映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

※2019年の“はてなダイアリー”終了に伴い、2018年9月にブログを移行しました。

『ブラック・スワン』


※以下は、2011年に書いた感想に一部加筆したものです。


ダーレン・アロノフスキー監督、ナタリー・ポートマン主演の『ブラック・スワン』。

第83回アカデミー賞主演女優賞受賞。2010年作品。日本公開2011年。R15+

授賞式の壇上でオスカーを手にした、お腹がふっくらとしたナタリー・ポートマンの姿は記憶に新しいところ。

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バレエのソリストのニナ(ナタリー・ポートマン)は、ヴェテランのベスに替わり「白鳥の湖」のプリマ・バレリーナ(主役)に抜擢される。しかし、清純な“白鳥”は演じられても反対の性格をもつ“黒鳥”を演じるために彼女には決定的に欠けているものがあった。

以下、ネタバレあり。


この映画のストーリー自体は目新しいものではなく、むしろ古典的といっていいドッペルゲンガー(分身)物。

予告篇を観てどんな話なのか予想できた人もいると思う。

そして多分、映画は実際にそのとおりの展開をたどる。

主人公ニナの“悪の分身”として現われるのは、あたらしくバレエ団にやってきたリリー(ミラ・クニス)。

背中に黒い翼のタトゥーを入れたリリーは、まるで聖書に出てくる蛇(悪魔)のようにニナを誘惑する。

僕が観た映画館では、この映画の前にご丁寧にもバレエ「白鳥の湖」の舞台録画(?)が上映されてました。

さすがにそれは観なかったけど、鑑賞前に「白鳥の湖」のストーリーはざっと予習しといた(ってWikipedia覗いただけですが)。


ヒロインのオデット姫は悪魔に魔法をかけられて白鳥に変身する。月の光を浴びて夜のあいだだけもとの姿に戻った姫を見た王子は、彼女に恋をする。姫にかけられた呪いは、今までまだ誰も愛したことがない王子の愛の誓いによって解かれるという。王子は自分のお妃選びの舞踏会にオデットを招待する。宴にやってきた姫を王子はお妃に選ぶが、それは悪魔がオデットに似せて送り込んだ黒鳥=ブラック・スワン、オディールだった。


オデット姫(白鳥)にはニナ、オディール姫(黒鳥)にはリリーがかさね合わされる。

プリマに選ばれはしたものの、ニナは監督のトマ(ヴァンサン・カッセル)から「そんな“おぼこ”のままじゃブラック・スワンは演じられない。せめて自分でヤッてこい」といわれる。

んで、律儀に“自家発電”にトライするんだけど、「アミダラ姫が、こ、こんなことを!!」とコーフンするかと思いきや、これが困ったことに全然エロくないのだ。

ネットで、ベッドの上でまるで踏まれたヒキガエルみたいな格好で“G行為”に励むナタリー・ポートマンに『レスラー』のミッキー・ロークが必殺技ラム・ジャムを食らわそうとしてる合成画像を発見して、笑いすぎて悶死しそうになった(ここには画像は貼れませんが)。


それにしてもこの映画で主人公が行なう“悪”というのが、禁煙場所でタバコ吸ったり夜中に酒呑んで羽目外したり、クスリやってレズったりすることって…高校生か?^_^;

ナタリー・ポートマンが演じるニナはおそらく20代前半かなかばぐらいの設定だと思うが、性的には10代前半の少女のままストップしている。

部屋の中にはファンシーなヌイグルミが溢れ、母親の世話の焼き方も子どもに対するそれだ。

大変失礼ながら、これは長らく「大人の女性を演じられない」といわれてきたナタリー・ポートマン本人でアテ書きされたようなキャラクター(というか事実そうなんだが)である。

母親(バーバラ・ハーシー)は、娘を使ってかつての自分の夢を実現させようとしている。

そのために幼い頃からバレエ一筋の生活をさせて、その邪魔になるものは排除してきた。

ニナが性的に未熟なのはそのせいでもある。


ここんとこ、こういう「怖い母親」を映画で観ることが多いんだけど、たとえば『塔の上のラプンツェル』(感想はこちら)でヒロインを幽閉するニセモノの母親、あるいは『ローラーガールズ・ダイアリー』(感想はこちら)で娘の美少女コンテストに血道をあげる母親など、この“我が子を守りつつ支配する母親”という存在はリアリティがあるだけに、ニナが母親に暴力をふるう場面はちょっと見てられなかった。


この映画では、母から娘へ、そしてプリマから次のプリマへと「何か」が受け継がれていく。

その先代のプリマ、ベスを演じているのはウィノナ・ライダー

トマから「我が姫君」と呼ばれバレリーナの頂点に立っていた彼女は、しかしその栄誉をニナに奪われることになる。


かつては人気女優として何本もの映画に主演しながら次第に万引き事件など「お騒がせセレブ」化していって、いつしか日本ではヴァラエティ番組でジョニー・デップの元カノとして紹介されるときや映画でも脇役ぐらいでしかお目にかからなくなったウィノナ・ライダーを起用するという、よーするに先ほどの『レスラー』に主演したミッキー・ロークと同じような、役者本人と役柄がモロかぶりなキャスティング。

しかも今回、彼女はロークのように主役ではない。

主役を追われて往生際悪く退場する役である。

ルーカスの初恋メモリー』とか『シザーハンズ』のウィノナにときめいてた人なんか、この映画の彼女を見たら泣くぞ^_^;

この残酷な配役にウィノナやナタリーは何を感じただろう。

映画の中でニナがみつめていた合わせ鏡のように、演じ手と役柄がかさなっている。


後半、ニナが狂気に襲われ壊れていく場面はかなり性急で、正直ちょっと駆け足過ぎる気がしたんだけど、終始おびえていて「臆病者はすぐ謝る」といわれていた彼女が母親の制止をふりきって“ブラック・スワン”を踊るくだりはたしかに見ごたえがあった。

ニナがブラック・スワンに“変身”する場面は、僕はバレエをまったく知らないんで予告篇観てあの翼は衣裳なのかと思ってたんだけど(無知にもほどがある)、違った。

血のような赤い眼をしたニナ=ナタリー・ポートマンブラック・スワンが覚醒の呼吸音とともにかすかにみせる笑みに、ダークサイド(暗黒面)に堕ちた姫君の姿を見て、文字どおり“鳥肌”が立ったのだった。

“熱演”とはこういうことだ、といわんばかりの演技ではあった。

今はともかくその長きにわたる奮闘を讃えたい。


ところで、この映画はアメリカで公開されたときからそのストーリーやいくつかのカットが、この映画の公開の前年に亡くなった今敏(こんさとし)監督の1998年公開のアニメーション映画『パーフェクトブルー』に酷似していることが指摘されている。

パーフェクトブルー』(1998) 声の出演:岩男潤子 松本梨香 辻親八
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で、両作品を比較検証した映像もあったりしてけっこう議論を呼んでいるらしく、実に興味深いのでこの映画を観終わったあとにさっそく近所のレンタル店に走ったら、なんとそこにはジブリとディズニー以外の劇場公開アニメがほとんど置いてなかった。

ビックリした。ありえんのか、そんなこと。TS○TA○Aなのに!

今監督の作品も『東京ゴッドファーザーズ』と「妄想代理人」だけで、『千年女優』も『パプリカ』もない。

どーかしてるぜ!!

…というわけで、せっかくノッてきたのに一気にテンションが落ちたのだった。

だから両作品の比較は断念。


なお、『ブラック・スワン』と『パーフェクトブルー』の類似問題については映画評論家の町山智浩さんが詳しくレポートされてるので、興味のあるかたは読んでみてください。
バレエ・ホラー『ブラック・スワン』と『パーフェクト・ブルー』
ブラックスワンonパーフェクトブルー


両作品の類似については自分の目で確かめていないのでこれ以上何もいえないけど、ただこの『ブラック・スワン』は他にもナタリー・ポートマンの吹き替えダンサーを務めたプロのバレリーナサラ・レインが「全身が映るダンスシーンでナタリー本人は全体の5%しか踊っていない」と発言して物議を醸し、監督がそれに反論する一幕があった。

監督によれば「80%はナタリーが自分で踊っている」ということだが、幼少期にバレエ経験があるとはいえプロが長年かけて習得する技をわずか一年半のレッスンで「完璧に」踊れる、などということがあり得るだろうか、というこの「ABT(アメリカン・バレエ・シアター)」のソリストの主張は、なるほど十分説得力がある。

『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマンにダンス“吹き替え”疑惑


僕はバレエやVFXの専門家ではないんで自分の目で観て明確にどことは断言できないけれど、それでも減量してトレーニングで鍛えたとはいえ、背中があきらかにナタリーではない筋肉のつき方をしていたり、おそらく顔をすり替えていると思われる比較的長めのテイクで高度な技を披露している場面がいくつかあった。


実際↓のVFX映像を観れば、鏡の前で踊る全身ショットやクライマックスの黒鳥のダンスもサラが踊っていたことがわかる(このサラ・レインの顔にナタリー・ポートマンの顔を貼り付けるVFXのメイキング映像は、アカデミー賞の前に北米版DVDから削除された)。
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ブラック・スワン』のVFX(視覚効果)【ネタバレ注意】サラ・レインの映像削除ヴァージョン
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サラは「全身が映るダンスシーンの5%」という言い方をしているのに対して、アロノフスキーは「映画の全体の80%」といっている。

つまり、彼のいっている“80%”にはナタリーの顔や上半身、手足などのアップショットも含まれている。

意図的にはぐらかしたのかどうかは不明だが、あきらかに論点がズレている。


ちなみにこの映画では、ニナに取って代わられるまではトップダンサーであったベスを演じるウィノナ・ライダーが踊るシーンは一切ない。

ストーリー上必要ない、と監督が判断したのだろうが、バレエというものが付け焼刃で身につくようなものではないことを証明してもいる。

また、ミラ・クニス演じるリリーの踊りもプロのダンサーの吹き替えである。

そういったことからも、いかに監督が強弁を張ろうとも、客観的に見てナタリーの分は悪い。

が、特に日本では現在でもこの映画でダンスシーンのほぼすべてをナタリー・ポートマンが踊っている、と信じている人は多いようだ。

ただ「80%うんぬん」が事実かどうかというのも重要ではあるが、ここで問題なのは、最初から自分が「吹き替え」であることは承知の上で踊っている人物からなぜこのような暴露発言が飛び出したのか、ということ。

プロとしてのプライドと責任を背負って全霊をこめてキャメラの前で踊ったのに、その努力がすべてオスカー受賞を目指すスター女優の手柄にされて(サラの映画でのクレジットは“ボディダブル=代役”で、彼女がナタリーのダンスを吹き替えたことは伏せられた)、不当な扱いを受けたことに対するこの本職のバレリーナの不満と憤りは想像するに難くない。

 
2枚目はナタリーの踊りの吹き替えを演じたサラ・レイン


話を『パーフェクトブルー』に戻すと、アロノフスキー監督はかつて『レクイエム・フォー・ドリーム』で『パーフェクトブルー』からいくつかのシーンを“引用”していて、事後的にそれを今監督に報告、承諾を得ている。

またその折に『パーフェクト~』のリメイク権も買っている。

しかし今回の映画に関しては『パーフェクト~』の影響を一切否定している。

そこにどのような思惑があるのかは僕にはわからないが、クリストファー・ノーラン監督の『インセプション』のアイディアがやはり今監督の『パプリカ』に似ていたりと、ハリウッドの映画監督には今敏作品はアイディアの宝庫なのかもしれない。


もちろん、タランティーノウォシャウスキー兄弟たちのように、ネタ元とそのクリエイターをリスペクトしている監督たちはいる。しかしどうも我が国のクリエイターはアチラさんたちにナメられてるんではないか、という疑念が拭えないのだ(ノーランもまた『パプリカ』の影響を否定している)。

バレリーナの件と同様、道義的に問題があるのではないか、と。

権利がどうのこうの、ということではなく、ここはせめて今監督や彼の作品に対してエンドクレジットで一言敬意を表するのが筋ではなかったかと思う。


そんなこんなで、なにやらブラックならぬ“グレーゾーン”の多い作品ではあるが、しかしそんないかがわしさこそがまさに「映画的」ではないか。

作品そのものが、そしてそれにかかわった者たちの姿が映画の内容と見事にシンクロしている。

栄冠を手にする者がいれば、悔しさを噛み締める者もいる。

ヘタすりゃ「代役バレリーナの告発」自体が映画の宣伝のためのパフォーマンスだったのではないかとすら思えてくる(アメリカでの公開はすでに終了していたが、アカデミー賞受賞のあとだということも絶妙のタイミング。その前だったら場合によってはシャレにならない)。

何が「本当」なのかもうわからない。


我々観客の予想どおり、映画の最後には「白鳥の湖」の成功とともにニナはかつてのプリマ、ベスから「我が姫君」という呪いの称号も受け継ぐことになる。

“黒鳥”の力を手に入れたニナは最後につぶやく。

「It was Perfect.(完璧よ)」

そして、勝利を手にして喝采を浴びるヒロインに“女優”ナタリー・ポートマン本人の姿がかさなって、おもわず戦慄をおぼえるのだ。


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