映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

※2019年の“はてなダイアリー”終了に伴い、2018年9月にブログを移行しました。

「半分、青い。」は迷走中?


NHKの朝の連続テレビ小説半分、青い。」を毎朝観ています。

岐阜県東美濃市の梟町(ふくろうちょう)という町(“東美濃市”は架空の自治体で、脚本の北川悦吏子の出身地である美濃加茂市がモデル)で生まれ育ったヒロインの楡野鈴愛(すずめ)(永野芽郁)がバブル期の1990年に高校を卒業して漫画家を目指して上京するも、働くことになった漫画家・秋風羽織(豊川悦司)のスタジオで飯炊き要員の“メシアシ”扱いだったことを知ってキレる、というあたりまでが描かれました。

子役の子たちによる70~80年代の描写は懐かしくもあり、また岐阜は母方の祖父母の地元で親戚が住む土地でもあるので、苦手な現代劇でも愛着が持てるのではないかと思って観続けてきました。


実際、時代考証の微妙さ(主人公は70年生まれなのに60年代の特撮番組「マグマ大使」にやたらと思い入れがあるとか*1)にあれこれとツッコミを入れつつ楽しんできたんですが、鈴愛が東京に来てからの展開にどうも馴染めず、だんだんどーでもよくなってきてしまった。

小学生の時に病気の後遺症で左の耳が聴こえなくなった鈴愛はハンディキャップも笑いに変えていろいろ工夫しながらこれまで明るく生きてきたわけで、そういうたくましさを持つヒロインが新しい世界に羽ばたいていく姿は今後の展開も気になるはずなのに…なんだろう、新たな登場人物たちが魅力的に感じられなかったり、鈴愛の行動がどんどんありえない方向に向かっていってたり、次第に観ていてイライラするようになってしまった。

ヒロインがわがままだったり、間違った行動を取ったり、まわりの人々も親切なばかりではなくて結構キツめのことを言ってきたり、ということは別に現実の世界にいくらでもあるし、だからダメだとかいうんではないのですが、そうじゃなくてただ単に脚本が雑に感じられてしかたがない。犬好きのエピソードとか、必要か?って。

トヨエツ演じる漫画家の秋風が大の犬好き、という設定は、鈴愛の幼馴染で強引にもほどがある理由(京都大学を受けるはずだったが受験票を間違えて鈴愛に渡してしまったために受験できず、代わりに東京の大学を受験)で同じく上京してきた萩尾律(りつ)の高校受験のエピソードとこれも強引に結び付けられる。これ見よがしにナレーターの風吹ジュンに「覚えてますか?」とか言わせてるけど、こういうのを伏線とか布石とは呼ばないと思う。

茶店での律と秋風の再会もこの「犬」繋がりなんだけど、「ぎふサンバランド」の一件がそうだったように、犬自体はほとんど本筋と関係のない無意味な存在である可能性が否定できない。

だって律や秋風が実際に犬とふれあったり可愛がったりしてる場面がないから。律なんて猫の“ミレーヌ”と出会ったりしてるし。犬の話の最中なのに。

犬に対する思い入れすらないんだよね、おそらく脚本家大先生には。ただ出しただけ。

ちなみに、この作品は自らNHKに売り込んだという北川悦吏子さんが90年代以降に脚本を手がけられた恋愛ドラマを僕はまったく観たことがなくて(リアルタイムでその時代を知ってるけど、まったく興味がなかった)、この人がどれほどスゴい大先生なのかも知りません。

彼女が監督と脚本を務めた北乃きい主演の映画『ハルフウェイ』は公開当時に映画館で観て、スゴくつまらなくて腹が立った記憶だけあります。

僕はこの「半分、青い。」の今後の展開についてはまったく知らないのでこの先鈴愛がどういう生き方をしていくのか、どのような成長を遂げていくのかわからないけど、少なくともこれからしばらくは漫画にまつわるエピソードが続くんだろうから、普通に漫画家のアシスタントの日々の苦労とか喜びとかを描いていけばいいと思うんですが、なんでしょう、脚本家大先生の持ち味なんでしょうか、ヘンな人を登場させて目を惹こうとしたり、どうも場当たり的なキャラクターの配置や展開が目につき始めている。

別に糞リアリズムで描くべき、と言いたいわけじゃなくて、ヒロインの幼馴染を演じている佐藤健が主演した映画『バクマン。』(感想はこちら)が少年漫画っぽいノリでデフォルメを効かせて漫画家の世界を描き出していたように(って、僕はこの映画苦手でしたが)、かつて「てるてる家族」が歌や踊りを取り入れてミュージカル調に仕立てていたように敢えていろんな漫画的な手法で遊ぶということだって可能だろうし、とにかく主人公が大好きな漫画にのめり込んでいく姿をもっと熱っぽく描けると思うんですよね。

鈴愛に「2時間しか寝ていない」と言葉で言わせてるけど、そんなふうにはまったく見えないし、このあと彼女を疲労で倒れさせる口実なんじゃないかとさえ思ってしまう。

何か漫画に対する愛も感じなければ狂ったような情熱も感じられないんですよね。

ひよっこ」の漫画家コンビは始終漫画漬けで、作品が面白いかどうかはさておきとにかく漫画を描きまくっていた。描かずにはいられない衝動が伝わりました。そういう「大好き」感が鈴愛には感じられない。だからあまり応援する気も起こらない。

あるいは、もしも鈴愛にとって「漫画」はただの通過点に過ぎなくて、彼女はその後さらに別の道に進むというんだったら、こんなにナメた話はないと思う。

漫画家が自分が所属している漫画界を作品の中で描くのと違って、これはTVドラマなので脚本家大先生は実体験を基にしているのではなくていろいろとこの業界をリサーチしているんだろうけど(にっかつ撮影所でのご本人の経験が反映されてもいるようだけど、漫画と関係ないよな)、プロの漫画家さんがこのドラマを観てどう感じるのか気になる。ってゆーか、まだほとんど何も描かれてませんし。延々カケアミ描いてるだけで。

五平餅がどーのこーのとどーでもいい話をいつまでも引っ張ったり、*2律の東京での新しい友人役に「ゆるふわイケメン」だかなんだか知らないけど気持ち悪い喋り方の男子を登場させたり、鈴愛は自分の甘さを指摘されて怒りに任せて先日の日大アメフト部の悪質タックルみたいに後ろから先輩アシスタントを押したり(なんで働き始めてまだ間もない職場で先輩にあんなに横柄な態度が取れるのかもよくわからないし)、なんかやってることがおかしい。

僕は以前「ま○」も横浜に行ったり洋菓子を作り出したあたりで飽きて観るのやめたし、実は大人気の「あまちゃん」さえもアイドル活動がどうとかいうあたりで興味を失ったんですよね。

いえ、「あまちゃん」は震災を絡めたりいろいろ感じ入るものもあったし、きっといいドラマなんでしょうけど。

僕はもともと連続TVドラマ自体ほとんど観なくて、だけどNHKの朝ドラは一回15分という変則的な形式だからこそ毎朝観ていられるところがあったんだけど、それでもお話に興味が持てなければわずか15分でも集中しているのは難しい。

今これの前にアンコール放送してる「マッサン」は時代が昔ということもあって苦にならないし、ウイスキーを作るために奮闘する主人公夫妻、という題材はハッキリしてるから、そういう伝記的な物語の中で、ちょうど女性の実業家を主人公にした「あさが来た」がそうだったように現在の日本の問題点について考えさせられるところもあって、僕は楽しんで観ていられるのです。

でも現代劇の場合、そういう普遍的なテーマが希薄なことが多くて、なんかほんとにどーでもいい身のまわりのドタバタや恋バナが続きがちで(だから好きだった「ひよっこ」の終盤はしんどかった)、アンコール放送の作品も含めて僕はこれまで現代劇を最後まで完走できたことがないんですよね(「どんと○れ」も「こ○ろ」も途中離脱)。

なので、久々のほぼ現代劇であるこの最新作はちょっとした挑戦だったんだけど。


う~んと、しばらく様子を見てみます。面白くなりそうなら観続けるかもしれない。

上から目線な言い方で申し訳ないですが、「カーネーション」も「ごちそうさん」も「マッサン」も「あさが来た」も僕は面白かったし、初放送時にはTwitterでわりと辛口の感想を呟いた「花子とアン」だってこの前のアンコール放送は最後まで楽しみながら観られたので、やっぱり作品によるんじゃないかと思います。

出演者の皆さんは主演の永野さんをはじめ好演してらっしゃるので、ぜひ今後は“脚本”が面白くなっていきますように。


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*1:北川先生は61年のお生まれなので、彼女の思い出を投影したものなのでしょうが。

*2:“技”を受け継ぐ、ということを示しているのかも、という指摘をされているかたもいらっしゃいますが、果たして大先生はそこまでお考えだろうか。