スティーヴン・ダルドリー監督、ジェイミー・ベル、ジュリー・ウォルターズ、ゲイリー・ルイス(父・ジャッキー)、ジェイミー・トラヴェン(兄・トニー)、ステュアート・ウェルズ(マイケル)、ニコラ・ブラックウェル(デビー)、メリン・オーウェン、アダム・クーパーほか出演の『リトル・ダンサー デジタルリマスター版』。2000年作品。日本公開2001年。
1984年、イングランド北東部の炭鉱町。母を亡くした11歳の少年ビリー(ジェイミー・ベル)は、炭鉱労働者の父(ゲイリー・ルイス)に言われ、ボクシング教室に通わされている。ある日、偶然目にしたバレエ教室のレッスンに興味を抱いたビリーは、女の子たちに混ざってこっそりレッスンに参加するようになる。そしてビリーはバレエの先生ウィルキンソン(ジュリー・ウォルターズ)によってバレエ・ダンサーとしての才能を見い出され、彼女の指導のもとでめきめきと上達していくが……。(公式サイトより引用)
『リトル・ダンサー』がデジタルリマスター版で23年ぶりに日本でリヴァイヴァル上映されましたが、スティーヴン・ダルドリー監督の作品はこれまでに僕は『めぐりあう時間たち』(2002年作品。日本公開2003年)と『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(感想はこちら)を観ているんだけど、実はこの監督のデビュー作である本作品を初公開時に観ていないし(でもタイトルは知っていた)、その後もBS放送とかDVDなどでも未視聴のままだったので、ぜひこの機会に、と思って劇場へ。
この映画はその後、ミュージカル化されて日本でも公演しているんですね。
主演のジェイミー・ベルは、僕は成長してから出演した『フィルス』(感想はこちら)と『ロケットマン』(感想はこちら)を観ただけ、と思ってたら、そっか、ピーター・ジャクソン監督の2005年の『キング・コング』にも出ていたんだな。
今年日本で公開された『異人たち』(監督:アンドリュー・ヘイ)に主人公の父親役で出演していることを知って観たかったんだけど(あと、11月に公開される『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』にも出演しているポール・メスカルも出てる)、残念ながらタイミングが合わず未鑑賞のまま。せっかくデビュー作と最新作が同じ年に観られたのになぁ。
それで、ようやく有名なこの映画を観られたわけですが、いやぁ、確かにいい映画でした。じぃ~んときた。
イギリスの映画って、中には苦手な作品もあるんだけど、この映画はイギリス映画の好きなところが詰まったような作品でした。
ジャンプする主人公・ビリーの姿から始まるこの映画は、最初からビリーの性格、普段からのその行動をしっかりと観客に印象づける。
予告篇を観て、僕は女の子たちと一緒にバレエを学ぶ少年の話だと思っていたんだけど、女の子たちと一緒に習うのはわりと序盤の方で、ビリーにダンスの才能を見出したウィルキンソン先生(ジュリー・ウォルターズ)は、結構早い時点で彼に個人的に教え始めるんですよね。
最初のうちは癇癪を起こして先生に暴言を吐いて逃げ出したりしてたけど、やがてその教えに従ってダンスの技を磨いていく。そして、先生の勧めもあってロンドンのロイヤル・バレエ学校に入学することを夢見る。
ちょっと疑問に感じたのが、ビリーはずいぶんと早い段階でダンスが巧かったんだけど、その上達ぶりが性急な気がして。
というよりも、オープニングでジャンプしているビリーの腕の筋肉がどう見てもそのへんの素人の少年のそれじゃなくて、明らかにダンスとかやってる人のものだったんだよね。
案の定、ビリーを演じるジェイミー・ベルさんは6歳の時からバレエを習い始めたということで、まぁ、当然のことではあろうけれどもバリバリ踊れる人なわけです(顔の感じが『太陽の帝国』に出てた頃のクリスチャン・ベイルを思わせる)。
だから、なんとなくビリーがあっという間にダンスが巧くなっちゃったように、あるいは最初から巧かったように見える。ロイヤル・バレエ学校に行く前から。
僕はダンスやバレエのことはまったくの無知なんで、見当外れのことを言ってたら申し訳ありませんが、でもまぁ、本来はそういうエリート中のエリートたちが通う学校なんでしょうね。お金持ちの家の。
そこに一見するとバレエとは縁がなさそうな階層の家庭の少年が挑戦する。そのことの感動を描いているんだな。
ビリーが住むイングランド北東部・ダーラムにあるエヴァリントンは炭鉱の町で、父親も兄も炭鉱夫。
しかし、ストの最中で収入がないため、生活は苦しい。
そんな中でビリーは父親にもらう50ペンスを払ってボクシングを習っているが、試合で相手を殴ることができずにいつもパンチを食らってはリングに倒れ込んでいる。
人を殴るのが苦手、というのはよくわかる気がする。男の子だからって、みんながみんな殴り合いが得意なわけじゃない。そういうのがそもそも嫌な子どもはいる。
そして、ビリーはバレエと出会う。
まぁ、このあたりも、ビリーほどしょっちゅう身体を動かして踊ってるような子はもっと幼い頃からそうだっただろうし(ちょっと多動症の気も感じる)、そしたら親だって彼がそういうことが好きなのに気づくはずでしょう。
あの年になって初めて父や長男が次男のビリーがダンスに興味があることを知る、というのは少々無理があると思うんだよなぁ。
父も兄も仕事で忙しいから、いつもはビリーの様子をあまり見ていないとか、父・ジャッキーの妻で息子たちの母・ジェニー(ジャニーン・バーケット)を失った悲しみから彼女に似ているビリーをあえて放っていたから、などいろいろ推察はできますが。
ビリーが母の遺品であるピアノを弾くと父は怒るし、おそらくはジェニーはダンスもできたのではないか。ビリーが踊っているのを見るのは父はつらかったんだろう。
この映画の物語は実話というわけではないけれど、どうやらビリーにはモデルがいて、ウェイン・スリープというダンサーのかただそうです。出身地やその境遇など、ビリーと似ているようですね。
だから、ビリーのような「男がバレエなんて」と言われながらその道に進んでいったダンサーたちが現実にいるのでしょう。
いや、男性のバレエダンサーは昔からいるんだから、「男がバレエ」なんて不思議でもなんでもないと思うんだけど、それでも偏見はあったのだろうか。
ビリーは別にいじめられっ子ではないし、特別問題児とかいうのでもないんだけど、運動神経はいいんだし、でもその興味がサッカーとかボクシングじゃなくてたまたまバレエに向かった、ということなんだな。
溌溂としていて無邪気に見えて、でも時々老成したような表情を見せたり、ヤングケアラーのように認知症の祖母の面倒を見たりもする。
ウィルキンソン先生の娘のデビー(ニコラ・ブラックウェル)はビリーと同じぐらいの年齢で、この子も見た目は幼そうなんだけど、セックスがなんなのかちゃんと理解していてビリーとベッドで密着したり、「私のアソコが見たい?」と尋ねたりする。
それに対してビリーも全然ドギマギすることもなく、「アソコを見せてくれなくても君のことが好きだよ」と言う。…君たち、なんでこんなに大人なんだよ(;^_^A お父ちゃんたちが力仕事しててあんな感じだから、子どもたちもマセるんだろうか。
ビリーと友だちのマイケルの関係が興味深くて、マイケルはどうやら化粧したり女性の服を着ることに思い入れがあって、ビリーのことを恋愛対象として見ている。
でも、ビリーはそんなマイケルに「バレエは好きだけど、僕はオカマじゃない」と言う。マイケルは「誰にも言わないで」と頼む。
それでも映画のラスト近くに、以前、マイケルがビリーにしたように、別れの時には彼はマイケルの頬にキスする。
この構図って、『ロケットマン』でも繰り返されているんですよね。
主人公のレジーが作詞家のバーニーを愛し続けるんだけど、バーニーは異性愛者なので、その愛は報われない。バーニーを演じていたのがジェイミー・ベル。『リトル・ダンサー』を意識したキャスティングだったんだなぁ。
14年後にビリーがバレエ「マシュー・ボーンの白鳥の湖」の舞台に立つ時に、客席に成長したマイケルが観にきてるんだけど、子ども時代のマイケル役のステュアート・ウェルズと成人後のメリン・オーウェンの顔や雰囲気がとてもよく似ていて、あぁ、マイケルが成長した姿だ、とすぐにわかるんですよね。
ビリーのことを描きながらも、家族や友人、同じ町の周囲の人々も描く。
ずっとビリーの家の前の壁にもたれかかってるだけだった女の子が、別れ際に「さよなら、ビリー」と挨拶するのが泣ける。
特に父親と兄は、最初のうちは何かというとすぐに「うるさい」と怒鳴るばかりで無理解な家族のように思えるんだけど、ビリーが本気でバレエの道に進みたい、と望んでいることがわかると、彼らなりに精一杯協力しようとする。
その間にも、なんとかビリーの学費を稼ぐためにスト破りをしようとしたり、父や兄にもまた日々の苦しみがあることが描かれる。
粗野に見えた兄が見せる涙、父の笑顔。心に残りました。
ウィルキンソン先生役のジュリー・ウォルターズは、最近でも『パディントン2』(感想はこちら)とか『メリー・ポピンズ リターンズ』(感想はこちら)、『ワイルド・ローズ』(感想はこちら)など活躍中ですね。
教えだすと妥協はせず厳しいし、相手がやる気をなくせばあっさり諦めるようなさばけた女性役が板についていて、ほんとにこういう先生いそう、と思わせる。
バレエダンサーとしてデビューする25歳のビリーを演じているのは実際に有名バレエダンサーであるアダム・クーパーということで、バレエのことをよくご存じの人にはサプライズな特別出演だったんでしょうね。
バレエを習って巧くなっていく少年を描いた映画だと思っていたのが、バレエの名門の学校に入学するまでを描いた作品だったんだな。決意して、努力して、まわりの人々の助けも得て、町の人たちに背中を押してもらって出立する少年の物語。
これは1984年のサッチャー政権下の話で、やがて炭鉱は寂れていくのだろうし、ビリーも炭鉱で働く父や兄のことを辛辣に言ったりもしていた。自分はこの町にこの先もずっといたくはない、と。
故郷には先がない。
でも、そこに住む人々の温かさも描かれているから、けっして金持ちの家の子どもではないビリーがバレエのデビューまでにどれほど頑張ってきたか、父や兄、そして町の人々がいかに彼を応援してきたかが想像できる。
ビリーはバレエの才能に恵まれたが、それだけじゃなくて“人間関係”に恵まれたんだよね。
観にいってほんとによかったです。