映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

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『ラスト、コーション』

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アン・リー監督、タン・ウェイトニー・レオンワン・リーホンジョアン・チェンほか出演の『ラスト、コーション』をDVDで視聴。2007年作品。日本公開2008年。R-18。

第64回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(最高賞)、金オゼッラ賞(撮影賞)受賞。

原作はアイリーン・チャンの短篇小説「色・戒」。

音楽はアレクサンドル・デスプラ

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1939年の香港。日本軍による侵攻が進む中で、大学生だったチアチー(タン・ウェイ)は劇団の仲間たちと抗日活動の一環で貿易商の妻“マイ夫人”になりすまして、特務機関員で日本軍に協力しているイー(トニー・レオン)の暗殺を目論むが計画は失敗。3年後、学生に戻っていたチアチーは再びスパイとして今では上海で特務機関の中心的立場にいるイーに近づく。


2008年の劇場公開時にはその激しい性描写が話題になったと記憶してますが、あいにく僕は観ていなくて、あれから12年経って今回初めてDVDで観ることにした理由は、エロい映画が観たかったからw…ってのもあるけど、それだけではなくて、先日劇場鑑賞した日本の映画『スパイの妻』と舞台になっている時代が近かったり、中国がかかわる戦時下での“スパイ”という要素、また貿易商の妻という設定など、どこか共通するものがあって、また、この『ラスト、コーション』はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得しているけれど、奇しくも『スパイの妻』は今年の同映画祭で銀獅子賞(監督賞)を獲っている。

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同じ映画祭でそれぞれ高く評価された作品を観比べてみたいと思ったから。

もちろん、実際に観てみたらわかるけど、両者は映画のトーンも規模も内容もかなり異なるので、どちらがより優れていてどちらが劣っているか、といったことを云々するつもりはないんですが、僕が「映画的」だと感じるのは『ラスト、コーション』の方なんですよね。

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『スパイの妻』は舞台劇風の演出で、俳優の演技もどこか芝居めいている。『ラスト、コーション』の方は、写実的で歴史劇を観ているような映像の質感や役者の重厚な演技に酔わされる。

上映時間も 158分と結構な分量。これまでなかなか手が伸びなかったのはこの長さのためもある。

でも、観ている最中は映画の長さは全然気になりませんでした。

そして、確かに話題になっただけのことはある、みうらじゅん的に言えば「これ、絶対入ってるよね」な、かなり思い切ったベッドシーン。

ほんとに、あれどーやって撮ったんだろう、と思ったもの。

まぁ、長さとしてはこの160分近い作品の中でベッドシーンはけっして多くはないし、かなめとなる場面に効果的に挿入(あえてこの表現)されているんですが。

激しい性描写は、主人公チアチーのスパイ活動の中での葛藤や「売国奴」と呼ばれながら日本の傀儡政権のために働いているイーの鬱屈した心情と重ねられていて、単なる映画の客寄せのための(その効果も確かにあったと思うが)パフォーマンスにとどまってはいない。それ自体に物語上の大きな意味が込められている。

すでに鑑賞されたかたがたも指摘されているように、ジャン=ジャック・アノー監督、ジェーン・マーチ、レオン・カーフェイ出演の『愛人/ラマン』(1992)を思わせる。

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『ラマン』の方は主人公の少女は生活費を稼ぐために(早熟な彼女の好奇心もあったのだろうが)“性”の世界へ入っていったのに対して、『ラスト、コーション』のチアチーは政治的な目的のために“性”を利用する、という違いはあるけれど、時代に翻弄され、男女が身体を重ねることで理屈を越えた感情が芽生えていくところなど、似ている部分はある。

そして、先ほども述べたようにどちらも映像が「映画的」なんですよね。人も風景も美しい。

ちょっと尋常でない数のエキストラが凄かった。それぞれあの当時の衣裳を身につけているし、バックに映し出される建物の数々もとてもセットだとは思えないので(もしかしたら屋外セットかもしれませんが)どこかでロケ撮影しているんだろうと思うんですが、まるで戦争巨編みたいな規模なんですよね。

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この映画には直接戦争の場面は出てこないので、すべてがある一組の男女の関係を描くために用意されている。本当に贅沢。

これまた映画を観ている途中で連想してしまったのが、ブルース・リー主演の『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972)。

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あの映画も租界で傍若無人に振る舞う日本人たちをブルース・リーがやっつける、抗日モノの一種といえなくもない物語だったんだけど、あの映画の中に日本人にへつらう中国人の通訳が出てくるんですね。

で、彼は日本人から侮辱的な扱いを受けてもヘラヘラ笑いながら従っている。そしてさんざん日本人にコケにされてちょっと溜め息をつきながら料亭から帰る途中で、ブルース・リー演じる主人公に裏切り者としてぶち殺される。

ラスト、コーション』でトニー・レオンが演じる特務機関員のイーは自分の国を侵略している日本に協力して、同胞である反日分子を取り締まっている。似た立場ですよね。

だから、僕にはまるでこの『ラスト、コーション』が『怒りの鉄拳』のあの中国人通訳を主人公の一人として描いた映画のようにも思えたのです。

イーが抱えている秘密と孤独。イーは無口であまり感情を表に出さないが、マイ夫人として接近してきたチアチーにベッドの上で暴力的な手段でその心の内をさらけ出す。

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イーの妻は毎日奥様友だちと麻雀に明け暮れていて夫がどんな仕事をしているのか、それがどれほど彼の心を蝕んでいるのかにもまったく関心がない(奥様たちの会話の中で彼女がする、香港での本格的な上海料理の話や“麻婆豆腐”の語源となったあばた顔の女性料理人の話題が興味深かった)。戦争が激化すれば海外に移住すればいいと思っている。

このイー夫人を演じているのが『ラストエンペラー』(1987)で日本軍の傀儡国家・満州国の皇帝・溥儀の妻を演じていたジョアン・チェンというのが皮肉というか、まさしくピッタリの配役というか。

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アン・リー監督はおそらく意識的にキャスティングしたんでしょうが、ジョアン・チェンの世事に疎そうな奥様演技は安定感があって、それは本当は一介の学生であったのが貿易商の妻を演じているチアチーの若さとそれゆえのぎこちなさ、場慣れしていない感じと対照的で、あの麻雀仲間の奥様たちの中で浮き気味な存在であるチアチーにイーが惹かれ、彼女にだけは心を許したのは、自分の中の所在無さと孤独を彼女に重ねたからではないか。

イーのような立場も、それからトニー・レオンのようなイケオジ俳優の立場も経験したことはないけれど、まぁ、なんとなく同じ男性としてこの映画の中でのイーの気持ちを察することはできる。

一方で、そんなイーに対してやがて憎からぬ感情を持ち始めるチアチーについては、そもそも彼女が抗日活動に参加するところまではなんとか理解できても、仲間を相手にセックスの練習をしたり、そこで身につけた技(笑)を駆使してイーを篭絡しようとする、彼女のその一途さ、度を越した真面目さが理解しがたく、不思議な気持ちで映画を観ていた。なんでそこまでする?と。彼女を仲間に引き入れた若者に好意を持っていたから、というだけではとても説明がつかない。

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チアチーと学生時代の仲間たちの活動は、最初のうちは学生運動に夢中になっている活動家たちのような、青春映画の香りさえするユーモラスな雰囲気も漂ったどこかのどかなものだったが、それが彼らの目的を知った者を殺害するあたりから、ちょうど左翼運動家が過激派に転じていくような様相を呈していく。このへんも監督は意識してそう描いてもいるのでしょう。

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仲間たちが普段どのような活動をしているのかは描かれないので、イーとの1対1の危険なスパイ活動をチアチーに押しつけているだけに見えてしまう。でもその中で誰にも頼れないチアチーは、イーと抱き合っている間だけは「自由」になれたのではないか。

この映画は、日本軍の侵略から祖国を守るために戦っていたはずの主人公が、倒すべき敵と通じている者の確保のチャンスをその直前で自ら手放して、仲間を道連れにして処刑されることになって終わる。

なんともやりきれない後味を残す映画だけれど、ここでまた『スパイの妻』との共通点が浮かび上がる。

『スパイの妻』で、蒼井優演じる貿易商の妻は、戦争やスパイ活動のことなど本当はどうでもいいのだ、というようなことを夫に告げる。彼女はただ夫と一緒にいたかった。彼女の衝動的な行動のために夫の甥が憲兵に捕まって拷問されても平然としている。

ラスト、コーション』でチアチーは作戦決行の直前まで任務に忠実だったが、イーが彼女に贈ったダイヤの指輪を見て、彼の“本気”を感じ取ったのだろうか、イーに耳打ちしてすんでのところで彼を逃がす。そのせいで仲間たちも一緒に犠牲になることも厭わず。やってることは『スパイの妻』と同じ。 

これをもって「女性」を一般化するのは乱暴だし、観る人によっていろんな感じ方があるでしょうが、それでも僕はこれは国家だとか戦争だとかそんな「大きな主語」ではなく、「わたし」と「あなた」の間のパーソナルな関係こそを選びたい、という欲求についての映画として観ました。

だからこその、あの性愛場面だったのだろう、と。

主演のタン・ウェイは素晴らしかったですね。ちょっと顔が永野芽郁に似てますよね。

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無論、ベッドシーンのきわどさもだけど、それ以外の場面での彼女の演技がいいからこそ、ラヴシーンもまた映える。

ノーメイクでいる時は10代後半か20代初めぐらいの学生に見えるのが、化粧をしてチャイナドレスを着ると若奥様“マイ夫人”に変身する。両者をしっかり演じ分けている。

ホンモノの奥様に見える時もあれば、時折それがほころびを見せることも。そのあたりもスパイ物のスリルとともに男女の駆け引きのようなものも感じさせて、そういう積み重ねを描くためにも158分という長さが必要だったんですね。

だから、最後のチアチーの仲間たちへの裏切り行為が理屈ではなく、でもこういうことはあり得るのだ、と思わせる。その説得力を持たせるためのベッドシーンでもあったのだと思う。

ベッドシーンでチアチーのワキにしっかりとワキ毛が生えているのが気になって、あの当時は中国の女性はワキの処理をする習慣がなかったんだろうか、と思ってたら、どうやら現在でも中国の女性はワキ毛を自然に生やしているのだとか。なるほど、ヨーロッパの女性が同様にワキ毛を剃らないようなものなのね。

いや、ノースリーヴのチャイナドレスも着てるのにスゴいな、と思って(^o^)

女性のワキ毛に性的な魅力を感じる人間にとってはなかなか堪らんものがありますが(変態)。

僕は実は同じアン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』をDVDで途中まで観て中断したままなので、そのうちちゃんとまた通して観たいなと思いました。


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