映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

もう一つのブログとともに主に映画の感想を書いています。

『母べえ』


※以下は、2008年に書いた感想です。


サユリストではないけれど、『たそがれ清兵衛』以来ここ数年観続けている山田洋次監督、吉永小百合主演の『母べえ』鑑賞。

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戦前戦中のある家族とさまざまな人々とのふれあいや別れ。

以下、ネタバレあり。


つい最近も主演映画がアカデミー外国語映画賞にノミネートされて(※『モンゴル』)ニュースにもなっていた浅野忠信だけど、山田洋次にかかると丸眼鏡かけたちょっと頼りなくてユーモラスな青年“山ちゃん”に早変わり。

いつもは「演技してないみたいな自然な演技」が評価されてるようですが(逆にいえばどんな役を演じても“浅野忠信”にしか見えない)今回は当初なんともぎこちない台詞廻しがわざとなのか演技力不足によるものなのか判別できなくて戸惑いました。それでも次第にいい味を出してきます。

ファンの方々の評価はどうなのかわかりませんが、個人的にはかなり好きだったりする。もしもこれが山田組ではお馴染みの吉岡秀隆だったらベタ過ぎただろうけど(『続・三丁目~』のあの役の直後でもあるし)、「お、泳げないんだ!」と海でみっともなく溺れてるような朴訥とした風情の浅野忠信って今まであまり見た記憶がないんで。

警察で坂東三津五郎演じる恩師と対面して泣いてるうちに面会時間が終わっちゃってシャッターが降りてくるという場面なんか、まるでドリフのコントみたいで思わずバックに♪ズチャチャ、ズチャチャ!と音楽が流れてきそうでしたが、ドタバタ喜劇一歩手前で止めてそういう微苦笑するエピソードを随所に入れてるおかげで、本来ツラい時代を描いた物語が「泣かせ一辺倒」に終わらずに済んでいます。

オーソドックスだけど多くの映画人が学ぶべき作劇ではないかと。


この監督の撮る作品で常に感じるのは「ただの悪人を描かない」ということです。それは「いい人しか出てこない」のではなくて、市井の人々を冷静に観察し、作者が好みでキャラクターを一方的に作中で断罪しないということ。

親切にしてくれる隣組の会長は一方で「米英撃滅」を謳い、隣組の会合や配給の時に母べえに話しかけてくるおばさん(このさりげないリアリズム演技)は悪い人でもいい人でもなく、悪名高い特高警察の人間でさえいつも悪人ヅラして非情なわけではなくて、観る側に「こういう人たちは世の中にいる」と思わせる。

非常にニュートラルな視線であり、しかしそれは諦めではなくて、人間をじっと見据えていこうとする強い意志を感じさせます。


前評判も良かった子役たち(※姉役は志田未来)の演技も、ただひたすら泣き叫んだり無邪気さを強調するようなおおざっぱな「熱演」とは違った、微妙な表情や台詞廻しが見事でした。この子たちを見に行くだけでも元がとれます。

スキヤキを前にして生卵割って待機していながら結局食べさせてもらえず泣きながら帰る妹、笑福亭鶴瓶演じる人懐っこい親戚のおじさんに無神経さを感じて嫌悪感を覚えてしまう姉。

特に子役が泣くシーンはこまやかに気を配らないと涙の押しつけになってしまいますが、非常に丁寧に演出されていたと思います。

父べえとの今生の別れの場面はちょっと劇伴が感傷的過ぎるきらいもあったけど、それでもBGMをガンガン流して泣かせてやろうというあざとさはなくて静かに心に響く作品になっています。


…が、しかし、この映画には終盤に恐るべき爆弾が隠されていた。

父べえや山ちゃんとの別れのあと、映画は数十年の月日を一気に飛び越えます。この時点で何やら胸騒ぎが。

そして時代は現在。
この映画の原作者であり次女の「てるべえ」を戸田恵子が演じています。…ん?原作者の野上照代さん(黒澤組のスクリプター)は1927年生まれだから、現在は80歳越えてるはずだが…。

母べえの年齢を考えると「現在」といっても多分今から何年も前なんだろうけど、まわりの美術や小道具はどう見ても最近のものだし、学校の子どもたちの喋り方なんかも今風。はやくも時制の混乱が。


しかしそんなことにはおかまいなしに彼女のもとに一本の電話がかかってくる。慌ててタクシーで病院に駆けつけるてるべえ。

そこで待っていたのは白衣を着た長女。演じるのは倍賞千恵子。さくらとアンパンマンの姉妹。このお二人、おそらく実年齢は15歳ぐらい離れてると思うのですが。

スペース カウボーイ』でイーストウッドドナルド・サザーランドたちと同世代にされてしまっていたトミー・リー・ジョーンズを思わせます(トミー・リーさんの方がひと回り以上若い)。

戸田さんには失礼だけど、だったらまだ実妹倍賞美津子が演じればよかったのでは、などと思ってしまった。


そしてベッドに横たわっている年老いた母べえ

サユリストたちが観たら哀しくなるのか逆にババァ萌えしちゃうのかはわかりませんが、老けメイクして喉元に妙にブヨついたラテックスっぽいたるみを付けた吉永小百合と彼女を見守る倍賞千恵子のどアップを見てたら、どっちが母でどっちが娘なんだかわかんなくなってきました。

母べえにすがりついてここぞとばかりに泣かせどころを熱演する戸田恵子

しかしこちらは先ほどまで潤んでいた瞳から涙が潮のようにサァ~ッと引いていくのがわかりました。

今まで丹念に積み重ねてきた戦前・戦中の一家族の描写に比べて、このアバウトさはなんなのであろうか。最後の最後にこれまでの感動を全てぶち壊す山田洋次の暴力性。

い…いらない、このシーンは。


山田洋次監督は、たとえば『たそがれ清兵衛』でも最後に蛇足とも思える主人公のその後を伝える岸惠子のナレーションを入れたりエンドロールに映画のトーンと合わない井上陽水の歌を流したり、ときどきやらかしてくれるんですが、今回もきっと「あえて」現代のシーンをいれたんでしょうね。やれやれ^_^;


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