「午前十時の映画祭10-FINAL」でジョン・スタージェス監督、スティーヴ・マックィーン、ジェームズ・ガーナー、チャールズ・ブロンソン、ゴードン・ジャクソン、ジェームズ・コバーン、ドナルド・プレザンス、ジョン・レイトン、デヴィッド・マッカラム、ハンネス・メッセマー、リチャード・アッテンボロー、ジェームズ・ドナルドほか出演の『大脱走』を鑑賞。1963年作品。
音楽はエルマー・バーンスタイン。
原作はポール・ブルックヒルの体験記。
第二次世界大戦中にドイツ軍の捕虜収容所に収容された連合国の捕虜たちの脱走劇。
物語の内容について書きますので、まだご覧になっていないかたはご注意ください。
昔、BSで観たけど内容は覚えていなくて、終盤のマックィーンのバイクでのジャンプやゴードン・ジャクソン演じるマクドナルドがゲシュタポに英語で挨拶されて思わず英語で答えて脱走兵だとバレてしまう場面が記憶に残っていたぐらい。民放の地上波でもこれまで何度も放映されているけれど、そちらは多分観ていない。
劇場で観るのも初めてだし、楽しみにしていました。
上映時間は約3時間あるけれど、まったく退屈する暇もなくてほんとに面白かったです。
この映画は実話を基にしているし、「そんなバカな」と思うような展開が実は結構史実に忠実だったりするんですが、戦争中の捕虜脱走を描いた物語ではあるもののいわゆる「反戦映画」ではなくて、純粋なエンターテインメント作品になっています。
だって、まるで修学旅行で夜に教師の目を盗んで部屋から抜け出そうとする生徒たちみたいなノリだしw
この映画の有名なテーマ曲とデヴィッド・リーン監督の『戦場にかける橋』の「クワイ河マーチ」がたまに頭の中でゴッチャになることも。あちらも捕虜を描いた映画でしたが。
エンターテインメント、とはいいつつも、第二次世界大戦終結から20年足らずの時代に作られた作品だから出演者のほぼすべてが戦争を経験しているし、この映画で舞台となる収容所のモデルとなったスタラグ・ルフトIIIの近くの収容所に実際に捕虜として収容されていたドナルド・プレザンスのような人もいて、映画の公開当時にはここで描かれているのはついこの間のことだったんですよね。本物の戦争を知っている者たちが映画を作っていた。
主演のマックィーンは第二次大戦当時は10代の若者だったが(生きていればクリント・イーストウッドと同じく今年で90歳)、47~50年まで海兵隊に所属していた。
だから、たとえばスタローンが半裸で「たった独りの軍隊」に扮して銃を撃ちまくって敵をなぎ倒すような荒唐無稽なアクション映画ではない。超人的な活躍で現実にはありえないことをやってしまうような登場人物は出てこない。そもそも戦闘場面自体がないし。
まぁ、「独房王」の異名を取るヒルツのモデルである原作者のブルックヒルは実際には脱走はしていないそうだから、マックィーンが主演ということで彼が演じるキャラクターをかなりヒロイックに脚色しているのは間違いないですが。
そのあたりの史実と娯楽作のバランスが絶妙なんですね。
左からコバーン、スタージェス監督、マックィーン、ブロンソン
チャールズ・ブロンソン演じるダニーが、これまで散々掘ってきたのにトンネルが貫通する間際になっていきなり閉所恐怖症を告白して怯え出すのはちょっとあまりにも唐突だし、脱走の常習犯であるヒルツのエピソードにしてもお話を面白くさせるためにいろいろ盛ってるっぽいところはあるけれど、それでも250名の捕虜を脱走させようとするなんて相当ブッ飛んだ計画であることに違いはないわけで、なるほど、映画にしたくなる題材だよな、と。
映画で描かれるのはだいたい42~44年のことで、ドイツの俳優ハンネス・メッセマー演じるルーガー所長は顔つきが一見悪役っぽいんだけどゲシュタポやSS(親衛隊)を快く思っておらず、連合国側の捕虜たちに対しては寛大な態度を取っている。
夜になっても収容所内の建物が施錠されずに外出が可能だったり、歩哨たちの監視も甘くて捕虜たちが集会をすることもできたりベッドなどの家具から脱走用のトンネルに必要な木材も取り放題で、これじゃ「脱走してくれ」と言ってるようなもんじゃないかと思うんだけど、この辺は史実に基づいているようだから、ドイツ側がどういう基準で捕虜たちを扱っていたのかよくわからない。
だって、空軍や航空隊の兵士たちがこれだけ優遇されていた同じ頃、アウシュヴィッツをはじめ絶滅収容所ではユダヤ人たちの大虐殺が行なわれていたのだから。同じ命の扱いがこれほど違うとは。
繰り返すようにこの作品は反戦を訴えることが目的の映画ではなくて、これを通常の刑務所からの脱走モノとして描き直しても成り立つような内容ではあるんだけれど、たとえばジャック・ベッケル監督の『穴』のような、ほんとにジリジリする中での小規模で、ゆえに「リアル」な脱走劇と比べるとはるかに大掛かりだし、その分細かい描写の数々は端折り気味なので、そういうところでもエンタメ路線なんですよね。観ていてストレスを感じない。
ヒルツにしても、それからジェームズ・ガーナー演じる「調達屋」のヘンドリーにしても妙に明るくて、いかにも“アメリカン”といった感じのユーモアがある。
ただ、そんな愉快な連中が知恵と執念でトンネルを掘りあげて脱走を試みる姿を観ていて、僕は心底戦争のバカバカしさを感じずにはいられなかった。
「脱走は捕虜の義務」という言葉が出てくるけれど、このあたりの命のやりとりのなんと心許ないことか。だったら最初から戦争などしなければいい。「ルールに基づいて戦争をする」というのがそもそも無理があることで。
この映画ではルーガー所長はドイツ空軍としての誇りを持っていてナチス式の敬礼にも消極的で、だからこそ捕虜たちをジュネーヴ条約に基づいて扱うのだが、実際、ルーガー所長のモデルとなったフォン・リンダイナー所長もそういう人で、戦後も元捕虜たちの証言もあって戦犯として裁かれなかったのだそうで。
一方のゲシュタポや親衛隊は、無抵抗な捕虜を大量に銃殺するような完全な悪役として描かれている。
リチャード・アッテンボロー演じる“ビッグX”ことロジャー・バートレットは、収容所の捕虜側の先任将官のラムゼイ(ジェームズ・ドナルド)に「大佐はドイツ空軍とゲシュタポを区別しておられるが、奴らは同じ敵です」と言う。
ドイツの軍人にもさまざまなタイプの人間がいたことは確かなのだろうけれど、かつての日本軍の捕虜の扱いの酷さを見てもわかるように、結局のところ戦争は「紳士的」なものなどではなくて、人権も無視した蛮行を蔓延らせるものでしかない。
戦争はゲームではなく、人の命を奪うもの。“フェアプレー”などありえないんだよね。
脱走した76名の中で無事国外へ脱出できたのはわずか3名だった。そして50名は収容所に戻されることなくゲシュタポに銃殺された。その中にはロジャーもいた。
捕虜が大量に脱走する行為そのものが敵の後方を撹乱するという狙いがあって、だから犠牲となった者たちも含めてこの脱走計画にかかわった全員がヒーローなのだ、とこの映画は語っているのだろうし、ナチスの捕虜収容所からの脱走、ということ自体に「自由」や人間としての尊厳を守り抜くことの大切さが込められてもいるんだろうと思う。
確かにそういう意味では、これはあの戦争はナチズムとの「正義の戦い」だったのだ、と自負している戦勝国アメリカの映画ではある。
戦争がもはや単純な「善と悪」には分けられないことを僕たちは知ってしまっているけれど、ナチスが紛れもない「悪」であることは疑いの余地がないので、それに抗うことには異存はない。
人の命を粗末に扱うのは「悪」だ。例外はない。
この映画はようやく脱走したものの、生き残れなかった者たちを映し出すことで、ただ悪を出し抜いてめでたしめでたし、では終わらない余韻がある。
捕まって再び収容所へ連れ戻されたヒルツが最後まで手放さない野球のグローブとボール、いたずら小僧のような笑み。それは不屈の精神の現われでもある。
タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(感想はこちら)の劇中でレオナルド・ディカプリオ演じる主人公のリック・ダルトンがもしも『大脱走』のヒルツ役を演じていたら、というお遊びをやっていて、合成でディカプリオがルーガー所長と会話していたけど、つくづくヒルツを演じたのがマックィーンでよかった(笑)
ディカプリオにマックィーンの代わりは務まらない。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のディカプリオとブラピのコンビがそうだったように、マックィーンもスタントダブルのバド・イーキンズと組んでアクションシーンを撮っていた。『大脱走』でヒルツがバイクで鉄条網をジャンプするショットはイーキンズが演じている。
でもご本人も可能な限り自分でスタントもこなしていたということだから、今のトム・クルーズを先取りしてたような人でもあったんだな。
90年代には一時期ケヴィン・コスナーがスティーヴ・マックィーンを大いに意識した演技をしていたし(『ボディガード』など)、今だったらトム・ハーディあたりが(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』→感想はこちら)ちょっと似た雰囲気を感じさせもする。
どこかやんちゃで少年性を残した一匹狼的なヒーロー像。
そういう男性キャラクターは現在ではあまりウケないかもしれないが(仲間と一緒に戦う、みたいなのが広く受け入れられがちなご時世だし)、でも『ブリット』にしろ『ゲッタウェイ』にしろやっぱり彼の姿には見入ってしまう。
『大脱走』のヒルツは結局脱走はかなわなかったが、マックィーンはその後『パピヨン』で脱獄に成功する男を演じる。どこまでも走り続ける男が似合う役者だった。
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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』
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