※以下は、2010年に書いた感想です。
ヤン・イクチュン監督・脚本・主演の『息もできない』。 2008年作品。日本公開2010年。
ある借金取りの男と女子高生の物語。
以前から評判は耳にしていたんだけど、ちょうど上映されてるのを知って観に行ってきました。
まぁ、シリアスな映画です。以下、ネタバレあり。
借金の取り立てやデモの排除を仕事にしている、ちょっと辰吉丈一郎似の主人公サンフン。
早速始まる容赦ない暴力描写。
金切り声とドメスティック・ヴァイオレンスの連続。
手持ちキャメラの不安定な動き。
繰り返し映し出される町なかで歩きタバコしたりメシ食ったりしてる主人公たちの姿。
あぁなんか昔、主人公が暴れ回ってまわりに迷惑かけまくるこーゆー類いの自主映画を何本も観たような気がするなぁ…しかしなんで今さらこんな腹立たしい映像を映画館で金払って観てなきゃいけないんだ。
しばらくはそんな感じでちょっと後悔さえした。
あんなめんどくさそうなお兄さんにわざわざ自分からカラむ娘がいるかよ、とか思いつつ。
でも次第に目が離せなくなっていったのだった。
やはり役者がいい。
高校生なのにやけに肝がすわっている少女ヨニ(キム・コッピ)。
その家庭環境を見ていくうちに納得する。
「クソアマ」「チンピラ野郎」と互いに悪態をつき合いながら、まんざら不愉快でもなさげな二人。
常に不機嫌そうで滅多に笑顔を見せることがないサンフンが、ヨニの名前をからかいながら笑う場面。
嗚呼、ほんとにめんどくさくて人間臭い。
人は普段、自分の家庭環境についてやたらと口にはしない。
だから身近にいてもお互いにどういう生い立ちでどんな生活をしているのか意外と知らなかったりする。
家族の生活がヨニひとりの肩にかかっていることに気づきもせずに、サンフンが彼女のことを「いいとこの娘だと思っていた」と言うように。
それでもサンフンの無言の嗚咽に、彼の事情を知らないはずのヨニは思わず涙する。
相手が泣いてる理由がわからなくても、察せずにはいられないぐらいに日々の苛立ちと哀しみが彼女自身の中にあふれているから。
そして父から子、兄貴から舎弟に受け継がれる暴力。
サンフンが父親に暴力とともに吐く言葉「人を殴る奴は自分は殴られないと思っている」「韓国の父親は最低だ。家族の前では金日成のつもりか?」
韓国の父親に限ったことではないだろう。
いつも“社員”たちへの気遣いを忘れない社長がどんなに「仕事は他の奴に引き継ぐ」と言ってカタギになっても、それで問題が解決するわけではない。
暴力は消えない。
少女にはまた次の苦難が待っている。
同じ“チンピラ”を描いてても、たとえばかつて金子正次が脚本・主演を務めた『竜二』にあったような、作り手が主人公のやさぐれた後ろ姿にどこかで自己陶酔しているような甘さはない(ドンパチがないヤクザ映画はたしかに新鮮ではあったけど)。
『竜二』(1983) 監督:川島透 出演:金子正次 永島暎子 北公次
www.youtube.com
別に、暴力を振るってるとこーゆー末路が待ってますよ、という「教訓話」ではないんだけれど、ただ無自覚に暴力描写を垂れ流したり身勝手な「男の哀愁」に酔うのではなくて、映画は主人公に落としまえをつけさせる。
だからこの作品は「物語」としてちゃんと成立している。
優れた韓国映画を観ていつも思うのは、一見感覚的に撮っているような作品も実はしっかりした劇構造を持っていて、ようするに脚本が練られているということ。
やりっぱなしではない。
細かいことだけど、冒頭からしばらくサンフンの右の目尻に傷があったのが途中で消える。
時間が経過して治ったってことかな、と思ってたんだけど、映画の中盤で子どもたちと遊んでるシーンがあって、子どもが持ってた小枝がサンフン役のヤン・イクチュンの右目をかすめる一瞬がある。
多分アクシデントなんだろうけど、冒頭の傷はその時できたんだろうか。
あやうく目を突くところで観ててヒヤッとした。危ねぇな^_^;
それにしても一人で5役をこなし、低予算でここまでの作品を作り上げたヤン・イクチュンに脱帽。
また限られた字数での日本語字幕の言い回しが的確で、大変素晴らしかったです。
平日の昼間だけどお客さんはわりと来ててオジサン率が高かった。クライマックスではあちこちから鼻をすする音が。
ヤン・イクチュンが劇中でしょっちゅう叫んでる「シバラマ!(クソ野郎)」という罵声が耳から離れなくなってしまった。
ちなみにこの映画の原題は『ウンコバエ』なんだって。うわぁ~。
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