映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『バクマン。』


大根仁監督、佐藤健神木隆之介染谷将太小松菜奈桐谷健太皆川猿時新井浩文宮藤官九郎山田孝之リリー・フランキー出演の『バクマン。』。2015年作品。

原作は大場つぐみ小畑健による同名漫画。

音楽はサカナクション

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高校二年の真城最高佐藤健)は高木秋人神木隆之介)に声をかけられて、ネーム(ストーリー)と作画を分業して二人で漫画を描くことに。目指すはサイコーの亡き叔父で漫画家の川口たろう(宮藤官九郎)が生前描いていた“少年ジャンプ”の新人賞。しかし彼らの前にはすでに連載が決定している同じ高校生の天才漫画家・新妻エイジ染谷将太)がいて、編集部での両者の評価は比較にならない。新妻の圧倒的な画力と作品のクオリティの高さに刺激され、二人は自分たちにしか描けない漫画を求めて奮闘する。


昨年の劇場公開時にちまたで評判がよくて気になってましたが観られず、ようやくDVDで鑑賞。

原作はまったく読んだことがありません。

映画が公開されてる頃にTwitterのTLで原作漫画にある女性蔑視的な視点を指摘した呟きを目にしたんだけど、僕は漫画を読んでないのでここでは原作には触れず、あくまでも映画についてのみ述べます。

ちなみに、僕は少年期には「漫画」は普通に雑誌や単行本も買ったりしてましたが現在はほとんど読んでいなくて、漫画や漫画雑誌に思い入れがない人間です。子どもの時には考えられなかったけど、今では漫画というものが身近になくてもまったく困らない。

世間では現在も後篇が公開中の『ちはやふる』が好評のようですが、去年僕も劇場で観た『海街diary』(感想はこちら)のように漫画原作の実写映画は今では珍しくなくて、この『バクマン。』同様に成功例も結構あるようだから、もはや漫画が原作の映画がいいとか悪いとかいうことじゃなくて、その中にいいものもあればダメなものもある、ということですね。

面白ければ原作が漫画だろうとなんだろうと構わない。

逆に「バクマン。」の原作は読んでないから、「原作通りだから」とか言われてもわかりません。「映画」としてどうなのか、ということだけ問題にします。

なので、この映画や原作が好きな人は読んでてイラッとするかもしれませんからご注意ください。ネタバレもあります。


で、早速ですが、観終わった率直な感想。

…皆さんが持ち上げるほどの良作だとは思わなかった。う〜ん、つまんなくはないけど、そんな面白いかこれ、って。

まぁ、PCのちっこい画面でしかも酒呑みながらイイ塩梅で観たんで、そんな僕の評価なんてあまりあてになりませんが。

いや、こちらとしては目一杯楽しむつもりで借りてきたんですけどね。


プロジェクションマッピングを使った作画シーンは爽快でした


「少年漫画」そのものを題材にしてその作者たちの視点で描く、という試み自体は面白いと思うし、同じく漫画原作で現在TBSで放送中のTVドラマ「重版出来!」は逆に編集者たちの視点で描かれているから、両者を観比べると主人公の立場の違いもあって実に興味深かったりする。

僕のように漫画について無知な人間にも充分楽しめる余地のある作品だと思う。

ただし、「重版出来!」が漫画の編集部をリアリティを込めて実録風の「業界ドラマ」として描くのに対して、この『バクマン。』は細部には「あるあるネタ」が散りばめられているようだけど、「少年漫画」の漫画家たちを「少年漫画」の登場人物のように描くある種“メタ的”な作品なので、そのストーリー自体は少年漫画的飛躍やご都合主義に満ちている。

普段漫画を読み慣れていない僕は、その世界観に乗っかるのにかなり時間がかかってしまいました。


まず、サイコーこと真城最高とシュージンこと高木秋人の出会いからしてなんだかノりづらくて。

いきなり「俺たち二人で漫画描こうぜ」みたいなこと言われても、それまでに主人公二人についての描写がほとんどないからとってつけたようにしか感じられない。

しかもサイコーは叔父さんが人気漫画家だったという特殊な家庭環境で育ち、叔父さん亡きあともその仕事部屋は保存されていて自由に使える。


クドカンは劇場版『ゲゲゲの女房』(感想はこちら)では水木しげるを演じていた。


早速この都合のいい設定。

あそこはやっぱ二人がゼロから漫画の道具を揃えるところから始めないと。

ろくに漫画も描いたことがなかったのにいきなり全部お膳立てしてもらえて…なんてズルすぎるだろ。


この映画にはサイコーやシュージンの家族は、サイコーの叔父さん以外出てこない。

ちょうど、しばしばヤンキー漫画の主人公たちの家族が不在なのと似ている。

彼らの家庭の描写がないのだ。これはかなり不自然。

だってサイコーは漫画の執筆で根を詰めすぎて身体を壊して入院までしてるのに、家族が一人も出てこないなんておかしいでしょう。

だからこれはわざとなんだよね。

「少年漫画」は主人公の少年たちが悪と戦ったり冒険をする。そこでは「家族」という日常的な存在は邪魔になる。だから出さない。

そういう少年漫画の“お約束”を踏襲しているのだろうことはわかるんだけど、そうするとこれはリアルな「人間ドラマ」ではなくなって、「例え話」にならざるを得ない。

僕はしょっちゅう「メタファー」だの「象徴」だのと言ってるから、そういう構造の物語は嫌いじゃないんですが。

父親的存在である亡き叔父の後ろ姿を追う主人公、というのは少年漫画の王道中の王道だから、ただそれに忠実に描いてるだけかもしれないけど、でもここでは、漫画家になった高校生たちが少年漫画の主人公のように努力して勝利する、というお話を特にヒネリもなくそのままやってるだけなので、なんだかスルスルッと進んでいってそのまま何も心に引っかからずに終わっちゃった感じだった。

ここには「でも、現実はこんなふうにはいかないよね」といったような批評的な視点や、それゆえの苦味みたいなものはない。爽やかな映画でしたね、で終わり。

「それほど面白くなかった」というのはそういうこと。


たとえば、小松菜奈が演じるヒロインの女子高生・亜豆(あずき)のキャラクター。


彼女はサイコーたちの同級生で声優を目指している。

映画の中ではサイコーは亜豆とはろくに口を利いていないが、二人は互いに惹かれあっているようで彼女は教室でいかにもな視線でサイコーのことを見つめたりしている。

もうこの描写でちょっと「あぁ、イヤだなぁ」と。

そんで、サイコーと亜豆はまだほとんど言葉も交わしてもいないうちに「俺が漫画家になったら結婚してほしい」「私もそう思ってた。待ってるから」みたいなやりとりになる。

…なんだこれ?と。

いくらなんでもマッハすぎるでしょ。恋に落ちるにしたって過程ってもんがあるでしょうに。

そして漫画を描く動機が同級生の女の子との結婚。ジブリアニメの『耳すま』かよ、と。

漫画が大好きでどうしても漫画家になりたいから、ではないんだよな。

この映画では原作漫画にあるという女性蔑視的な台詞や描写は、作り手が「問題あり」と判断したのかおそらく意図的にカットされている。

というか、シュージンもサイコーもそもそも女性については特に何も発言しない。

サイコーが亜豆に惹かれているのは彼女が美人だからだろうけど、それ以外の部分で彼が亜豆のどこに魅力を感じているのかわからないし、亜豆がサイコーに好意を持っている理由も不明。

サイコーと亜豆は何も始まらないうちから相思相愛で、サイコーは漫画家、亜豆は声優になって、いつか自分たちの漫画がアニメ化されたら亜豆にその作品で声優を務めてほしい、というのがサイコーの望みである。

亜豆の「待ってる」という台詞はそのことを指しているわけだけど、なんていうんだろ、この映画の中で彼女はまるでトロフィー扱いなんだよね。

亜豆という女の子はサイコーにとっての“ご褒美”なのだ。

原作を読んでいないにもかかわらず、僕にはこの女の子のキャラがモノ扱いされているのがハッキリわかったし、要するにこれは中高生男子が妄想する女子像だ。

こんなカノジョ欲しいなぁ、っていう都合のいい妄想。

中高生の妄想だから、どうやらクラスでは「不思議ちゃん」と思われているらしい亜豆のキャラに関して映画ではほとんど描かれないし、時々スタジオのブースでアフレコをしている彼女の姿が映るだけで、亜豆がどのような苦労を経てアイドル声優になっていったのかも、彼女の声優としてのスキルもポテンシャルも全然わからない。彼女の物語はここでは描かれないのだ。

すべてサイコーの視点で語られている。

だが彼の憧れの存在でありながら、亜豆が出てくると途端に場面が退屈になる。空っぽなキャラだから。

この作品は少年ジャンプの三大原則「友情、努力、勝利」を描いたもので、登場人物たちのキャラクターも物語の展開もジャンプ漫画の王道をなぞったものだから、女の子が添え物扱い、というのはある意味「理にかなっている」とはいえるのかもしれないが。

あるいは、ここでのヒロインの存在は「勝利」を目に見える形として描いたものなのかもしれない。つまり人格のある生きたキャラクターではない。サイコーが彼女をモデルに描いた美少女キャラクターのように、彼女はノートに描かれた絵みたいな存在だ。

だからこそ、こんな中坊の妄想みたいな展開は普通なら木っ端微塵に吹き飛ばされてサイコーはサイテーな気分になって一度落ち込むべきなんだよね。

そこからほんとの彼のドラマが始まっていくわけで。

でもここで描かれていたのは、徹夜続きで漫画描き続けたら病気になっちゃったけど、仲間たちが協力してくれて勝てました。だけどそれがピークでそのあとすぐに打ち切り終了。青春のイイ想い出になりました(「でも俺たちの本当の戦いはこれからだ!」)。

…ってな感じの「青春漫画」っぽい絵空事だった。


だから10代ぐらいの子たちが観る分にはいいかもしれないですね。

でももういい年コイたおっさんには響きませんでしたよ。

本当の挫折は、中学生や高校生の時に思い描いた自分にとって都合のいい理想の世界など実はないのだ、と思い知ることなのだから。

クラスの可愛い女の子と目と目で通じあって、励ましあいながら勝利への階段を昇っていく。

…そんなことはないのです、現実には。もっと苦労しろよ。ほんとに女の子と付き合いたいのなら。

そういうことをちゃんと描ききってこそ、わざわざ漫画家を主人公にして「少年漫画の王道」を描く、という手法が活きてくるのだと思うんですが。

つまり、この作品は少年ジャンプが描く世界で止まってしまってるんだよね。

そこに心地よさを感じる人もいるんだろうけど、繰り返すけど僕は漫画や漫画雑誌に思い入れがないので「こんなことはありえないよな」としか感じられなかった。

絵空事みたいな世界を描いたっていいけど、そうしたらそのあとには落とし前をつけないと、何やらひどく虚しいものを観ている気分になる。

もっとサイコーとシュージンの二人をBLチックに描くとか、男子の妄想を軽く飛び越えていく亜豆とか、そういう「王道」から外れていく物語を見たかった。

少年が「少年漫画」の殻を破って羽ばたいていく、そんな作品を観たかった。


山田孝之が演じる編集者・服部も、最初に登場した時にはくたびれた様子で業界のいろんな苦労が滲み出てるようなキャラクターに見えたのが、あっという間に高校生漫画家二人組をヨイショするイイ人になっちゃったし。

この人が「凄くイイ」と褒めてた亜豆をモデルにした美少女キャラに僕は魅力をまったく感じなかった。これは致命的だなぁ、と。

だって、あの女の子がどんなふうに活躍するのか、映画を観てるだけではまったくわかんないんだもの。

結局、サイコーとシュージンが描いてた漫画って、どんな物語なのかほとんどわからないから、彼らにしか描けない漫画、というのもなんなのか伝わってこない。

だから彼らが発するものに共感できない。共感しようがない。描かれてないんだから。

リリー・フランキー演じる編集長も同様。見た目はそれっぽくてそれっぽいこと言ってるけど、彼とサイコーたちとの間に真の対決がないから「勝利」に説得力がない。

病気を押して頑張ったら勝てました。

それってピンチに必殺技で敵を倒すのと同じで、彼らの漫画のどこが新妻エイジの作品よりも勝っていたのか、映画を観ていてもよくわからない。勝手にランキングが上がって勝つ。

ギャラクティカ・マグナム」打ったら敵が吹っ飛んだ、みたいな。

あそこは、仲間たちが自分の得意技を駆使して具体的にどこがどのようにライヴァルよりも勝っていたのか描かないとダメでしょ。

そう、この映画にはドラマがない。ロジックもない。

とにかく頑張ったんだからいいんだ、と。

どうでもいいけど、最近リリー・フランキー吉田鋼太郎がほんとに紛らわしいです(;^_^A たまにマジで一瞬どっちがどっちなのかわかんない時がある。

猫背気味で「了解ですぅ〜」と古畑任三郎ライクな口調のウザかっこいい若きカリスマ漫画家を演じる染谷将太、「あまちゃん」の時とほぼ同一キャラの皆川猿時桐谷健太の演じるご本人が得意としている熱血兄貴風キャラ、珍しくナヨッとしたキャラの新井浩文など個性的な面々が出ていて楽しいし、バイトしながら漫画描くとか身につまされもしたけど、漫画を描くうえでの苦労ややりがい、技術的なことの解説など、そういう具体的なエピソードをもっと見たかったんですよね。


それぞれ得意分野が違ってるとことか、伏線として使い方によっては終盤にもっとアガッたと思うんだけど。

NHKでやってる漫画家さんの特集で語られるような、プロフェッショナルの凄さとかっこよさをもっと彼らから感じたかった。


漫画が原作だろうとなんだろうと、面白い映画が作られて日本映画界に活気が溢れればそれほど嬉しいことはないし、だから応援はしたいのです。

ここんとこ「最近の邦画のレヴェルが落ちている」みたいなことを言われて議論されたりしてますが、そんなことはないのは僕にはわかっています。優れた日本映画だってちゃんとある。

面白い映画がここにあるぞ、と言いふらしたいんです。

でもこの映画は残念ながらそうではなかったんだよな。

僕はこの『バクマン。』がなんでこんなに評価が高いのかよくわからない。

部屋の中に映ってる漫画にまつわる小物とか小ネタなど、よく見れば面白いものがたくさんあるかもしれないけど、そういうんじゃなくて根本的な部分でこの作品には何か相容れないものを感じる。

監督さんは『モテキ』(感想はこちら)の人だけど、僕はあの映画もちょっと合わなかったんで、そもそも自分とは相性の悪い作り手なのかもしれない。

今はとりあえず、『ちはやふる』が評判通り本当に面白い、素晴らしい映画であることを願っています。


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