映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

僕のガンダム


先日、安彦良和の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」を無性に読みたくなって漫画喫茶に急行し通読。

夜間の6時間パックにしたらあっというまに時間が過ぎてしまって最後の方はマッハの速さで読み飛ばした。時間をもっと長くしとくんだった。

「THE ORIGIN」は雑誌掲載時に読んでいたしおおもとのアニメ版の方も観てるから、お話のあらすじはすでに知ってましたが。

さて、僕は1979年放映のロボットアニメ「機動戦士ガンダム」、いわゆる“ファーストガンダム”をリアルタイムで観ていた世代で、その後の劇場版も映画館に観にいって、ガンプラガンダムプラモデル*1)やガン消し(ガンダム消しゴム*2)も買い集めたりしてました。

バンダイのプラモデル」
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続篇である85年の「Zガンダム」と翌年の「ZZ」も観ていたけど、こちらはほとんど憶えていない。

その後は88年の劇場アニメ『逆襲のシャア』を公開当時に映画館で鑑賞したのみで、それ以降の劇場公開作品もTVシリーズもまったく観ていない。

なので、僕にとっては「ガンダム」といえば“ファースト”のみを指す。続篇も外伝も必要ない。

もっとも、本放映時にはまだ幼かったのでストーリーはよく憶えてなくて、その後の再放送や劇場版で全体的な物語の流れを理解したクチですが。

少年期を80年代のガンプラブーム真っ盛りの頃に過ごしたので、「ガンダム」といえば僕にとっては安彦さんがキャラクターを描いたファーストガンダムであり、だからこそ今ではほとんど漫画を読まない僕も「THE ORIGIN」に興味が湧いたのです。

今年に入ってその「THE ORIGIN」がアニメ化される、ということで気になっていたんですが、50分という中途半端な上映時間でしかも何部かに分けてのOVA展開ということなので観にいかず。

1作目と同様に続篇が10月に限定公開されるそうだけど、前作をすでに観た人の感想を読んで、「ギャグパートが邪魔」「人物の描き方が軽過ぎる」という指摘に僕の中の警告ランプが点滅。観るのは見合わせました。

ちょっと残念だな。観てないくせに言ってますが、いや、なんとなくその「絵」が想像できてしまったのだ。

安彦さんは「アリオン」の原作漫画でも随所におふざけみたいなカットを入れていたからそれが持ち味でもあるんだろうけど、漫画とアニメではやっぱり表現の仕方や読者(視聴者)の感じ方が違うんで、できることならアニメーションでは大真面目に描いてほしかった。

逆襲のシャア』(こちらは安彦さんはかかわっていないが)で、ブライトさんの息子のハサウェイが突然足を空中でバタバタさせる妙なギャグ風の作画が挿入されて凄く不快だったことを思いだす。

TVのファーストガンダムにも子どもたちの描写でそういうのがあったけど、あれはギリギリ「子ども向け番組」だからというところで成り立っていたもので、でも全篇シリアスで絵柄も硬めのデザインだった『逆シャア』での作品のバランスを壊す演出に、なんともいえないセンスのなさを感じた。

それと同じ感覚をファーストガンダム(「THE ORIGIN」)の物語で味わいたくなかった。

確かに、たとえば「あえて言おう、カスであると」でお馴染みギレン総帥が漫画「THE ORIGIN」ではドテラみたいなの着て盆栽や日本刀をいじってたり、ファーストガンダム随一の漢ドズル中将がまるで昔のバンカラ高校生みたいに描かれてるのは(「機動警察パトレイバー」の太田っぽかったし)どうだろう、とは連載時からちょっと思っていたけど。

本家本元のはずなのに、なんかパロディの「トニーたけざきガンダム漫画」(好きですが)みたいなところがあるんですよね。

だからアニメ版に「ギャグがある」時点で僕は抵抗があって。

「THE ORIGIN」は好きだし、よくぞ描いてくれた、と思うんですが、でもやっぱり僕の中にある「ガンダム」はTV放映版なんだな、とつくづく思った。

それがあっての「THE ORIGIN」なんだ、と。

特にTV版の劇伴が好きだった。

TV版のBGMは本当に名曲揃いだと思う(中には「シャアが来る」みたいな場面の雰囲気をぶち壊す“迷曲”もあるが…)。

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よくファーストガンダムは「リアルロボット・アニメ」の元祖、みたいな紹介のされ方をするんだけど、僕はむしろ「最後のスーパーロボット・アニメ」という認識なんです(好きなモビルスーツジオングギャンだし)。


どういうことかというと、僕にとってのガンダムって、まず「ロボット・チャンバラ」ありき、なんですよね。

人類が二手に分かれて殺しあうという現実的な戦争の設定云々は放映当時は画期的だったし(何しろそれ以前は宇宙や魔界や地底などから謎の生命体である“悪の軍団”が地球侵略にやってくるのを正義のロボットが食い止める、みたいな勧善懲悪なスパロボ物ばっかだったわけで)、だからガンダムの世界観やドラマはもちろん素晴らしいと思うんですが、それでも僕をもっとも魅了するのはモビルスーツ同士、あるいはモビルスーツモビルアーマーの一騎打ち、みたいなチャンバラだったりする。

これはガンダムを「リアル」なロボットアニメとして観ている人たちにはあまり受け入れられない感覚らしくて、以前、先輩に同様のことを話したら鼻で笑われたのだった。

先輩にしてみれば、戦争の哀しさを描いたリアルな「人間ドラマ」こそが見どころなんだ、ということらしい。

ファーストガンダムモビルスーツの中で地味にザクが一番人気があるのも、プラモデルのジオラマでもザクが一番現行の兵器っぽさを感じさせるからでしょう。戦車っぽいカラーリングや、動力パイプやピンク色に光るモノアイなどその後の巨大ロボットに強い影響を与えた最高の“発明”だと思うし、「量産型」という発想も新鮮だった。*3


そのあたりのことは別に否定しないけど、それでも僕はTV版のファーストガンダムで描かれたガンダムシャアザクグフアッザムゴッグズゴックグラブロドム…などのジオン軍のMS、MAたちとの戦いにこそ燃えるし、今でもそういう“対決場面”だけ観たりするぐらい。

逆にそこをとったらガンダムの面白さの大半が消し飛んでしまう。

ガンダムの創造主である富野由悠季監督は以前、ガンダムにおける“ビームサーベル”の荒唐無稽さを自ら否定するような発言をしていたけど、ガンダムからビームサーベルを取り除いたら「スター・ウォーズ」からライトセイバー*4とっちゃうのと同じかそれ以上に作品の魅力は減退する。


ガンダムの頭部のアンテナは日本の鎧兜をイメージしてデザインされたのだし、「ガンダム」において「刀」というのは一番大切な要素でしょう。

昭和のウルトラシリーズウルトラ兄弟たちが必殺の光線技で怪獣を木っ端微塵にしたり真っ二つにしたりしていたのを観て育った人間としては、ガンダムもまたレーザーの刃で切り結びあい、敵のモビルスーツが首や腕を叩っ斬られて破壊される描写こそがカタルシスだった。

だって18メートル以上もある二足歩行の人型兵器、なんていう存在自体が荒唐無稽の極みみたいなものなんだから、そこでビームサーベルが「リアルじゃない」とか何を今さら、って話だ。*5

ちなみに、富野さんはのちに劇場版「機動戦士ガンダム」三部作を声を吹き替え直して「特別編」としてDVD化したけど、音楽が差し替えられていたり微妙に音のタイミングがオリジナル版とズレてたりして観ていてとても気持ち悪く、以来一度も観ていない。

こんなところまで「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカスの真似しなくていいのに。

レンタルショップに置かれている劇場三部作は「特別編」の方なので、昔のVHSヴィデオテープの頃みたいにオリジナル版を置いてくれないかなぁ。


ガンダムといえばモビルスーツ戦であり、自らは意思を持たず言葉も表情もない巨大な甲冑のような姿の鋼鉄のロボットたちがまるで生きているように動き、戦い、最後はどちらか片方が、あるいは両方ともパイロットもろとも破壊されて無残に鉄クズと化す、その非情な世界に痺れる。

もちろん、ファーストガンダムの物語が、近未来に地球に残った者たちとスペースコロニーに移住した者たちとの間に生まれた軋轢から全面戦争に至り、ついに戦いが終局を迎える最終回までの1年間を描いた壮大な戦記物として優れていたのはいうまでもない。

主人公アムロが属する地球連邦と敵対するジオン公国がザビ家によって支配される独裁国家という設定もわかり易いし、ジオン軍はもちろんナチスをモデルにしているが、その物々しいデザインや中世的な世界観はまるで歴史劇を見ているようだった(デヴィッド・リンチが監督した『デューン/砂の惑星』→感想はこちらと似たものを感じる)。

このファーストガンダムではモビルスーツは鎧、モビルアーマーは馬やドラゴンのようなモンスターの代わりだった。

その後、モビルスーツモビルアーマーも次第にトゲトゲがいっぱいついてやたらとゴテゴテしてたり角ばったデザインになっていくけれど(また“可変MS”などの過剰性能の機体も登場)、ファーストガンダムの頃は流線型のデザインで性能にもあえて制限が設けられていて(スポンサーである玩具メーカーとの兼ね合いもあるガンダムを除く)、モビルアーマーは海洋生物っぽい。


80年代以降、角ばってていろんなパーツがゴテゴテしているのが「リアル」だと思ってる人たちがいまだに多いけど、僕はむしろこのシンプルでちょっとレトロチックな造形のファーストガンダムモビルスーツたちが好きですね。見ていて飽きない。

同じく大河原邦男がメカデザインを担当したタツノコプロのアニメで育ったせいもあるかもしれない。

巨大ロボットといえばファーストガンダムに出てくるモビルスーツみたいな分厚い装甲に覆われた重量感のある鉄の塊みたいなのを連想してしまう(だからヒョロヒョロのマリオネットみたいなのやシュールレアリスティックな造形の敵が戦う「エヴァンゲリオン」が苦手)。

ファーストガンダムは僕の脳内でモビルスーツ同士の戦いではTV版の劇伴が鳴り、時にあらためて描き直された劇場版の作画を思い浮かべて、ラストの宇宙要塞ア・バオア・クーからの脱出シーンでは『めぐりあい宇宙』のテーマが流れるといった具合に相互に補完されていて分かち難く結びついている。

井上大輔 - めぐりあい
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ララァとの別れのシーンは、劇場版では井上大輔の唄う「ビギニング」、TV版では戸田恵子*6が唄う「いまはおやすみ」が流れる。*7

井上大輔 - ビギニング
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戸田恵子 - いまはおやすみ
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どちらも僕にはお馴染みの歌なので、この場面では脳内で同時に流れる。

ララァといえば、今回「THE ORIGIN」を読んでいて興味深かったのが、この場面でのアムロやシャアのリアクションがアニメ版と微妙に異なっていたこと。

アニメ版ではアムロは「取り返しのつかないことを…取り返しのつかないことをしてしまった…」と泣きじゃくって、シャアもまた「うわぁ!!」と大声を上げるのだが、漫画版では両者とももう少し落ち着いている。

描写自体がアニメ版ほど情緒に流されていない。

アニメ版は声優陣、特にアムロ役の古谷徹の熱演もあって非常に印象に残っているんだけど、何べんも繰り返し観ているうちに、だんだん僕は疑問が湧いてきたんですよね。

だってこれまでにもアムロは大勢の人を殺してきているのに、ここでララァにだけこんな反応を見せるのはどうなんだろう、と。

だったら毎回敵を殺すたびに彼はこうやって泣くべきなんじゃないか?

ララァアムロにとって大切な「友だち」で、何よりも同じ“ニュータイプ”として感応しあった相手だから特別な存在なのはわかるんだけど、でもたとえばこれがホワイトベースの仲間を誤って殺してしまったとかいうのならともかく、彼女は敵のジオン軍でありモビルアーマーエルメス」のパイロットとして多くの連邦軍の人々を殺めてきたのだから、ララァの命だけが「取り返しのつかないこと」ってのはどうなのか、と。

なんだかニュータイプだけが特別視されてるようで、ちょっと選民思想っぽくて今の僕には抵抗がある。

安彦さんがそういうことを意識してコミックスでテンションを抑えたのかどうかはわかりませんが、僕はアニメ版よりもほんのちょっと引いた目で描かれたララァの最期は、これはこれで悪くなかったんではないかと思いました。


ところで、「悲しいけどこれ戦争なのよね」でお馴染みスレッガー・ロウ中尉はどうやら多くの人たちは劇場公開版の井上真樹夫(※ご冥福をお祈りいたします。19.11.29)の声で記憶されているようだけど、僕はTV版の玄田哲章の声の方が好きです。

ハーロックや五右エ門の声のスレッガーさんはちょっとカッコよすぎる。「な〜んてお上手なんでしょう、ボク」とおどけてみせたりする玄田さんの少々オヤジ入ってる声の方が僕の中ではしっくりくるのだ。

玄田さんは劇場版ではドズルを演じていたけど、これもTV版の郷里大輔の腹から響いてくる声の方がピッタリだと思う。

このように、基本的にはTV版こそが僕にとっての「ガンダム」なのです。


今回リリースされる幼い頃のシャアとセイラを描いたエピソードが好評なら漫画「THE ORIGIN」のすべてのエピソードをアニメ化する可能性もあるようだけど、果たしてそこで作られるものは僕が期待するものなのかどうか正直心もとない。

美しい想い出や作品のイメージは心の中に留めておいた方がいいのかもしれない。

久しぶりにDVDでTV版のガンダム観ようかな。


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機動戦士ガンダム THE ORIGIN展
『クラッシャージョウ』

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*1:ぶきっちょなのでちゃんと完成できたためしがないのだが。

*2:“消しゴム”といっても、スーパーカー消しゴムや怪獣消しゴム、キン肉マン消しゴムなどと同様、字は消せない。

*3:光る一つ目の“ロボット”というアイデアは、「宇宙空母ギャラクティカ」のサイロン兵からヒントを得たのだろうか。

*4:言うまでもなく、ビームサーベルライトセイバーからのいただき。

*5:リアル云々を言うなら、そもそも機械であるモビルスーツがメインカメラでビームライフルの照準器を見ること自体が変だし。

*6:本篇ではアムロの憧れの人であったマチルダ・アジャン中尉の声を担当。

*7:この辺、記憶だけで書いてますので、間違ってたらゴメンナサイ。