※以下は、2010年に書いた感想に一部加筆したものです。
製作総指揮:ジョン・ラセター、監督:リー・アンクリッチによるピクサー制作のCGアニメーション映画『トイ・ストーリー3』。2010年作品。
第83回アカデミー賞長編アニメーション賞受賞。
カウボーイ人形のウッディはオモチャの仲間たちとともに今日も持ち主のアンディが遊んでくれるのを待っている。でもアンディは成長して、もう子どもの頃のように無邪気にオモチャで遊んだりはしない。そんなアンディが大学入学で家を出ることに。そして部屋の片づけで袋に入れられたバズたちをアンディのママが間違えてゴミ捨て場に出してしまう。
僕が住んでるところでは2Dでの上映がなくて、字幕版は最寄りのシネコンでは1ヵ所のみ、一日1回しかやってなかった。それもレイト。
観客は子どもが主要ターゲットだからしょーがないっちゃしょうがないし、どうしても字幕版観たいんならDVDで観ろ、ってことなんだろうけど、でも前作『トイ・ストーリー2』は劇場で別に苦労せずに普通に字幕版で観たと思うんだよなぁ。カウガール人形のジェシーが持ち主の女の子に捨てられるシーンで流れる曲がたしか英語だったから。
主人公ウッディの声がトム・ハンクスだったのもよく憶えてるし。
今後、実写のアクションやSF映画なんかも吹き替えだけになったりしないだろうな、と一抹の不安が。
ウッディの吹き替えの唐沢寿明の声はわりと耳になじみがあるんだけど(心なしか顔も似てる気が…)、バズの声は所ジョージではなくてずっと玄田哲章だとばかり思っていた。
でも調べても玄田さんがバズの声を吹き替えたヴァージョンが公開やソフト化されたという記録は出てこないんで、*1単なる思い違いなのかな?
シュワちゃんをはじめ、シャクレたマッチョなアメリカ人はみんな玄田さんが演ってるという勝手なイメージを持ってるからだろうか。
『トイ・ストーリー』の1作目はかつて友人宅でヴィデオで観たのが最初で、ずいぶん前のことだしそれ以来観返してないせいもあって、あまり記憶にない。*2
何しろそれまではディズニーアニメも観る習慣がなかったので、『アラジン』とか『美女と野獣』とか彼女のお気に入りの作品と一緒に見せられて教育された部分はある。
それ以降は自分から映画館に観にいくようになりました。
ちなみに、2作目についてライムスター宇多丸さんがけっこう辛口な批評をしてたけど、僕はわりとお気に入りで宇多丸さんが苦言を呈していた部分(オモチャと人間の関係や悪役の扱いなど)にも特に問題は感じなかった。スターウォーズのパロディ・ネタも楽しかったし。
僕はこのシリーズはどれも出来は素晴らしいと思います。
それでは、これ以降ネタバレがありますのでご注意ください。
それにしても学生時代ならいざ知らず、ちまたの子どもたちが夏休みの時期にオッサンが朝っぱらからいそいそとピクサーアニメを観にシネコンへ乗り込む、というのは実にむさ苦しいことこの上ない。
しかもせっかくなんだからと、朝一回しかやってなくて前売り券も使えないIMAX3Dを選択。気合い入れ過ぎである。さすがに平日の朝イチは空いていた。
で、もう…号泣メ~~ン!!
なんか、遠い昔にお別れも言わずに処分したオモチャたちのこと思いだした。
オイラも幼児の頃はお気に入りのパンダのぬいぐるみをよくおんぶしてましたよ。
前作観た時に思ったんだけど、やっぱりジェシーはカワイイ。今回のバズとのやりとり見てても、作り手はそこんとこよくわかってて描いてるなぁと思いました。
赤ちゃん人形めっちゃ怖い。
クレーン車を見るとすぐ「カミサマ~」と近寄っていってしまうUFOキャッチャーから来た三匹の緑色の宇宙人たち、ナイスw
1作目で暴れてたオモチャたちの天敵シドも成長して再登場。
あと、ケツアゴ人形ケンが最高w
最初に書いたようにこのシリーズに特別思い入れがあったわけじゃないんだけど、これはなかなか深い映画だなぁと思いましたよ。
オモチャたちの視点で物語を描く、っていうアイディアは一見誰でも思いつきそうなんだけど、実は細心の注意が必要なんではないかと。
なぜなら観客の多くは「人間ではないモノ」に感情移入するのが苦手だから。
描き方次第では観てる途中で観客の心が主人公たちから離れていってしまう危険がある。
ちょうどスピルバーグの『A.I.』がそうだったように(個人的には好きな映画なんですが)。
「トイ・ストーリー」シリーズの成功の要因は、監督やスタッフたちの「人間」を見る姿勢の確かさにあったんじゃないだろうか。
この映画がオモチャたちを描きながら、動物やモンスター、車などを同じように擬人化した他のピクサー作品と決定的に違うのは、「人間との絆」が物語の肝だという点。
「オモチャ」というのは、人が生まれて最初に触れる“友だち”だ。
主人公のカウボーイ人形ウッディにとっては、自分が持ち主のアンディに愛されている、必要とされているのが一番の喜び。
ウッディの行動の根底には、何よりもまずアンディへの絶対的な信頼がある。だから大切な仲間たちと別れることになってもアンディの傍にいることを望む。
「子どもたちに遊んでもらうこと、大切にされること」はオモチャたちの共通の願い。
一方で、ちょうど『A.I.』のロボット少年のように、自分は愛されていない、自分の代わりは他にいくらでもいるのだ、という絶望感を心に抱いてしまったオモチャも登場する。
それでも彼らオモチャたちは人間にとって外見上は徹頭徹尾「ただのオモチャ」であって、彼らの存在は何かの比喩や風刺ではない。人間と彼らとの“主従関係”は現実の子どもとオモチャの関係と同じで、それ以上の意味が込められているわけではない。*3
「もしもオモチャが心を持っていたら」という素朴な空想を描いただけなのだ。
だからこそ、そんな彼らの人間たちへの忠誠心に、かつていつも傍らに居てくれたぬいぐるみや人形たちのことを思い出して胸が熱くなる。
地獄の釜の中のような業火に今まさに焼かれんとするオモチャたちが見せたあの表情には思わず泣いてしまった。忘れられないシーンになった。
そして誰よりも大切だった“相棒”の旅立ち。
この映画の中でずっと彼のもとへ帰ろうとけなげに奮闘してきたウッディは、ふと寂しげに笑ってあっさりと別れの言葉を口にする。
あばよ、相棒。
作り手たちの「大人になろうとしている少年」を優しく見送る成熟した視点が感じられた。素晴らしいラストだと思う。
長年の持ち主であったアンディとはお別れすることになったが、ウッディには新しく自分たちを必要としてくれる存在がいる。仲間たちも一緒だ。
最後まで「自分は愛されていた」と信じることができたウッディは幸せな人形だろう。
そして言うまでもないが、「幸せな人形」を“想像”できるのは人間、なのである。
結果的には吹替版でオッケーでした。字幕だとかなり眼が疲れただろうな。
『トイ・ストーリー』はこれで綺麗に完結したけれど、スピンオフやらさらなる続篇なんかは作られるんでしょう。*4何年後かはわからないけど。追記:2019年に続篇が公開予定。
今回もわかりやすい悪者が出てきて、そこはまぁお約束とゆーか、いかにもあちらのエンタメ映画っぽくはあるものの、比べたくはないのだけれど、悪役を相対化していくうちにいつしか古典的な作劇を忘れてしまって結局最新作『アリエッティ』(感想はこちら)*5で“ユーモア”を履き違えて頭がおかしなおばちゃんを悪者にするという、彼女と同じぐらいの年齢の女性を母親に持つ身としてはちょっと受け入れがたい乱暴な展開を平然とやってみせたジブリに比べると、ピクサー作品ははるかにストーリーテリングがしっかりしてると思った。
ジブリにはジブリの、ハリウッドでは切り捨てられてしまいがちな繊細なトーンがあるから一概にどちらが優れてるとか劣っているとか決めつけられないけど、でもこの「物語をわかりやすくしっかり描く」というところは、今となっては負うた子をおおいに見習うべきなんじゃないだろうか。
「子どもたち」を相手にしてるのならなおさら。
うかうかしてるとピクサーにトトロとられちゃうよ(;^_^A
帰りのバスの中で、母親に連れられてゴキゲンでひとりでず~っとけたたましい声をあげてる小さな女の子がいた。
お母さんはちっさい声で「シ~ッ」ってやってるけどまったく効果なし。
突然「キャアァァァ!!」とか金切り声あげるもんだからそのたびにビクッとしてしまう。
まるで『トイ・ストーリー3』の保育園児たちみたいに凶暴。う~む、手に負えねぇ…天敵だ。
オモチャたちのように怯えながら帰ったのでした。
追記:
結局、その後通常の3Dで再び鑑賞しちゃいました。もうこの映画が大好き!!
関連記事
『トイ・ストーリー4』
『メリダとおそろしの森』
『モンスターズ・ユニバーシティ』
『アーロと少年』
『リメンバー・ミー』
『インサイド・ヘッド2』
『バービー』
*1:Wikipediaによると、1作目の時にウッディの声は山寺宏一、バズは玄田哲章で吹き替え作業も完了していたが、公開寸前に「有名タレントを使った方が話題になる」という上の判断で急遽配役が変更になったんだとか。その時の悔しさをバネにして山寺さんは活動の範囲を広げたんだそうだけど…今さらながらムカツくなぁ。声優と客を舐め過ぎでしょう。所さんの声に愛着がある人もいるだろうし僕も今では慣れましたが、それでもバズの声は玄田さんの方が合ってると思います。
*2:その後、TV放映であらためて鑑賞。
*3:映画評論家の町山智浩さんがこのシリーズでのオモチャたちを「子どもを持つ“親”」の比喩である、と解説されていて納得したんだけど、それでも「動いたり喋ったりしているところを人間に見られてはならない」というルールや、持ち主の子どもたちに愛されることを望み続けるウッディやジェシー、バズたちの姿は純粋に「オモチャ」そのものだ。
*4:のちに短篇で続篇が作られている。
*5:同時期に公開されてました。