映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

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「ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」

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4月10日(日)で終了しましたが、名古屋市美術館の「ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」に行ってきました。

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600円の音声解説を担当されているのは、浜辺美波さんと鈴木拡樹さん。

いつもおことわりしているように、僕はたまに美術展に足を運ぶことはありますが美術的な教養があるわけではなく、はっきりいって作品のよさをちゃんと理解せずに観ている場合もあって、たとえばゴッホはとても有名な画家だから今回も観てみようと思ったんだけど、では彼の絵の素晴らしさをほんとにわかってるかといったら、全然自信はありません。

みんなが高く評価しているから、そうなんだと思って観てるだけで。

ただ、無理やり“映画”に引き寄せると、黒澤明監督がゴッホが好きだったことはよく知られていて、黒澤監督直筆の絵コンテはそのタッチや色使いなどがゴッホの影響を受けているのがわかるし、ご本人もそれは公言していて(もともと画家志望だった)、映画『』(1990) の中ではゴッホその人も登場する(ゴッホ役は映画監督のマーティン・スコセッシ)。

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寺尾聰演じる主人公「私」がゴッホに出会うエピソード「鴉」では、地面やオープンセットに油絵のような色を塗って立体でゴッホの絵を再現していた。

そういうところで興味を惹かれたりはする。

ゴッホと「印象派」の画家たちとの関係も僕はよく知らなかったんですが、ゴッホは最初は抵抗感のようなものがあったのが、やがて点描を試したり印象派の手法も取り入れていったんですね。

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まぁ、そんな初歩的な知識さえないまま観てるわけだから、ゴッホの絵をじかに目にしながらどれだけそのよさが理解できたか心許ないですが、鮮やかな色彩と筆さばきの「ひまわり」などの印象から(この展覧会に「ひまわり」は出品されていないですが)筆で色を厚く塗り込んでいく画風を想像していると、今回の展覧会で展示されていた初期の絵はもっと写実寄りで、素描の多くもいわゆる「上手な絵」だったんですよね。

ピカソなどもそうだけど、そのデフォルメされた絵のイメージから僕のようなド素人には彼らの絵の巧さがよくわからなかったのが、だいたい初期の絵というのは正確なデッサンが行なわれているので、あらためて「この画家は絵が巧いんだな」とアホみたいな感想を口にしてしまう(ゴッホはあまりデッサンが巧くなかった、と言われているようだけど、その辺は僕にはよくわからない^_^;)。

巧いうえで、そこに個性が加わっていくんですね。正確な再現からもっと自由な表現へと変わっていく。

だけど、そういう画家たちが風景や人物たちのスケッチを重視したのが面白い。現実を目で見てスケッチしながら、そこから離れて自分のイメージの中のものもキャンヴァスに描いていく。

この展覧会のタイトルにある「ヘレーネとフィンセント」のヘレーネさんが誰なのかも知らなくて、ゴッホの恋人とか絵のモデルだろうかと思っていたんだけど、ヘレーネ・クレラー=ミュラーさんという収集家のことで、彼女は夫とともにクレラー・ミュラー美術館を作ったんですね。

クレラー・ミュラー美術館はファン・ゴッホ美術館に次ぐゴッホ作品の所蔵で有名な美術館だそうで、今回の催しは、このヘレーネさんが生前集めてクレラー・ミュラー美術館に収蔵されているゴッホ作品、それからファン・ゴッホ美術館の収蔵品を同時代の他の画家たちの作品も加えて展示していました。

アートというと今では投機目的に購入するイメージが強いですが、昔のお金持ちって文化・芸術への造詣が深くて、それらを後世に残していこうという使命感も強いために美術品・芸術作品を収集して、一般の多くの人々が観られるように尽力したんですね。

今こうやって僕たちが美術展でゴッホ作品をまとめて観られるのもそういう先人たちのおかげ。


ポスターになっている「夜のプロヴァンスの田舎町」は最晩年に描かれたもので、燃えるような糸杉の木や渦巻く空など、いかにも「ゴッホっぽい」んだけど、あれは彼がぎりぎりの精神状態で描いたものだったんだな。

ルノワールやルドンの絵も飾られていたけれど、こうやって並べて観てみるとあらためて彼らが同時代の画家だったことが実感できるし、ゴッホも多くの他の画家たちの絵に刺激を受けて画風にも影響があったことがわかる。

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ゴッホというと「耳切り事件」や「拳銃自殺」など、エキセントリックなイメージが付きものだし、ついに自分の画風を確立して美術界での評価も高まりかけていた矢先の死、というのもドラマティックで、だからこそ彼の人生も込みで人気があるのだろうけれど、こうやって初期からの軌跡を見ていくことで、一人の画家が彼なりに努力を重ねながら(いろんな人たちに迷惑をかけてもいるのだが)たどり着いた境地を目にすることで、何かちょっとだけ生身の人間であるフィンセント・ファン・ゴッホに触れることができたような気がする(気がするだけ)。

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技術的なことはわからないけれど、ゴッホの絵を観て圧倒されたり思わず見入ってしまうような、その時間こそが僕には貴重で大切なものだということだけはわかる。

美術館という場所は自分にとっては異空間であり、若干居心地が悪く、でも「俺、なんで今ここにいるんだろ」という不思議な感覚を味わえる場所でもあって(笑)、たまに足を運びたくなる。

「美」と呼ばれるものを前にすると、僕はいつも軽い混乱に襲われる。「美」がなんなのかわからない。わからないものを眺めているこのひとときは一体なんなのだろう。

なくたって困らない。でも、そういう場所を訪れる時間がなければ困る。


4/10の終了間近だったこともあって平日の昼間にもかかわらずお客さんは結構入ってました。ゴッホは人気があるんだな。予約制で入場時間があらかじめ決まってたんで事前にローソンで予約して行ったんだけど、美術館で当日券も売ってました。

白川公園では「木下大サーカス」がやってた。以前来た時もやってたから定期的に開催されているんだな。

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僕はサーカスって観た記憶がないので(もしかしたら幼い頃に親に連れていってもらったことがあるかもしれないけど、覚えていない)、いつか観てみたいなぁ。


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