映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』

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オリヴィア・ワイルド監督、ビーニー・フェルドスタイン、ケイトリン・デヴァー、ビリー・ロード、スカイラー・ギソンド、メイソン・グッディング、ノア・ガルヴィン、オースティン・クルート、モリー・ゴードン、ダイアナ・シルヴァーズ、ヴィクトリア・ルエスガ、ジェシカ・ウィリアムズ、ジェイソン・サダイキスほか出演の『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』。2019年作品。日本公開2020年。PG12。

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親友同士のモリー(ビーニー・フェルドスタイン)とエイミー(ケイトリン・デヴァー)はこれまで遊ぶことを我慢して勉強に励んできたが、バカにしていたクラスメイトたちが自分たちと同様に名門大学への進学や優良企業への就職が決まっていることにショックを受けて、高校の卒業式を翌日に控えたパーティで思いきり羽目を外してみんなを見返すことにする。 


去年の劇場公開時に観た人たちの間でとても評価が高くて気になっていたんですが、結局観なくて遅ればせながらDVDで視聴。

…で、あぁなるほど、と。

うん、何度か声を上げて笑ったし(タクシーの中に響き渡るアノ音とか、エイミーのお気に入りの目が取れたパンダのぬいぐるみの使い道のくだりとかw)、結果的には観てよかったですが、でもこの作品を「青春映画の傑作」とか「2020年に観た中で最高の映画」みたいに絶賛している人たちとは物凄い温度差を感じてしまった。

ちょっとなんとなく予感はしていたんですよね。果たして自分にはこの手の映画が楽しめるだろうか、と。

というのも、以前、日本では劇場未公開だったけどDVD化されてやはり褒めてる人が結構いたエマ・ストーン主演の『小悪魔はなぜモテる?!』(2010)(感想はこちら)が僕はまったく受けつけなかったので。

あちらの高校生だとか大学生たちがバカをやってはしゃぐ類いの映画を面白いとは思えなくて。

…いや、厳密に言えば作品によるんだけど。

たとえば、同じくエマ・ストーンが出演していた(そしてこちらも日本では劇場未公開)『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007)(感想はこちら)は面白かったから。

『スーパーバッド』には、本作品『ブックスマート』で主人公の一人を演じているビーニー・フェルドスタインの実兄ジョナ・ヒルが出演してましたが。

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『ブックスマート』でケイトリン・デヴァー演じるエイミーの母親役のリサ・クドローは、『小悪魔はなぜモテる?!』にカウンセラー役で出ていたし、このあたりのジャンルって結構出演者がカブってたり交錯してたりして、そこんところは観るたびに知ってる顔を見つける楽しさはあるんだけど。

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フェルドスタインは(やはり日本で劇場未公開)『ネイバーズ2』(2016)(感想はこちら)ではクロエ・グレース・モレッツと共演していて、そのクロエが出演したキーラ・ナイトレイ主演の(これまた日本では劇場未公開)『アラサー女子の恋愛事情』(2014)(感想はこちら)にはケイトリン・デヴァーが出ている。今回確認するまで忘れてたけど、クロエちゃんの友人役だった。なんかあれこれと繋がってるね(^o^)

それにしても、ビーニー・フェルドスタインって現在27歳だけど(ケイトリン・デヴァーは24歳)、いつまで高校生役やってるんだ^_^; スゴいよな。グレタ・ガーウィグ監督の『レディ・バード』(感想はこちら)でも女子高生役だったし。いくつまで未成年を演じ続けられるんだろうw

『ブックスマート』の監督は俳優のオリヴィア・ワイルド(『リチャード・ジュエル』の感想はこちら)で、これが彼女の監督デビュー作。

オリヴィア・ワイルドさんの監督の手腕も高く評価されているけれど、彼女も、それから『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグさんも美人の女優さんなので(ガーウィグ監督巻き込んじゃってますが)、きっと高校時代はそれなりに楽しんで過ごしていたんだろうなぁ、と勝手に想像しちゃうんですが。僕の偏見だけど。

『ブックスマート』にも『レディ・バード』にも、“負け組”の恨み節みたいなものが感じられないんだよね。健全、とゆーか。作り手のワイルドさんやガーウィグさんが高校時代に“勝ち組”のパーリーピーポーだったかどうかはともかく、これらの映画は学生当時そこそこ楽しくやってた人たちの立場から描かれているように思える。

この映画を観て「こういう学生生活を送りたかった」と言ってる人がいたけれど、僕だったらあんな環境なら1日ともたないだろうなぁ。速攻でドロップアウトしてると思う。

出てくる学生たちは個性豊かというよりもやたらとハイで(パーティだから、ってのもあるが)変人っぽいし、でもそんな彼らは皆学力優秀の秀才たちで輝かしい未来が待っている。どこにも共感できる要素がない。

何よりも、これはあちらの学生青春映画みたいな作品を観るたびに感じることなんだけど、人間を「勝ち組」や「負け組」に分けて評価する価値観にはどうしても馴染めないし、自分がいかにイケてるかを他の者たちに証明しなければならない、という強迫観念めいた考えを受け入れることができない。

プロムなんかもよく描かれるけど、そこでもやっぱり自分の凄さをみんなに見せつけることが強調される。アメリカ人ってつくづく気持ち悪い奴らだなぁ、と思ってしまう。 

あちらの映画って、やたらと大きな家に大勢集まって酒飲んで騒ぐシーンがあるけど、ああいうところに行きたいと全然思わないもの。 

負け惜しみとかじゃなくて、ああいうから騒ぎに興味がないので。

だから、案の定というか、この映画も始まってしばらくはノれなかったし、結局のところ登場人物たちの設定とかストーリー展開もすべてが一定のステレオタイプとルーティンの枠の中で作られている気がしてならなかった。

劇中の学校のトイレが男女共用であることがさも画期的であるかのように感心している感想も目にするけど、僕はトイレが男女共用である必要などまったくないと思うので(そんなもん、現実の世界ではどう考えたって性犯罪の温床になるでしょーが)、冗談だろ、と。*1

同性愛者であることが自然にまわりにも受け入れられていて、イケてる男子たちは白人以外のマイノリティばかりだし、モリーは性格のことを揶揄されることはあっても、その体型を笑いものにされることはない。…多様性、って奴ですか。

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校長先生が配車(リフト)のバイトしてるなんてことがあり得るんだろうか^_^;

担任の女性の先生が男子生徒とヤッちゃうけど、会話の中だけでだし、彼は2浪して20歳を越えてることになっている。この映画の中では本当の悪人は一人も出てこない(指名手配されてる殺人犯さえもイイ奴)。

「こうであったらいいハッピーな世界」を映画で描いたっていいと思うけど、でも現実には嫌な奴らだっているし、理不尽なことだっていっぱいあるでしょう。そういう世の中で大勢の人たちが経験する痛みを「ないこと」にして、誰もがみんなイイ奴らでみんなでパーティを楽しめる、それが理想の世界なんだ、みたいに描かれてもねぇ。「パーティを楽しめない者」にとっては、ここで理想とされているような社会こそが抑圧になるんだよ。何を「楽しい」と感じるのかは人それぞれなように、人との距離の取り方、友情や人の愛し方、青春の形だっていろいろあるわけで。

だから、やっぱりオリヴィア・ワイルドは「パリピ側」の人なんでしょう。 

みんな、そんなに孤独が怖いんですかね。群れてたらその孤独は解消されるのか?

アメリカ人は、一度「パーティ」から解放される必要があるんじゃないだろうか。本当の“自由”は「パーティ」の外にあるんだと僕は思いますよ。『ノマドランド』(感想はこちら)のフランシス・マクドーマンドみたいにね。

これは2019年に作られた映画だけど、コロナ禍の今観ると、若者たちのあの密集具合、誰もがあちこちで酒を酌み交わして抱き合ってキスし合い、気が合えばその先も…そういう“祭り”を懐かしく愛おしく感じる人たちもいるんだろうことはわかるんですけどね。 

でも、ここで描かれてるモリーとエイミーのエピソードって、よーするに気になってた相手がパーティで別の人とイチャついててショック、とか、同性同士の友情の行方とか、それこそ『スーパーバッド』や『レディ・バード』でも描かれてたようなことの繰り返しで、自分こそがサイコーなんだ、ということを自分自身に言い聞かせるような自己啓発めいた内容は先の展開がすべて読めてしまったし、大声で罵り合ったり、そのあとにはお約束のように互いを褒め合ったり、そういうわかりやすい友情だとか人間関係は僕はちょっと退屈でした。

別に世の中を呪ってパリピを銃で殺しまくるような奴に共感するわけではないけれど、パーティでハッピーになれると信じて疑わない人たちというのは、世の中の半分しか見ていない、見ようとしていないわけで、デ・パルマの『キャリー』(感想はこちら)で描かれた恐怖や哀しみは理解できないんだろう。そういえば、クロエちゃんは『キャリー』のリメイク版に出てたけど、肩幅がめっちゃ広くて超健康そうだったので苛められっ子には見えなかったな。 

『ブックスマート』でも、モリーもエイミーも「ガリ勉 (Booksmart)」ということになっているけど、彼女たちは特別お堅い性格でもなければ他のみんなに苛められているのでもないし(普通に会話しているし、結構打ち解けてもいる)、特別イケてないわけでもない。「普通」に見える。

彼女たちだって、モリーはイェール大学に入学できるほどだし、エイミーは休暇を取って海外に行けるような“リア充”なんだよな。他の生徒たちもそう。差別も格差もない世界。リア充たちが彼らの中で順位を付け合ってるだけで。そんな話に共感などできるわけがない。

勝ち組だとか負け犬だのと人にレッテル貼りする価値観こそをひっくり返すような物語が俺は観たいんだよ。

…そんなわけで、ちまたで評判のいい映画をまたしても貶しまくっちゃってますが、でも出演者たちは誰もが好演していて、しかも誰かを悪者にして主人公たちをアゲる、ということはやってないので、不快な後味は残りませんでした。 

実は美人なビーニー・フェルドスタインもそうだけど、ケイトリン・デヴァーのどこにでもいそうな顔立ちの女の子ぶり(ご本人は綺麗なかたですが)もよかった。これからも元気いっぱいの彼女たちの出演作を観たい。 

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誰もが表面的に見て人から思われているのとは違う面を持っている。だから面と向かって語り合ってみると結構話せる奴だということに気づいたり、尊重すべきものを持っているんだ、ってことなど、この映画が伝えようとしてることは僕にもわかりましたよ。

だから、これはやっぱり青春映画なんですよね。ただし、一部の人々の。

多様性とは、「それ以外」の人々の存在も意識して「学んでいく」ことなんだと思う。


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*1:昔勤めていたところでは従業員用のトイレが小さくて男女共用だったけど、落ち着いて用が足せなくてとても嫌だった。