映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『モダン・タイムス』

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監督・脚本・主演:チャールズ・チャップリン、出演:ポーレット・ゴダード、アラン・ガルシア、ヘンリー・バーグマンほかの『モダン・タイムス』。1936年作品。日本公開1938年。

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苛酷なシフトの工場勤務で精神に異常をきたした工員チャーリー*1チャールズ・チャップリン)は病院に入れられるが、退院したばかりで労働者たちのデモのリーダーと間違えられて逮捕され収監されてしまう。脱獄を企てた囚人たちを懲らしめて模範囚として出所するが、紹介された造船所での仕事でしょっぱなからヘマをする。父親を亡くして孤児院に入れられそうになって逃げてきた娘(ポーレット・ゴダード)は、パンを盗んで捕まりそうになったところをチャーリーに助けられる。チャーリーは刑務所に戻るためにわざと無銭飲食をして捕まるが、護送車で一緒になった先ほどの娘と逃亡、ふたりで生きていくことにする。


街の灯』に続いてNHKBSプレミアムでの放送。

チャップリンが初めて映画の中で肉声を聴かせた作品。

スペイン語なのかフランス語なのかわかんない謎の言語で唄います♪

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また、チャップリン自身の作曲による劇中曲「スマイル」はその後歌詞が付けられてさまざまなミュージシャンに唄われてますね(マイケル・ジャクソンが唄ったヴァージョンもある)。

その「スマイル」は一昨年公開されたトッド・フィリップス監督、ホアキン・フェニックス主演の『ジョーカー』の予告篇で流れていたし、本篇の劇中ではこの『モダン・タイムス』が上映されていてそれを富裕層の観客たちが観て笑っているという、とても皮肉な場面もあった。

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『ジョーカー』という映画自体が『モダン・タイムス』という映画やチャップリンの作品の根底に流れるヒューマニズムをどこかで嘲笑しているようなところもあって、とても意地悪な内容*2でしたが、あの映画で描かれた悲観的な世界観というのは、実はチャップリンの映画の中にもあるものだし、僕はむしろ『ジョーカー』はチャップリンが映画の中に込めたものを忠実に受け継いでいる作品のように感じるのです。

『モダン・タイムス』って、タイトルそのものが近代化とか機械文明を皮肉ってる響きがあるし、公開当時も共産主義的だと言われたりもしたそうだけど、実際に映画を観てみるとそれまでのチャップリンの映画と同様に彼が繰り出すスラップスティック(ドタバタ)なギャグが愉快だし、別に説教臭いわけでもなければことさら“共産主義”を奨励しているのでもない。

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チャップリン自身がこの映画を文明批判も込めて作ったようだし、そういう部分で高く評価もされてますが、しがない工員が女の子と出会って奮起する、というだけの内容で、文明批判とやらも僕はそんなにピンとこないんですよね。

警官を権力の犬のように描いて主人公に反抗させたり、あるいは盗みがなんでもないことのように描かれるのだって、ずっと以前から彼が映画で描き続けてきたものだ。

チャップリンはその後も共産主義者のレッテルを貼られて批判されたり、1950年代には赤狩りの対象になってついにほぼ国外追放のような形でアメリカをあとにすることになるんだけれど、ご本人が言ってるように彼は「理想主義者」だったんだろう。

それはこの次の作品『チャップリンの独裁者』での彼の演説の内容でも明らか。

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『モダン・タイムス』は、いろいろつらいこともある人生だけれど、それでも「スマイル(笑顔)」を忘れずに生きていこう、という前向きなメッセージを発しているだけで思想は関係ない。

工場の場面の巨大な機械類の描写が、僕が好きな1927年のドイツ映画『メトロポリス』を思わせて楽しい。チャップリンのコミカルなダンスも『メトロポリス』での工員たちのパントマイムのような動きを思わせる。

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これまで『サーカス』の団長や『街の灯』の金持ちの家の執事役など高圧的な人物を演じてきたアラン・ガルシアがここでは社長役で、他の台詞は字幕なのが機械のスピードを上げるよう命じる彼の声だけが音声で表現されていて、なんとなく『街の灯』でもやってたトーキー映画への揶揄のようでもある。

ただ、映画だって文明の利器だし、“機械”によって撮影されて上映もされるのだから、文明そのものを否定したら映画自体が成り立たない。

だから、僕はここでの文明批判とか、あるいはスピード偏重主義への批判は、チャップリンの「映画」に対する美学的な思いが多分に込められてるんじゃないかと思うんですよね。トーキーの時代になっても字幕付きの映画を撮ってた人なんだから。

チャップリン自身は映画の技術面に対しては保守的だった。主役はあくまでも彼の“芸”なのだから。自分の“芸”が“システム”に従属するのを快しとしなかったんでしょう。

労働者とか富裕層と貧困層の格差の問題なら、『モダン・タイムス』よりも『メトロポリス』の方がよっぽど直截的にずばり描いている(『メトロポリス』もアメリカでの公開時に“共産主義的”として映画が大幅にカットされた)。

確かに、この映画が作られた7年前の1929年には世界大恐慌が起こって失業者も大勢いたことだろうし、そういう不安な社会情勢も盛り込まれてはいるのでしょうが。

ちなみに、現在放送中の朝ドラ「おちょやん」では時代がちょうど1932年で、この年にチャップリンは初来日しています。ドラマの解説場面で『黄金狂時代』が流れていました。

ドラマの中でも「世界の喜劇王」と会うために二つの劇団が競争する展開になってますが、このあたりは史実をもとにしていて、実際にチャップリンは上方の喜劇王と会っている。

まさかここでチャップリンと朝ドラがクロスオーヴァーするとは思ってなかったんで(笑)面白いんですが(すでに「おちょやん」の中では以前からチャップリンの映画の看板が登場していたので、布石は打たれていたのですが)、偶然にしてはタイミングが良過ぎるからNHKさんはずっとこのコラボを狙ってたんだな。こういうの好きです(^o^) 

チャップリンは生涯に4度来日していて、2度目は1936年(この年に2回来日)。この時、その後映画評論家となる淀川長治さん(当時はユナイテッド・アーティスツ*3の大阪支社に勤務)がチャップリンと会っている。チャップリンは『モダン・タイムス』で共演したポーレット・ゴダードとお忍びで神戸に立ち寄って、ゴダードが買った真珠を「いい真珠かね」とチャップリンに尋ねられた淀川さんは、人工真珠なのはわかっていたが「舐めてみて冷たかったらいい真珠です」と答えて感謝された、というようなことを語られています。

「おちょやん」でも解説の黒衣(くろご)さんが淀川さんの物真似してましたがw

残念ながら、『モダン・タイムス』の次の『独裁者』は日本がドイツと軍事同盟を結んでいたために当時は公開されず(映画が作られてから20年後の1960年に公開)、翌年には日本はチャップリンの住むアメリカと戦争をすることになるのですが。 

1932年の初来日時には五・一五事件とニアミスして、一部の軍人によるチャップリン暗殺計画もあったようで、無事で本当によかったですね。もしもあの時チャップリンが殺されるようなことがあったら歴史は大きく変わっていたし、取り返しのつかないことになっていた。 

『モダン・タイムス』の内容については、ポーレット・ゴダード演じるみなしごになった娘と主人公チャーリーがいつの間にか一緒に暮らすことになってるのが、あぁ、いかにもチャップリンの映画っぽいなぁ、と。もう、好きになる過程すらすっ飛ばしちゃってる。

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そこに不自然さを感じないのは、チャップリンが演じるあのチョビ髭の小男に過度なオスっぽさを感じさせないように描いているから。

チャップリンの映画での主人公とヒロインの出会いって、だいたいチャーリーが彼女を助けてふたりがくっつく、みたいなパターンが多くて(それはチャップリンの映画に限らないけれど)、もはやチョビ髭のチャーリーが登場しない『ライムライト』でもそうだった。 

そこがこの「世界の喜劇王」の作劇における限界だとも思うんだけど、『チャップリンの殺人狂時代』はそれを逆手にとったようなお話でした。主人公が助けた女性がいつしか彼を越えていく、という展開もチャップリンの映画にしばしば見られる。 

僕は彼の作品の中では『サーカス』が好きなんですが(これもそのうちTVでやってくれないかなぁ)、完全なハッピーエンドじゃなくてちょっと哀しさや寂しさが残るところがいいなぁ、って。 

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ポーレット・ゴダードがヒロイン役を務めた『モダン・タイムス』と『独裁者』はどちらも希望のあるラストを迎えて、それもまた素敵ですけどね。

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チャップリンの映画のヒロインは皆さん魅力的だけど、初期の相手役だったエドナ・パーヴィアンス(最近ではパーヴァイアンスと呼ぶのが正しいんだそうですが、淀川さんに倣ってこちらで表記)を除くと、チャップリン映画で2本以上ヒロイン役で出演した女優さんはポーレット・ゴダードしかいないので特に印象に残りますね。 

後期は作品と作品の間が結構空いたから、ということもあるだろうし、ちょうどその時期にプライヴェートでも夫婦同然だった彼女(正式に結婚はしてないようだが)から創作上でいろいろインスパイアされるところもあったんだろうし。

『モダン・タイムス』でも『独裁者』でも、ゴダードの役はまるで彼女本人でアテ書きしたようにぴったりだったから。公私ともに幸福な出会いだったのでしょうね。

「スマイル」のメロディとともに腕を組んで去っていくふたりの後ろ姿は今や映画史に刻まれた記憶となって、これからも僕たちを笑いと涙の世界へいざなってくれるでしょう。


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*1:便宜上、ここでは“チャーリー”と呼んでいますが、劇中での役名は“工員”。

*2:主人公はピエロの仕事をしていたり、心を病んだ母親(チャップリンの母は彼が少年の頃に精神の病いで入院している)とか、勝手に恋人のように思い込んでいた女性など、チャップリンその人の実人生や映画の中で彼が演じる主人公の役回りなどを彷彿とさせる要素が散りばめられていて、それらがどれも『ジョーカー』の中では反転されている。

*3:チャップリンメアリー・ピックフォードダグラス・フェアバンクスD・W・グリフィスらと1919年に設立。