映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

※2019年の“はてなダイアリー”終了に伴い、2018年9月にブログを移行しました。

『かしこい狗は、吠えずに笑う』


製作・監督・脚本・編集:渡部亮平、出演:mimpi*β岡村いずみ石田剛太出演の『かしこい狗は、吠えずに笑う』。2013年作品。R15+。

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mimpi*β - カメレオン
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容姿が冴えず高校で「プーさん」と呼ばれてイジメに遭っている熊田美沙(mimpi*β)は、同じようにイジメられっ子の同級生・清瀬イズミ(岡村いずみ)と友だちのいない者同士で行動をともにするようになる。心が通い合ったかに思えた二人だったが、やがて美沙はイズミの言動に違和感を抱き始める。


以前、よく拝読しているブログのブログ主さんが宣伝されていたので、DVD借りて観てみました。

第34回ぴあフィルムフェスティバル(2012)のエンタテインメント賞、映画ファン賞受賞作品。

自主制作映画のようで、監督も出演者も知らない人ばかり。

まったく予備知識のないまま観たのでどういうジャンルの映画なのかすら知らなかったのですが、R15+で女子高生が主人公だし、ちょいエロな場面でもあるのかな、と。

まぁ、それっぽいのはありましたが。

で、僕の個人的な評価を先に述べると、「面白いところもあったし結果的には観たことは後悔していないが、好きなタイプの映画ではない」といったところだろうか。映画の出来云々のことではないので、ご了承のほどを。

以降はネタバレになるので、これからご覧になるかたはご注意ください。予備知識がないまま観た方がいいです。


僕はこの映画、イジメられっ子同士だった美沙とイズミが意気投合して友人になってからのイチャコラぶりに、最初は「あぁ、これは百合映画なのか」と。

一応そういう展開はあるし。


そして校舎の中ではしゃぐ彼女たちの姿にちょっと切ない音楽が流れたりするので、なるほど、女の子たちの友情と、性愛にまつわる青春映画なんだな、と思ったわけです。

ところが、この映画は次第に異様な展開を見せ始める。

仲良くなったはずのイズミは、美沙にいきなり乱暴な口の利き方で命令しだす。

かと思えば、またしてもそれまで通り親しげにふるまったり。

このあたり、ほとんどDV(ドメスティック・ヴァイオレンスカップルだ。

美沙が可愛がっているインコの“チュン太”を「いいから貸せよ」と強引に持ち帰り、翌日には美沙のためにお弁当を作ってくる。


そのお弁当の“から揚げ”を旨そうに頬張る美沙に向かって「チュンチュン♪」と呟くイズミ。

ギョッとしてから揚げを吐き出す美沙。

その様子を見て笑ったあと、美沙が自分がインコを殺して料理したと疑ったことに腹を立てて泣くイズミ。

その罰に美沙の頬を張り、そのあと同じ手で彼女の頬を撫でる。

これぞまさしくDVを行なう人間の行動パターンだ。

いたぶって相手を試し、弄ぶ。本人はそれが「愛情」だと思っている。

そうすると、これはこういうイビツな人間関係や愛情の築き方についての映画なのだろうか、と思って観続けていると、作品はさらに暴走し始める。

イジメっ子のマリナ(もりこ)には仲のいいアヤ(瀬古あゆみ)というクラスメイトがいたが、彼女はしばらく前から行方不明になっていた。アヤはマリナとともにこれまでもイズミや美沙を苛めていた。

ところが映画の後半で、イズミは実家とは別のアパートにアヤを監禁していたことが判明する。

しかもイズミは生徒たちからいつもバカにされている数学の非常勤講師(石田剛太)とそこで同居しており、この男は彼女の言いなりだった。

こうして映画はサイコスリラーへと変貌していく。

こうやって要約してるととても面白そうな映画に思えてきますが。


まず、主要登場人物の二人の女子高生のうちの一人、イズミ役の岡村いずみが何度も繰り返す「フヘヘ」という笑い声やアニメキャラっぽい喋り方などが生理的に受けつけ難くて、映画が始まってしばらくはかなり苦痛だった。

イジメられっ子というキャラクターだけど、悪いが俺だってこんな女子にはケリ入れたくなるもの。

あぁしまった、ババ(クソ)踏んだ、と。

なんかいかにも男性の監督が頭で考えたといった体(てい)のこの女子高生のペラい台詞が、ことごとく気持ち悪くて。

「わざとだから」って言われるかもしれないけど、わざとだろうがなんだろうが耳障りなのには変わりがないんで。

それに主人公の美沙はイジメられっ子という設定だけど、演じているmimpi*βさん(本職はミュージシャンで劇中歌や主題歌も担当)は僕にはどうもイジメられっ子に見えなかった。

むしろ、彼女は苛める側を演じた方がよほどしっくりくるのではないか。

なんだろ、ほんとはめっちゃ陽気で友だちだって多い人が無理してイジメられっ子を演じているようにしか感じられなかったのだ。

それに劇中では美沙は「ブサイク」ということになっているけど、そこまでじゃねぇだろ、と(そのことは映画の最後で活きてくるのだが)。


観ていて思ったんだけど、これは美沙やイズミを「イジメられっ子」にする必要あったのかな、って。

二人の絆の深まりを強調するためにも、彼女たちが「イジメられっ子」だという設定は有効だったのかもしれないけど、なんか嘘臭くて。

女の子たちの“苛める側”と“苛められる側”って、とても微妙なバランスで成り立ってるんじゃないだろうか。

いや、女の子じゃないからわからないけど。

学校の場合、男たちみたいに直接的な腕力の違いで上下が決まるんじゃなくて、もっと複雑でしょう。要は集団の中でどれだけ巧く立ち回れるか、という能力の差がものを言う。

成績悪くたって可愛かったり(周囲からカワイイと認識されていたり)、自分自身はブサイクだってイケメンの彼氏がいれば勝ち組ヅラできる。

よっぽど対人恐怖症でコミュ障気味の子ならともかく、美沙やイズミぐらい裏で互いに毒舌も吐ける“レヴェル”の女の子たちだったら、ほんのちょっと気をつけていれば一方的にイジメの対象になることはないんじゃないのかな。

美沙はタバコも吸ってるし、金魚の“キンタロウ”を可愛がっている時の様子なんか見ていても、やっぱりイジメられっ子って感じがしない。両親との会話も屈託がなく、普通の女の子だ。

女子校のことはよく知らないけど(よく知ってたら問題)、クラスで美沙のような“イケてない女子”とツケマ女のマリナみたいな“女王様系女子”(『桐島、部活やめるってよ』→感想はこちらにおける山本美月的ポジション)との関係って、普段は機嫌を損ねて難癖つけられないように気をつけつつ、でもたまに気まぐれでイジられたりする、程度なんじゃないかなぁ。

それで毎日あれこれ気に病んだり多少のストレスも抱えながら、それでもなんとかみんな学校に通ってるんでしょう。

そういう微温的な関係でも十分成り立つ話だし。

とにかく、美沙やイズミがマリナをあんなに恐れて言いなりになっている理由がまったくわからない。

マリナがコンビニの前で友だちとウンコ座りしてダベってる場面があるけど、でもその友だちは化粧っ気のない普通の女の子たちだし、この作品には男子生徒やマリナが付き合っているはずの男が一切登場しないんで、繰り返すけどなんで彼女がクラスであそこまで一人エラソーにしてられるのかよくわからない。

化粧も髪の色も態度も一人だけ浮き過ぎだし。あんなギャル系のケバいねーちゃんがクラスに一人だけってのはおかしいでしょう。

確かにイズミとしては親友だったはずのアヤが高校でマリナとツルみ始めて自分を苛めたのはショックだっただろうが、非常勤講師のエロ男を手玉に取ったんならまず何よりも最初にマリナを始末するはずだろう。

アヤを拉致って監禁するようなサイコなイズミが、学校でその後もマリナに苛められ続けているなんてありえないだろ。

僕はいつイズミか美沙が調子コきまくりのマリナをぶち殺すのか楽しみにしていたんだけど、彼女は最後まで退治されない(エンドクレジットのあとにオマケがありますが)。

代わりに、かつてはイズミと親友だったアヤが、クローゼットの中で包丁で刺されて絶命する。

そりゃイジメの張本人よりも、そいつと一緒になってイジメに加担していた元・親友の方がよっぽど憎い、ってのはあるかもしれませんが。

いたもんなぁ、小学校では仲が良かったのに、中学でヤンキーになって急に威張りだしてまわりに自分を「さん付け」で呼ばせるようになった奴とか。

この映画のイズミの姿に、やっぱり軽々しく人を「友だち」や「親友」などと思い込みたくないな、ってつくづく思った。

ちょっと気を許すとこうやって人を踏みつけてくる人間って、ほんとにいるもの。

先ほど「DVカップル」って書いたけど、イズミのようにまだ知り合ってわずかにもかかわらずいきなり間を詰めてきて馴れなれしくしてくる人って、実在する。

でもそういう人間って、いつのまにか「親しき仲にも礼儀あり」って精神を忘れて、ずかずかと人のテリトリーに踏み込んできて、しかも次第にこちらを見下すようになる。

いますよね、そういう人間。

それは相手に対する「甘え」なんだけど、そこに暴力的な要素が加わると瞬く間にDVと化す。

僕が映画の冒頭のイズミの美沙への急接近に不快感をもよおしたのは、それが相手の気持ちを無視した独りよがりな「友情」の押しつけだったからだ。

さらには、彼女は「友だちなんだから相手の持ち物も私が使っていい」という奇妙な論理まで振りかざし始める。

「この人、なんか言ってることヘンだなぁ」と思っていると、いつのまにかとんでもない事件に巻き込まれていく、という展開は、ちょうど園子温監督の『冷たい熱帯魚』(感想はこちら)におけるでんでんと吹越満の関係に似ている。

この映画は、まさしくあれの女の子版といえる。

要するに、イジメられっ子だと思われていた少女は実はサイコキラーでした、というオチ。

ある意味非常に安っぽい結末なんだけど、そこに至るまでの過程は妙にリアルで怖い。

一見会話が成立していて仲も良さげなのに、実は根本の部分で“言葉が通じていない”という恐怖。

イズミの言動が最初からどこか不快だったのも、作り手は意識してそのように描いていた、ということですね。

美沙のことを友人扱いしてるくせに自分をスピッツに、彼女をブルドッグに喩えて何度もブサイクであることを強調したり、美沙が大切に育てていた金魚のキンタロウを殺してしまった時も、水槽を割ったことは謝っても金魚のことについては気にも留めていない様子で一切謝罪しない。


美沙がケータイのストラップを外したことに異常なまでにこだわって、美沙が「ケータイに傷がつくから」と言ってるにもかかわらず「勝手なことしないで」と無理矢理付けさせようとする。

このあたり、観終わってから「あぁ、なるほど」と納得しました。

マスカラを万引きしたイズミを咎める美沙に、イズミは「(盗んだ)ミカンは美味しかったくせに」と答える。


また、「ほんとに残酷だね、美沙。チュン太はダメで、それ以外なら美味しいんだもんね」とも。

この美沙の“欺瞞”に対するイズミの指摘も実に中二病っぽい屁理屈だが、「でも、それが“愛”だよね」と言う彼女は、何もかもわかったうえで茶化しているようにも思える。

通学路で他人の家の木からミカンを盗んだことは二人の共犯意識を高めて、そのミカンが「美味しかった」ことは理解できる。

でも、そのこととコンビニでマスカラを何個も万引きして一緒に使わせようとするのは、同じことではない。

また、ペットのインコを可愛がりながら鶏のから揚げを旨そうに食べることは別に矛盾していない。

それらを一緒くたに考える発想自体がおかしいのだ。

美沙の行動をすべて見透かすかのようにふるまうイズミは、しかし人としてもっとも大事な“何か”が欠落している。

それはちょうど『ナイトクローラー』(感想はこちら)でジェイク・ギレンホールが演じた主人公のような「他者への共感能力の欠如」だ。

彼女には、「そんな言葉を吐いたり態度をとったら、相手がどう思うか」ということが念頭にない。

自分のことしか頭にないのだから。

友人の大切なペットをまるで人質のように取り上げておきながら、ペットを殺したんじゃないかと疑われて怒る。

そもそもそう疑われた原因が自分の異様な行為にあることなど考えてもいないようだ。

この“サイコパス”ぶりは非常にリアルだからこそ怖い。

そういうリアルな人間の恐ろしさを描いた、ということでは、この映画は高く評価できるだろう。


先が読めない、という意味では面白かったし、リアルに「嫌ァ」な気分にもなったから作り手の狙い通りだと思うんだけど、ただ、結局イズミにいいように振り回されて、最後はまるで彼女のあとを追うようにサイコパス化していく美沙には正直かなりガッカリしたんですよね。

いや、そこは抗えよ、と。

美沙には自分の意見をちゃんと言葉や態度で表わす力があったんだし、彼女はイズミとは違うんだから。

実際にあんな凄惨な現場に遭遇したら動転して何もできないかもしれないけど、でもそこはもうちょっと“くまのプーさん”の底力を見せてくれよ、と。

美沙の変貌ぶりに「いじめ」の連鎖、という病理を見ることも可能かもしれないし、「いじめ」ってのはみんなが考えてるよりももっともっと根が深いんだ、ってことを描いていたのかもしれないけど、僕は観ていてほんとにムカムカした。


エンドロールが終わると、再び授業中のクラスが映り、一人の女子生徒のケータイが鳴ってそれを教師に取り上げられる。

離れた席からそれをジッと見つめている美沙。

終わり。


最初、僕はこの場面の意味がわからなくて「?」となってしまったんだけど、二度目に観てようやくあの女子生徒はイジメっ子だったマリナだったことに気がついた。

劇中では茶髪でツケマがバッサバッサしてたマリナがエンドクレジット後の続きでは髪の色を戻して薄いメイクになってたんで、誰なのかわかんなかったのだ。

これはわかりづらかったなぁ。

つまり、美沙はイズミが彼女にしたように、最終的にマリナに取り憑くことにしたんだろう。

僕が期待してたようにイジメられっ子がイジメっ子を惨殺してめでたしめでたし、みたいなわかりやすい気持ちのよさではなくて、じわじわと恐怖に引きずり込んでいくということ。

復讐は時間をかけてじっくりと。

あぁ、なんかちょっと女の子の怖さを見せつけられたような気がしましたよ。


好きかどうかといえば、僕は好きなタイプの映画ではないです(それは『冷たい熱帯魚』も同じ)。

「イジメられっ子」=被害者、という通り一遍の表現ではないのが観る人によっては新鮮かもしれないし、これは別に反イジメを啓蒙する映画ではないから、イジメられっ子や冴えない非常勤講師が軒並み気持ち悪い異常者として描かれていることにいちいち憤慨しても意味はないのかもしれない。

でも少なくとも、この映画には人が人を魅了しつつやがて支配しようとする様がまざまざと描かれていて、それはとても普遍的かつ今日的な問題を孕んでいると思いました。

もし興味を持たれましたら、どうぞご覧になってみてください。

いいから観ろよ


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