セシル・B・デミル監督、チャールトン・ヘストン主演の『十戒』。
1956年作品。日本公開1958年。
第29回アカデミー賞特殊効果賞受賞。
はるか昔のエジプト。ヘブライ人の家に生まれたモーゼ(モーセ)は、ファラオの命令で行なわれたヘブライ人の新生児の殺害から逃れるために、カゴに入れられナイル川に流される。モーゼを拾ったのはファラオの娘ベシアだった。こうして彼は王女の息子として育てられる。
旧約聖書の「出エジプト記」を基に、エジプトの王子だった主人公が神に命じられて同胞のヘブライ人たちを「約束の地」へ導く過程を描くスペクタクル史劇。
まもなく公開のリドリー・スコット監督、クリスチャン・ベイル主演の『エクソダス:神と王』(感想はこちら)に合わせて。
以下の文章は、2010年に地元の映画館の閉館に伴って上映された際に書いた感想を基にしています。
この『十戒』は小学生の頃、母親に連れられてリヴァイヴァル上映で観ました。
ちなみに“じゅっかい”と発音されることが多いけど、正しくは“じっかい”。
これまでにTVの地上波やBSでの放映、DVDなどで何度も観てるけど劇場で観るのは先ほどの小学生の時以来なんで、なんだか映画以外のことをあれこれ思いだして懐かしかった。
フジテレビの「ゴールデン洋画劇場」でやった時は、チャールトン・ヘストンの声を銭形のとっつぁんの納谷悟朗さん、ユル・ブリンナーを磯部勉さんがアテてました。
フジテレビ「ゴールデン洋画劇場」放映版
www.nicovideo.jp
ヘストンのフィックスだった納谷さんはもちろんだけど、特に腹から響いてくるような美声の磯部さんはブリンナーの声にピッタリだった。*1
他にもヴェテラン声優陣が何人も参加していて(矢島正明や久米明など)聴きごたえ抜群。
このフジTV放映版は、たとえばヨシュアを演じるジョン・デレク本人の声と吹き替えの池田秀一の声がソックリだったりして、声のキャスティングがほんとによく考えられていたんだなぁ、と感心しました。*2
今回久しぶりに劇場で集中して観て思ったのは(もちろんこちらは字幕版ですが)、「あぁ、これは公開当時の観客にとっては『アバター』(感想はこちら)みたいな映画だったんだろうな」ってこと。
何よりまず見どころは特撮をふんだんに使ったスペクタクル映像。
4時間近い大長篇を小学生が観ても退屈せずにいられたのはそのおかげ。
圧巻はもちろん割れる紅海。
ただ、演出も俳優の演技も舞台演劇風の古典的なコスチュームプレイのスタイルで、今の目で観ると古めかしさを感じさせることは否めない。
台頭してきたテレビとの差別化を図るためにハリウッドで史劇の大作が量産され始める時代の雰囲気は堪能できるけど、「作品」として真剣に観るとかなり大味でストーリー展開にもキャラクター造形にも疑問やツッコミどころがどんどん出てくる。
たとえばこの映画の2年前に公開された黒澤明監督の『七人の侍』(感想はこちら)のような時代を越えた作品としての完成度や普遍性には至ってないな、と。
ちなみに90年代に『プリンス・オブ・エジプト』というアニメが作られて、主人公もストーリーも同じだったけど(海も割れてたし)、どんな内容だったか全然憶えていません。
だからアニメ版が現代的にどこをどう変えてたのかわからないけど、少なくともこの『十戒』が肯定的に描いてる価値観が現在でも通用するとは言い難い。
もしなんの思い入れもなく初めて観たら、主人公モーゼの言動や、まるで信仰を強制するかのような映画の作りに抵抗を感じる人もいると思う。
まぁ、聖書を基にしてて、キリスト教(ユダヤ教)の神に従わない奴は滅びます、って話なわけだから。
なので、以前『ベン・ハー』(感想はこちら)の感想でも述べたように僕が評価するのはあくまでも目と耳を愉しませるスペクタクル映像とエルマー・バーンスタインの壮大な音楽であって、この映画の内容にはまったく共鳴しません。
これはある意味、非常にわかりやすい聖書についての教育映画といえる。
この映画を観て信仰に目覚めた人がいたかどうかは知らないけど。
とりあえず、この『十戒』のあとに『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(感想はこちら)を観るとより愉しめますw
実はこの1956年の『十戒』はデミル自身による『十誡』(1923)のリメイク。*3
僕は『十誡』の方は全篇を通して観ていないけれど、一部だけYouTubeで確認。
モノクロ・サイレントではあるものの、例の紅海が割れるシーンの特撮技術は56年版と比べても遜色がない。
それでもこれはリメイク版がオリジナル版を超えた例の一つでもある。
主演のチャールトン・へストンは撮影当時、映画の後半部分で常に老人用のヅラとヒゲをつけてなきゃいけないのでウンザリしたらしい。砂漠では暑かっただろうなぁ。
彼は当時まだ30代の初めだったのに、映画の最大の見せ場でもある紅海がまっぷたつに割れるシーンでも爺さんを演じなければならなかったのはちょっとお気の毒でしたね。
前半では上半身裸になって(ユル・ブリンナーも)、のちの『ベン・ハー』や『猿の惑星』同様に野性味溢れる肉体を披露してます。
ユル・ブリンナーが演じるラメセスは、モーゼに対する露骨なライヴァル心や、愛していないが自らの権力を絶対的なものとするために妻に娶ったネフレテリへの尊大で侮蔑的な態度、そして奴隷たちの生き死になどまったく気にも留めない冷酷な性格など、心の弱さを隠しながら王として毅然と振る舞う様子が見ていてなんとも気持ちがいい。
後半でネフレテリに完全に小バカにされてるところなど、憐れさも感じさせる。
ユル・ブリンナーは同じ年に彼の代表作でもある『王様と私』の映画版にも出演しているから、高貴で野蛮でワガママなキャラというのはお手のものだったんでしょうが、以来、僕にとって独裁的な王様キャラの最高峰はブリンナーが演じるこのラメセスになった。
ネフレテリ役のアン・バクスターは、僕はこの人の出演作品を他に観たことがないのだけれど(恥ずかしながら代表作『イヴの総て』も未見)、この映画を何度も観ているおかげで彼女の悪女演技がたまらなく好きになってしまった。
ネフレテリは単なる悪女ではなくて、もともとモーゼと愛し合っていたにもかかわらず運命の悪戯によって引き裂かれ、最後は彼の死を望むまでになる悲劇のヒロインでもある。
『十戒』にはそういうメロドラマの魅力もある。
悪役、といえば、もとはヘブライ人の奴隷頭だったがラメセスに取り入って総督になり、映画の終盤でモーゼによって退治されるデーサンを演じるエドワード・G・ロビンソン。
この人の安定感のある“悪い庄屋”的演技は、ブリンナーの王様と同じく見ていて実に楽しい。
モーゼに首を絞められて殺され、その地位をデーサンに取って代わられるバッカ総督を演じているのは、ホラー映画でもお馴染みでティム・バートンが子どもの頃から敬愛していたヴィンセント・プライス。ヨシュアの恋人リリアに見せるヌメヌメした笑顔がブキミだけど、こういう上司って今でもいるよな。
『十戒』のモーゼや二つに割れる海などはパロディにされることも多く、のちにユダヤ系のメル・ブルックスが自らモーゼを演じて思いっきり茶化してます。
『メル・ブルックス/珍説世界史PART I』(1981) 監督:メル・ブルックス 割っちゃった。
www.youtube.com
あと、巨大なオベリスクがおっ立つ場面は『裸の銃を持つ男』の何作目かでレスリー・ニールセンのアソコがエレクトするモンタージュに使われてました。
なかなか罰当たりでいいですねw
それと、聖なる「父」から力を与えられて正義のために悪を挫く主人公、というのはまんま『スーパーマン』でもある。
神に選ばれた民が偉大なリーダーに導かれる、という信仰。
アメリカという国は変わらんね。
そんな彼らを僕らはいつだって憧れの目で見上げてきたんだけど。
セシル・B・デミルは1950年代に赤狩りに協力的だった人で、ジョン・フォードに面と向かって糾弾されたエピソードもある。
だから人間的には尊敬できないところがあるんだけれど、ハリウッド映画史においてはまぎれもなくある一時代に功績を残した人でもあるので、僕はその作品を完全には否定できないんですよね。
『十戒』だって迫力があるし、なんだかんだいって感動させられてしまうもの。
同じ内容の物語をリドリー・スコットがどのように描き直すのかとても興味深い。
紅海が割れるあのシーンははたしてどのように描かれるのでしょうか。*4
そして“神”は今度も喋るのだろうか。*5楽しみです。
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『エクソダス:神と王』
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