっと千代子の引き立て役ばかりさせられてきたという先輩女優も、「女優」という存在をあまりに単純化、矮小化し過ぎている気がする。のちに千代子と結婚する映画監督が発した女優を見下す物言いがこの映画の中に女性蔑視的なものを感じさせてあまりいい気分がしない。監督を演じている鈴置洋孝の気取ったようなアニメ声がそれに拍車をかける。
随所に挟まれるあからさまな黒澤映画オマージュはわかるんだけど、思ったほど往年の映画界に対するリスペクトが感じられない。
そんなわけで、劇場公開以来久しぶりに観た『千年女優』には僕はストーリーテリングに結構雑さを感じてしまったんだけど(人によってはちっとも雑だとは感じないでしょうが)、それでもこの作品には大いに魅了されるところがあるし、千代子が「あの人」のいるところへ飛翔していくラストには胸が熱くなる。姿が見えないから、顔がわからないから、追いかけても追いつかないからこそ、 乙女は彼を捜し続けるのだ。
僕にとっては『無敵鋼人ダイターン3』の破嵐万丈役や『機動戦士ガンダム』のブライトさん役でお馴染みだった鈴置洋孝さんはその後2006年に亡くなり、今監督もまた新作『夢みる機械』の制作に入るも、2010年に病いに倒れて還らぬ人となった。原節子さんも2015年に逝去。
残された作品の数はけっして多くはないけれど、今敏監督のアニメーション映画のファンは世界中にいるし、今でもその早過ぎる死を惜しむ声は絶えない。
僕も今監督には悪夢と甘美な世界が広がる魅惑的なアニメーション映画をもっともっと作ってほしかったです。
※飯塚昭三さんのご冥福をお祈りいたします。23.2.15
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