映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

※2019年の“はてなダイアリー”終了に伴い、2018年9月にブログを移行しました。

『渇き』


※以下は、2010年に書いた感想です。


パク・チャヌク監督、ソン・ガンホキム・オクビン出演の『渇き』。
2009年作品。日本公開2010年。R15+

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神父のサンヒョン(ソン・ガンホ)は、謎のウイルスのワクチン開発のために人体実験に志願する。一命はとりとめたものの、彼の身体には異変が起こりはじめる。幼馴染のガンウ(シン・ハギュン)の家に行ったサンヒョンは、ガンウの妻テジュ(キム・オクビン)に惹かれていく。

以下、ネタバレあり。


なんか「惜しい」という感想を散見するんで、どうなんだろうと思ってたんだけど。

いつもは相手に飛び蹴りとか喰らわしてるイイ顔俳優ソン・ガンホが真面目な神父を演じるヴァンパイア映画、というだけで興味を持つ人と失くす人に瞬時に分かれると思うんだけど、個人的には「なんかエロい映画らしい」のが気になってて。

ヴァンパイア物といっても、当たり前だけど『ブレイド』や『アンダーワールド』みたいなハリウッド製のヒーローアクションとはまったく趣を異にする作品だし、臓物が派手に飛び散るお化け屋敷型スプラッタームーヴィーでもない。

もちろんコメディでもありません。

何しろそこは韓国映画、しかも復讐3部作(1本しか観てませんが)のパク・チャヌク

映画の原題は、そのまんま『コウモリ』。

結論からいうと、「惜しい」とかいう以前にパクさんは一体どこへ向かってるんだろう、と呆然としながら劇場をあとにすることに。

ソン・ガンホイ・ビョンホンを初めて見た『JSA』は人間ドラマとして手堅く作ってあったし、『オールド・ボーイ』は後味悪くてもまだインパクトある映画として堪能できたんだけど、この最新作はなんというか、映画の冒頭からもうフツーのエンターテインメントやる気なんかない、ついてこれる奴だけついてこい、という主張ビンビン。

思えばパク監督の前作『サイボーグでも大丈夫』も、現実と妄想がチャンポンになって精神科に入院中の不思議少女が世界の果てまでイッテQ!というお話(意味不明)で、これもなかなかついていくのが大変な映画だったけど、今回はさらにその上をいっていた。

見事なまでの“変態映画”でした。

まず、登場人物のこいつとこいつはどういう間柄なのかとか、なんでそういう展開になるのかとか懇切丁寧に説明してくれないので、ボンヤリ観てるとしょっぱなからソン・ガンホ演じる神父がなぜあの実験に志願したのか、意味がわかんなくなる。

「自殺願望が云々」の台詞も何か後々話にからんでくるのでは、と字幕を追い続けたけれど、結局その辺も何を云わんとしているのかよくわからず。

主人公がかならずしも仲が良いわけでもない知人の家にどうしてあんなにず~っと居座ってるのかもよくわからない。

わからないことだらけ。

しばらくは目を白黒させながら必死でストーリーを追って、これは何を描いた何についての映画なんだろう?と懸命に探りながら観続けた。


そして、これはスーパー・マゾヒストの映画なんだと勝手に解釈しました。

吸血鬼、というとサディスティックなイメージがあるけど、実際には彼らほど弱点が多くて生きていく上で不自由な存在はない。

日光に当たったら死んでしまうって、最弱じゃないか(モグラが太陽の光を浴びると死ぬ、というのは俗説らしいです)。

そう、これは他人を殺めたり他人の血を吸うことで自らの食欲と性欲を満たすヴァンパイアが、一方で自分もそれ以上に痛い思いをするお話。

最初のうちは、ソン・ガンホは欲情すると自分の内腿を腫れるまで強く打つ。聖職者なので性的にムラムラしたらダメだからである。

難儀な人だ。

最初は何やってるのかわからなくて、マラを鍛えてんのかと思った(小池一夫原作の劇画ですか)。

それにしても宗教的な映画でしばしば描かれる、登場人物のこの過度に自己懲罰的な態度、禁欲を自らに強いる姿は僕なんかにはひどく不自然で気味が悪いものに感じられる。

ショーン・コネリー主演でクリスチャン・スレイターが若い修道士を演じていたジャン=ジャック・アノー監督の『薔薇の名前』でも、自分の身体を鞭打つ醜悪な修道士の姿をあきらかに異様な光景として描いていた。

吸血行為が性行為のメタファー(隠喩)なのは昔から言われていることだけど、この映画ではメタファーどころか“どストレート”な表現でそれらはしばしば同時に行なわれる。

上と下で体液の交換をするというわけ(スミマセンね、表現が下品で)。

ソン・ガンホキム・オクビンのセックスシーンはまるでピンク映画を観てるよう(ってほとんど観たことないですが)でした。


ちなみに日本にも「血を吸うシリーズ」という吸血鬼映画があって、特にそのうちの2本(『血を吸う眼』『血を吸う薔薇』)で岸田森が演じる吸血鬼は有名だけど、洋館に日本人俳優がドラキュラの格好をしてるという、ふと我に返るとコントにしか見えない危うさはどうしても拭えない。

金子修介監督、緒形拳主演の『咬みつきたい』なんていう映画もあったっけ。

『呪いの館 血を吸う眼』(1971) 監督:山本迪夫 出演:高橋長英 岸田森 大滝秀治
www.youtube.com

『咬みつきたい』(1991) 監督:金子修介 出演:緒形拳 安田成美 石田ひかり

 

まず日本にはキリスト教が根づいていないので、神に対する「罪」とか「悪魔」という概念がない。

だからそれらに対する宗教的な恐怖もない。

この『渇き』でも「私は信者じゃないから…」という台詞があるように。

「吸血鬼」を単なる血液が大好物のモンスター、という以上の「神を穢(けが)す冒涜的な存在」というふうには捉えにくい。

その点、韓国はクリスチャンも多く、こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、東洋人が神父の服を着て「カトリック」だの「ヴァチカン」だの言ってる様子がいい具合に胡散臭くて妙なリアリティがある(“ひょうきん懺悔室”を思い出したりもしますが)。

特に古くからあるキリスト教系の病院はなんだか怖い(あくまでイメージです。キリスト教系の病院に虫垂炎で入院したことがあるけど、別に怖くもなんともなくて快適でした)。

この病院の雰囲気や顔中が水疱に覆われるグロ描写なんかは、ちょっとデヴィッド・クローネンバーグの映画を連想したりしましたね。

EV(伝染性単核症)の話が出てきたり、ウイルスに感染して吸血鬼になるとか。

ザ・フライ』みたいに腕ブチ折って骨が突き出たりするし。

ソン・ガンホの着ている神父の服がなんだかヒーローのコスチュームっぽくて、キム・オクビンを抱いたままビルから飛び降りる場面なんかちょっと『マトリックス・リローデッド』のキアヌみたいだった。

ワイヤーでビューンと跳んだり、家の窓の外でコウモリみたいに逆さになってたり、けっして多くはない超人的な姿を見せる場面がなかなか快感。

キム・オクビンが演じる、観客に容易に感情移入させないヒロイン、テジュのキャラクターは観てる途中でその変わり身の早さに「うわぁ、このビッ○!!」となりながらも、なかなか魅力的ではありました。

ヴァンパイアになってからは自分の欲求を満たすために、人間だった時にはあった倫理感が彼女から一気に消えていく。

勧善懲悪の話では全然ないんだけど、彼女の堕天使ぶりは観ててちょっと小気味よかったです(ストレスが溜まってんのか?)。

あと「百物語」の白石加代子みたいな顔したオバサンがおっかなかった。あの眼つきは夢に出てきそう。

シン・ハギュン演じるヒロインのダンナが、死んだあともたびたびずぶ濡れでソン・ガンホキム・オクビンに挟まれて登場する場面は笑ったけど。


吸血鬼映画の系譜に明るくないんでよくわかりませんが(実は『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』も観ていない)、でもその手の作品としては「恐怖」と「エクスタシー」を巧いこと描き出していたんではないでしょうか。

この映画観ながら、韓国映画ってのはいかなる題材も日常描写と融合できるんだなぁ、と思いました。

怪獣映画がポン・ジュノの『グエムル』みたいに、吸血鬼映画がこんなふうに撮られちゃうんだもんね。

好みのタイプの映画かというと正直そうじゃないんだけど、ジャンル物だろうとなんだろうと、けっして生身の人間の姿を描くのを忘れないということ。

これは重要ですよね。

ま、こんな濃ゆい映画ばっかだと胃がもたれるんで、たまには記号的で薄っぺらなキャラクターも観たいですが。


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