映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』


セルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッドイーライ・ウォラックリー・ヴァン・クリーフ出演の『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』。1966年作品(日本公開1967年)。

音楽はエンニオ・モリコーネ

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The Ecstasy of Gold
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南北戦争の時代。賞金首の“汚い奴”トゥーコ(イーライ・ウォラック)、大量の金貨の隠し場所を探す殺し屋の“悪い奴”エンジェル・アイズ(リー・ヴァン・クリーフ)、そしてトゥーコと組んで賞金詐欺を繰り返す“いい奴”ブロンディ(クリント・イーストウッド)。トゥーコを見限って彼を砂漠に置き去りにしたために仕返しされるブロンディだったが、エンジェル・アイズが探す金貨のある戦没者墓地の墓碑銘を知り、再びトゥーコと行動をともにする。一方、北軍に潜り込んでいたエンジェル・アイズは捕虜になって収容されてきたトゥーコを拷問にかけて宝のありかを聞き出そうとする。

昔の映画ですが、一応ネタバレがあるんでこれからご覧になるかたはご注意くださいませ。


TOHOシネマズの「午前十時の映画祭7」で鑑賞。


この『続・夕陽のガンマン』、そして前作『夕陽のガンマン』(邦題は共通しているが内容に連続性はない)、さらにその前の、黒澤明監督の『用心棒』の無許可リメイクである(その後、叱られてお金を払った)『荒野の用心棒』もヴィデオやDVDで観てますが、そもそもレオーネの映画を映画館で観るのは初めてなので、それだけでも嬉しかったです。

セルジオ・レオーネの映画は人が豆粒みたいな大きさの極端なロングショットや逆に顔がフレームからはみ出してるようなクローズアップで有名だけど、デヴィッド・リーンの『アラビアのロレンス』やウィリアム・ワイラーの『ベン・ハー』(感想はこちら)などと同様に、やっぱり大きなスクリーンで観てこそその魅力を最大限に発揮するんだということが今回の上映でよくわかりました。

もっとも、『七人の侍』と同じく4K解像度での上映ということだけど、思いの他フィルムの粒子が粗く、あぁ、4Kでこの画質なんだ、と。

いや、“マカロニウエスタン”と呼ばれるイタリア製西部劇の多くで採用された“テクニスコープ”のためそもそもの画質が粗いのは知ってるんですが、何しろ高画質になった『七人の侍』に驚かされたあとなので、横長のシネマスコープ・サイズにもかかわらず鮮明とは言いがたいその画質に正直ちょっとガッカリ(これまで観たTV画面では鮮明に見えていたので)。

砂漠の砂や埃、血や汗にまみれたマカロニウエスタンではその荒々しい画質がちょうどよかったのかもしれませんが、今回のデジタルリマスター版ではフィルムのガタつきが抑えられているので、画質は粗いんだけど画面は安定している、という不思議な映像を観ることに。

そして、画面に映る顔、のドアップ!


もう、これでもかというほどヒゲ面で濃い顔のむさくるしい男たちの顔が映りまくる。せっかくの大画面なのに顔しか見えない場面がいくつも。

でも、それがいいんだよね。

そして独特の間。

何しろ上映時間は180分近く。その間、ウエスタンにしてはずいぶんゆったりとしたペースで話が進む。

西部劇の『荒野の七人』としてリメイクもされた『七人の侍』のテンポのよさとはかなり違う。

僕は久しぶりにこの映画を観て、あらためてこれはガンアクションが見どころの映画じゃないなぁ、と思いました。

ここぞというところで撃ち合いや決闘シーンは出てきますが、実は三時間近い上映時間の中で銃撃戦はそんなに長々と描かれない。

派手な撃ち合いなら、以前ちょっと感想を書いたセルジオ・コルブッチ監督の『ガンマン大連合』の方がよっぽど多い。

だから、レオーネはガンマン同士の撃ち合いのかっこよさとか派手なアクションを見せたいのではないんだな。

馬の蹄やガンマンたちの靴音と拍車の音、銃声。それらは妙な郷愁を誘う。

極端な遠景ショットと寄りの画なども、レオーネの映画がしばしばアクション物としてではなく美学的な観点から語られ評価されるように、叙事詩的なんですね。叙事詩的、って便利な言葉ですが。

それがやがて遺作となった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』みたいな映画に繋がっていくんだなぁ、と。

ハッキリ言って、描かれている内容そのものは金貨のありかを巡ってのたわいない話なんですけどね。

見た目が「リアル」だから見入ってしまうけど、決闘の場面なんかもかなり荒唐無稽だし。

だいたい、最後のあの決闘はどう考えてもリー・ヴァン・クリーフ演じるエンジェル・アイズが不利でしょ。他の二人から狙い撃ちされる可能性が高いわけだし。

エンジェル・アイズはトゥーコは拷問するくせに、ブロンディにはいつも甘くてそのせいで最後は彼に敗れる。

だから美術や衣裳、小道具が凝っていても様式美の世界なんですよね。

悪玉が倒されることはわかっている。でもカッコイイからいいんだよね。

それに、たとえばこれもマカロニウエスタン的な意匠に溢れている異色の西部劇『エル・トポ』*1のように見るからに精神世界を描いた神話的な題材というわけではなく、もっと生身の人間が金目当てに右往左往する即物的な世界だからとっつきやすいんです。別に難しくないので。

三船敏郎演じる浪人が二つのヤクザの一家を争わせて共倒れを画策する、黒澤明菊島隆三による『用心棒』(感想はこちら)のプロットをそのまま頂いた『荒野の用心棒』に対して、『続・夕陽のガンマン』はストーリーテリングの面白さよりも登場人物たちの魅力に負うところが大きい。

この映画の魅力は言うまでもなくイーストウッドイーライ・ウォラックリー・ヴァン・クリーフら男たちの「顔」やしぐさ(エンジェル・アイズが殺す相手の家でシチューを木製のスプーンですくって飲んだりナイフでパンを切って食べるところ、トゥーコが何丁もの銃を分解して一丁の銃を組み立てるところ、ブロンディが葉巻に火をつけるところなど)や無頼ぶりに尽きるし、本場アメリカの西部劇のフロンティア・スピリットなど知ったこっちゃない悪漢たちの騙しあい、裏切りあいという、欲望丸出しの人間たちの小気味よさだが、劇中でそんな彼らの悪事が南北戦争と対比されることで、物語自体がどこか皮肉めいたものになっている。

ここまでくると、もはや「西部劇」ではない。


「戦争」という壮絶な殺し合い、それも無意味な戦いの末の無駄死にとしか思えないような大量の「死」を前にすると、西部劇のガンマンたちの殺し合いなど悪童たちのおふざけに見えてくる。

アメリカを二分する内戦、大義のために大砲撃ちあって何百人、何千人、何万人が殺しあうよりも、金のために悪党どもが銃で撃ちあってる方がよっぽどマシだろう、ということ。

クライマックスも戦争によって亡くなった人々の墓地が舞台となる。


一面に広がる墓は撮影のために全部スタッフが作ったもの。


長々と引き延ばされる決着、高鳴るモリコーネの音楽、顔と銃のアップ。そして一瞬ですべてにケリがつく。

これぞレオーネ節といった感じ。


金貨が隠されていたのは、無名の戦士の墓だった。

このクライマックスの有名な曲をタランティーノが自作の映画でそのまま使ってましたね。どの作品だったか忘れちゃったけど。彼はこの映画を生涯のベストワンとしている。

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アガる~(^^♪

この映画に限らず、セルジオ・レオーネ作品でエンニオ・モリコーネの曲が果たしている役割はかなり大きい。

ところで、今回の「午前十時の映画祭」での上映は特に表記がなかったので僕はてっきり日本で最初に劇場公開されたインターナショナル版だと思っていたんだけど、2004年にカットされていた場面を繋いでイーストウッドとウォラックがアフレコしたアルティメット・エディションでした。

ところどころ明らかにイーストウッド演じるブロンディとウォラック演じるトゥーコの声が違って聴こえる。

特にイーライ・ウォラックの声の衰えは顕著で、場面によっていきなりトゥーコが年寄りになったような、でも見た目は若いのでちょっとチグハグな印象を受ける。

あと、イーストウッドの声がまったく別人のものに聴こえる場面があったんだけど(馬車に乗ってるところなど)、ほんとにあれは本人がアフレコしたんだろうか。

正直あれだったら本人たちよりも映画が撮られた当時の彼らの声に近い別人が声をアテた方がよかった気もするが。

でも本人たちが声を入れていることに大きな意味があるんでしょう。

まぁ、今回上映された4K版の音声がアルティメット・エディションと同一のものなのかどうかはわかりませんが。

ちょうどそのアルティメット・エディションのDVDと同じ頃に買ったセルジオ・レオーネの評伝「セルジオ・レオーネ―西部劇神話を撃ったイタリアの悪童」は、そのキャリアの始めである「サンダル物」と呼ばれたローマ史劇から晩年までのレオーネの映画人生について詳しく書かれていて読み応えがありました。結構いい値段したんだけど、DVDと一緒に人に貸したら返ってこなくなっちゃって。今からでもいいから返してくれないかな^_^;

レオーネの映画、特にマカロニウエスタンはその暴力描写が人気だけれど、でもそれだけじゃない、なんというか、やっぱりノスタルジーを掻き立てるものがあるんですよね。

だから定期的に観たくなるのです。


「世の中には二種類の人間がいる。銃の弾丸を抜き取る奴と地面を掘る奴だ。お前は掘れ」

夕陽のガンマン』で賞金首たちの死体の数を数えていたイーストウッド。しかし互いに殺しあいながら彼らが手に入れようとしていた金はどこか現実味が薄く、ありがたみがない。

『続・夕陽のガンマン』の20万ドルという大金も、やはり空しい。*2

それはまるで子どもたちが「ごっこ遊び」で口にする宝物のようだ。

セルジオ・レオーネが描く男たちが追い求めるお宝は、いつだってそうだ。

イタリア人でありながらアメリカの西部劇に心酔し、やがて本場アメリカの俳優たちを使って西部劇を作り上げたレオーネ。

彼は自ら撮った西部劇を「マカロニウエスタン」と称されるのを好まなかったという。まがい物扱いされている気がしたんだろう。彼自身は本物の西部劇を撮っているつもりだったのかもしれない。

彼が夢見た宝こそ、映画館のスクリーンの中のアメリカという幻影の国だったんだろう。

「無名の戦士の墓」に埋められた金貨の束は、アメリカ映画を観ながら僕たち無名の観客一人ひとりが映画館の暗闇の中で見る夢だ。

映画の中だけに存在するならず者や英雄たちと宝の山は、多くの人々がこの映画に感じるロマンそのものだ。


前作『夕陽のガンマン』では主人公はイーストウッド演じるジョーということになっているけれど、実質的な主人公はリー・ヴァン・クリーフ演じるモーティマー大佐だったように、この『続・夕陽のガンマン』の主人公もイーストウッドではなく、イーライ・ウォラック演じるトゥーコだ。


イーライ・ウォラックのおかげでキャラクターにユーモアが加わり、トゥーコとブロンディの掛け合いは愉快なものに。

野卑な男と切れ者のコンビは、のちの『夕陽のギャングたち』でロッド・スタイガージェームズ・コバーンが演じた役に踏襲されている。

ちなみに、トゥーコはイーストウッド演じる“名無し”のことをずっと「ブロンディ(金髪野郎)」と呼ぶが、イーストウッドは金髪ではない。

このあたりにもなんともいえないおかしさがある。

そして、おいしいところは持っていくものの、ここでのイーストウッドは前作『夕陽のガンマン』同様に狂言回し的な存在になっている。

そのせいかどうか、その後レオーネから新作のオファーがあってもイーストウッドは出演しなかった。

結局、レオーネとは『続・夕陽のガンマン』が3本目にして最後のコンビ作となる。

その頃、名前が売れ出してちょうどアメリカに凱旋していくつものハリウッド映画に出ていたということもあるだろうし、彼自身が監督デビューしたりして忙しかったからというのもあるでしょう。

レオーネ作品でのイーストウッドのイメージはすでに固定されていたから、違うことをやりたかったのかもしれない。

レオーネはレオーネで、イーストウッドとの出会い以前に出演依頼をして断わられたチャールズ・ブロンソンヘンリー・フォンダらと『ウエスタン』を撮ったり、やはり以前に出演を蹴られたジェームズ・コバーン主演で『夕陽のギャングたち』を撮ったり、その生涯撮った作品数はけっして多くないがどれもが名作揃いで、やがてイーストウッドは自分の監督作『許されざる者』の最後で作品を映画監督の師匠でもあるレオーネとドン・シーゲルに捧げている。

『荒野の用心棒』から始まる「ドル三部作」を観たあとに『許されざる者』を観ると、なんとも感慨深いものがある。

イーストウッドは監督としてレオーネとは異なる独自の路線を進んでいくのだが、それでもレオーネから受け継いでいるものも多くあるだろう。銃器の細かいディテールへのこだわりなども、師匠譲りじゃないだろうか。

僕は今ではイーストウッドの監督した映画は好きですが、以前は特に西部劇に関しては彼のどこか暗く鬱屈したような作品よりも、レオーネの明るくノスタルジーに溢れた作風の方が好きでした。

イーストウッドの映画は安易にノスタルジーに浸らせてはくれないけれど、レオーネの作品にはある種の無邪気さを感じるんですよね。

そこが彼の作品が多くの人々に愛される理由でもあると思う。

「午前十時の映画祭」で、今後もぜひセルジオ・レオーネの作品を上映してほしいです。


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*1:エル・トポがパラソルをさして馬に乗るシーンは『続・夕陽のガンマン』でのトゥーコの姿をヒントにしたのかもしれない。

*2:ちなみに、20万ドルというのはこの映画の製作費の額でもある。