映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

※2019年の“はてなダイアリー”終了に伴い、2018年9月にブログを移行しました。

『ルパン三世 カリオストロの城』


※以下は、2012年の金曜ロードショーでの放映時に書いた感想です(デジタルリマスター版の感想はこちら)。


監督:宮崎駿、声の出演:山田康雄島本須美納谷悟朗小林清志増山江威子井上真樹夫石田太郎永井一郎*1のアニメーション映画『ルパン三世 カリオストロの城』。

予告篇は本篇と声優や台詞が違いますね。
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炎のたからもの 歌:ボビー
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怪盗アルセーヌ・ルパンの孫ルパン三世は、モナコの国営カジノから盗んだ大量の紙幣が幻のニセ札「ゴート札」だと気づき、その出どころとおもわれるカリオストロ公国へ相棒の次元とともにむかう。そこで男たちに追われている花嫁衣裳の少女を助けようとするが、あと一歩のところで彼女は連れ去られてしまう。

以下、ネタバレあり。


宮崎駿の劇場映画第1回監督作品。1979年公開。

いまのところ久石譲が音楽を担当していない唯一の長篇でもある(TVシリーズのセカンドシーズンから続けて大野雄二が担当)。

僕にとっては『天空の城ラピュタ』(感想はこちら)とおなじくらい好きな作品。

リアルタイムで劇場では観ていないが、これまでにTVやヴィデオ、DVDなどで幾度となく観ている。

ラピュタ』の感想でも触れたけど、これは宮崎駿の「冒険活劇映画」の決定版ともいえるのではないかと思う。

ただし「ルパン三世」のファンのあいだではいろいろと評価も分かれるところらしく、「あれは宮崎アニメであって、ルパン三世ではない」という意見もあるようで。

おそらく初期の大隈正秋演出によるハードボイルドでアダルトなキャラクターとの違いについていっているのだろう。

AFRO "LUPIN '68" 歌:チャーリー・コーセイ
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僕自身はこのいわゆる青ジャケルパンと呼ばれる最初のTVシリーズのルパンでは、大人向けだった前期も宮崎駿&高畑勲コンビによる後期の低年齢層向けの路線も、特にどちらか一方に肩入れするものではない。

でも当然作品によって好みはあって、この『カリオストロ』の前に作られた劇場版第1作目『ルパンVS複製人間』はこれまでTV放映時に何度かトライしてみたけど、どうしても入り込めずに途中で挫折してしまった。

また世代的には、赤ジャケルパンとも呼ばれてご存知「ルパン・ザ・サ~ド♪」という女性コーラス入りの主題曲が流れるシリーズが一番馴染みがある。

ルパン三世のテーマ 歌:ピートマック・ジュニア
インストゥルメンタルもいいけど、歌詞付きのが好き。
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EDテーマで一番好きなのは、水木一郎アニキが歌う「愛のテーマ
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TVシリーズは「PARTIII」まで作られたけど、これはほとんど観ていない。

こちらは原作の世界観により近いといわれるが、僕は基本的にあの絵柄がうけつけなかったので(特に不二子ちゃんが…)。

劇場版は、山田康雄の死去によりルパンの声が栗田貫一に替わった第4作目の『くたばれ!ノストラダムス』や原作者のモンキー・パンチがみずから監督した『DEAD OR ALIVE』を公開当時に観たけど、『ノストラダムス』では子役時代の安達祐実が声の出演をしていたことと、『DEAD~』ではルパンと不二子のベッドシーンがあったことぐらいしかおぼえていない。


一方で、宮崎監督によるTV第2シリーズのなかの2本「死の翼アルバトロス」と最終回「さらば愛しきルパンよ」はいまでもフェイヴァリット作品。

なので、ルパンの原作のイメージやこれまでのTVシリーズへの思い入れよりも、けっきょく僕は宮崎駿が描くルパンが好きなのだ。


たとえば『カリオストロ』は、仮に「ルパン三世」というアニメをこれまでに一度も観たことがなくてもまったく問題なく作品に入り込める。

なによりもまず1本の映画として面白い。

冒頭のルパンと次元の「コナン走り」からはじまり重力を無視した崖づたいのカーチェイスや塔から塔への驚異的なジャンプなど、ドタバタ活劇で笑わせハラハラさせつつ、シリアスにきめるところはキメる。

その後シリーズのなかでも何度かパロられた五ェ門の「またつまらぬものを斬ってしまった」や、クライマックスへの伏線となるルパンの「女の子が信じてくれればドロボーは空だって飛べるし、湖の水だって飲み干せるのに」、これまたいままでにファンやオタクたちに何万回くりかえされたか知れない銭形警部*2の名台詞「奴はとんでもないものを盗んでいきました」。

まさに娯楽漫画映画の正道をいく作品。


囚われの少女クラリスは、「悪い魔法使い」に無理矢理花嫁にされようとしていた。

この「悪い魔法使い」カリオストロ伯爵(声:石田弦太郎=現・石田太郎*3)は、「未来少年コナン」のレプカ、『ラピュタ』のムスカとならぶ宮崎アニメの三大悪役の1人である。

クラリスのあごをつかんでクイッともち上げる手つきなんかもレプカムスカ同様いかにも「ザ・悪役」な感じでじつによろしい。

また「ロリコン(いうまでもなくロリータ・コンプレックスの略)」という言葉は、この映画で伯爵にルパンが放つ台詞「ヤバいヤバい、ロリコン伯爵。ヤケドすっぞ」から一般に広まったともいわれる。

宮崎駿はやがてこのようなわかりやすい「悪役」を描かなくなるが、つくづく生真面目な人だなぁと思う。

「フィクションなんだから」という言い訳は宮崎さんには通用しないようだ。


僕は、映画のなかでおもいっきり悪事を働き最後に倒される「悪役」が大好きだ。

彼らは現実の世界にいる犯罪者とは違う。

独自の美学があり、優雅でカッコ良く、そしてしばしばマヌケである。

フィクションのなかでおもいっきり倒されてくれる悪役がいるからこそ、僕はこのままならない現実をなんとかやっていけてるとさえいえるかもしれない。

ウルトラマンに凶悪怪獣が、プロレスにヒール(悪役)がいなくなったらつまんないでしょ?

アニメだってそうだ。

でも宮崎監督は、そんなことは重々わかったうえで「もう勧善懲悪はやめた」といっているのだろう。

「冒険活劇」は終わったのだ。


クラリスの声をアテた島本須美は、このあと「さらば愛しきルパンよ」の小山田マキ、さらに『風の谷のナウシカ』(感想はこちら)のナウシカ役と、この時期宮崎アニメの重要なヒロインを担っていた。


「おじさま」に助け出される純白のウェディングドレスの可憐な少女から、軍事企業の娘でロボット兵器の恐ろしさを世に知らしめるために空を翔る少女、やがて凧(メーヴェ)を操り蟲たちと交信する“青き衣の者”へと宮崎ヒロインがメタモルフォーゼしていく様子がうかがえて興味深い。

凛とした強さをもちながらも、まだナウシカのような「自我」をもつ前の、いわば男の子に夢みられたヒロインであるクラリスは、ルパンのようなオヤジから見ればようするに「憧憬」である。

宮崎駿はかつて「麦わら帽子をかぶった少女が自転車で通り過ぎていく瞬間」の(男ならおぼえがあろう)、あのなんともいえない感覚について語っているが、クラリスとはいわばそんな憧憬の象徴のようなキャラクターなのだ。

まるでいつか観たヨーロッパ映画のような、眩しくてどこか懐かしい光景。


宮崎監督はこの時期の自作について「これまでやってきたことの棚おろし」と表現しているが、たしかにこの映画にはそれまで宮崎駿が描きつづけてきた要素が散りばめられている。

コナンのように、囚われの姫君のためにひたすら走り、飛ぶルパン。

コナンをひたすら信頼するラナのように、健気で清らかなクラリス

恐ろしく、ときにユーモラスでもある敵。

腕が立ち、頼りがいのある仲間たち。

サンバ・テンぺラード
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のちにキャラクターたちの身体能力が現実の人間のそれにより近づいた『ラピュタ』にくらべると、まだ「コナン」のように漫画映画的なドタバタが可能なルパンは、それでもコナンと同様に銃で撃たれれば血を流し、生死の境をさまよう弱さももっているのだった。

けっして老いないはずのアニメキャラであるルパン。

しかし、ここではTV版よりもあきらかに歳をとった「中年ルパン」が描かれる。

回想シーンで、第1シリーズのオープニングでのサーチライトに照らされる黒装束のルパンの姿が再現される。

TV版ではイカす兄貴だったルパンは、ここでは「おじさま」と呼ばれる。

原作者が作品の出来には敬意を払いながらも「僕のルパンじゃない」と評した“おじさまルパン”。

やがて声優の高齢化にともなって、歳をとらないはずのルパンはいつしか『カリオストロ』以外の作品でも「おじさま」になっていった。

山田康雄は生前「俺が死んだらルパンは終わりにしてほしい」といっていたそうだ。

その願いはかなわず、いまもなおルパンは新作アニメが作りつづけられている。

そのことについて、別に異を唱えるつもりはない。

それはどこか藤子・F・不二雄の「ドラえもん」のように、すでに自分が“卒業”してしまったものへのどこか冷めた心情にも似ているが、実際「ルパン三世」がけっして「懐かしのアニメ」ではなくいまも現役のキャラクターであることは、それはそれでとても意義のあることなんだろう。

ときに少年探偵とコラボったりしながら、ともかくルパンはTV画面のなかに生きつづけている。

もちろん「山田ルパン」はもういないのだが、すくなくともこの『カリオストロの城』は定期的にTVで放映されているのだから、当分忘れられることはない。

みんながそれぞれ好きな作品をえらんで観ればいいことだ。

それでも僕はこの映画が「ルパン三世」の最終回にふさわしいと思っている。

そんなことをいえば「勝手に終わらせるな!」と怒る向きもあるだろう。

勝手に思っているだけならばそれは自由だ。

宮崎駿もまたそのつもりでこの作品を作ったはずだ(だから映画の最後にはスタッフロールもなにも流れずに、ただ「完」という文字だけが出る)。


もっとも先ほど述べたように、この映画のあとに宮崎監督はさらにTVシリーズで2本のルパンを撮っている。

「死の翼アルバトロス」では兵器オタクの趣味を全開にして、まるで短篇映画のようなハイクオリティの冒険活劇を描いている。

ほぼすっぽんぽんのぽんで暴れる不二子がキュート。


そして宮崎ルパンとのほんとうのお別れである「さらば愛しきルパンよ」のラストは、まさに『カリオストロ』の反復ともいえる。

「ルパン…きっと、きっとまた会えるわ」とつぶやいたクラリスから、マキの「ありがとう、ルパン」へ。

つづく『ナウシカ』ではヒロインはもはやヒーローに助け出される存在ではなく、みずから主人公となって身を挺して世界を守る者になる。

「ヒロインがお人形」「トイレにも行かない」などと揶揄されもして、『魔女の宅急便』(感想はこちら)ではなにを勘違いしたのか便器に座るキキのスケッチさえ描いた宮崎監督だったが(そういうことではないと思うんだが…)、そんな宮崎ヒロインはやがて『となりのトトロ』(感想はこちら)を経てより等身大の少女へ、そしてついに老女や幼女にまで至る。


「中年」といえば『紅の豚』(感想はこちら)を思い浮かべる人もいると思うが、僕はポルコ・ロッソのように変にダンディズムを気取っていないルパンの軽やかさが好きだ。

女の子を緑の野にはなしてあげて「さいならー、さいならぁ」と手を振り去っていく「おじさま」の後ろ姿に、僕はいつでも“乙女”になってしまう。

この映画はルパンという中年オヤジから見た幻の少女の話であると同時に、乙女が見たあこがれの「おじさま」の物語でもあるのだ。


クラリス、また会えたね」

山田康雄の声で、ルパンは優しくそうつぶやく。

いつか見た少女。

そしていつか出会った「おじさま」。

美しい緑の映える陽光のなかに去ってゆく永遠のヒーロー。

ありがとう、ルパン。

きっとまた会える。


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*1:伯爵の配下、影の長ジョドー役の永井一郎さんのご冥福をお祈りいたします。

*2:銭形警部役の納谷悟朗さん死去。ご冥福をお祈りいたします。

*3:石田太郎さん死去。ご冥福をお祈りいたします。