※以下は、2010年に書いた感想に一部加筆したものです。
山田洋次監督、笑福亭鶴瓶、吉永小百合、蒼井優、加瀬亮出演の『おとうと』。2010年作品。
ながらく連絡が途絶えていた弟・鉄郎(笑福亭鶴瓶)が姉・吟子(吉永小百合)の娘の小春(蒼井優)の結婚披露宴にやってくる。酒を呑んで醜態をさらした弟をかばう姉だったが、小春と鉄郎のあいだには埋めがたい溝ができていた。
いつも行ってるシネコンに観に行ったら、おばちゃんたちの大群でフロアが埋まっていた。や、やはり…。
で、やむなく別の映画館へ移動。
するとそこは老人の巣窟であった。
なんか一番前の席で独り言つぶやいてるじいちゃんとか、リアル徘徊みたいな方もいらっしゃったりなんかして、あきらかにいつもの観客よりも極端に高い年齢層によるどっかの養護施設の集会みたいな状態。
でも自由席だし、みなさんくつろいだ様子で混んだシネコンよりも居心地よさげ。
以下、ネタバレありです。
前作『母べえ』で『男はつらいよ』のマドンナ役以来久々に山田洋次作品に出演した吉永小百合と山田組初参加だった笑福亭鶴瓶をよほど気に入ったのか、二人揃っての続投である。
何かの解説に「『おとうと』の鶴瓶の役は寅さんを意識している」というようなことが書かれてて、なるほど、と思った。
ハナ肇と渥美清亡きあと、彼らが演じた道化的なキャラクターを笑福亭鶴瓶に担わせようというのは、なかなか面白い着眼点だなと。
鶴瓶さんは『ディア・ドクター』でも存在感と味のある演技を見せていたけど、その魅力を引き出したのは山田洋次監督の方が先(それ以前にも映画には何本も出ているが)。
『母べえ』の、ふらっとやってきていつのまにか居ついてしまい、やがて去っていくおじさん役はたしかに寅さん的ではあった。
フーテンでもけっして下品ではない渥美清の寅さんに比べると、鶴瓶の方はところかまわず放屁するような粗野な男だが。
寅さんというよりも、どっちかといえば馬鹿が戦車の風来坊に近いか。
DNAがどう突然変異したら吉永小百合と笑福亭鶴瓶の姉弟が出来上がるのか謎だけど。
しかも長兄は小林稔侍。弟の方がハゲてる。いや、まぁ稔持さんは○×※(自主規制)…。
TVで観る鶴瓶師匠はこの映画の公開の前年から髪の毛を中途半端に伸ばしてて、「今までみたいに短くすればいいのに。なんかみすぼらしいなぁ」と思ってたんだけど、あれは役作りのためだったんですね。あれからまた髪短くなったし。
そんなわけで観る前は“笑わせて泣かせて”くれる人情喜劇を想像してたんだけど、じっさいに観てみたらなんと『学校5』だった。
あぁ、山田洋次の現代劇ってこういう感じだった、と思い出した。
じつのところ山田洋次の映画を劇場でちゃんと観るようになったのって『たそがれ清兵衛』以降なので、『母べえ』も含めて時代劇しか観てないんである。
西田敏行や田中邦衛が出てた『学校』シリーズや永瀬正敏主演の『息子』などはよくTVでやってたから観たことはあるけど、正直『たそがれ~』以前の現代劇はどれもあまり好きではなかった。
というのも、若者の描写が違和感だらけだったから。
この『おとうと』でも結婚した相手や親しい友人の青年を「さん」付けで呼ぶ蒼井優はまるで「のび太さ〜ん」と走ってくるしずかちゃんみたいで(寅さんのゴクミもそうだったが)、藤子・F・不二雄と同じく若者の生態が昭和40年代ぐらいで止まっている。
まぁだから逆にいつ観ても変わんなくて時代に左右されないんですが。おそらく加瀬亮演じる若者を永瀬正敏や吉岡秀隆がかわりに演じても同じになる(って、この二人もう40代なんだけど)。
蒼井優の台詞は特に不自然でこそばゆく、「わっ、『フラガール』のあの女優がこんなにぎこちなく見えるんだ」と驚きだった。
年寄りから見たら今どきの若者も40年前の若者も違いなんかわかんないんだろうな。
ここまで変わらないと、もう意地やこだわりでやってるとしか思えないけど。しかし何故。
小津安二郎の映画を意識してるとかいろいろ理由はあるのかもしれないが、山田洋次が描く現代の若者の姿にはどうしても馴染めない。
蒼井優のダンナの、義母に対する逆ギレ気味の居直り方なんかはそれらしかったですが。
きっと蒼井優も歳を重ねて「若者」役じゃなくなったら、山田洋次の映画に出ても違和感ないんだろうな。今回の石田ゆり子みたいに。
もうひとつ驚いたのが、生粋の関西人であるはずの鶴瓶がこの映画の中では「関東人がイメージする関西人を必死に演じてる人」に見えたこと。
じっさいその通りなわけだが。
関西人ではない僕が観ても、イイカゲンでだらしない「ごんたくれ」を鶴瓶が一所懸命演じれば演じるほど、『母べえ』の時のような自然さが失われていくのがわかった。
大阪での生活が一切描写されないこの「弟」は、まるで現実には存在しない伝説の「さまよえるユダヤ人」のように、人々の心の中だけに居る「さまよえる関西人」のようにも思える。
ハッキリ言って弟を鶴瓶が演じてなかったら、吉永小百合が演じる姉が大阪出身である必然性もなかったし。
観るまでは極力先入観や予備知識を持たないようにしてたんだけど、鶴瓶さんがこれ見よがしに咳をしだすと「来やがったな」と。
だってもう、その時点で結末わかるじゃないスか。
ようするに姉が弟を看取る映画だったってこと。
鶴瓶さんの死に際の演技はリアルだったです。病人ってああいう顔つきしてるもんね。
鶴瓶さんの熱演は見どころだとは思う。
でも、笑わせてくれる前に病気になっちゃうので。
どうやらサユリを狙ってるらしい笹野高史とか、まるでダチョウ倶楽部のリーダーがモノマネやってるような口調の森本レオ、ツッコミ役として地味に息抜きさせてくれる(そして次第にネジが弛んでいく)祖母役の加藤治子*1、汗かき過ぎのキムラ緑子、倒れた弟に会いに急遽大阪まで行って、東京に帰ってきた吉永小百合がちゃっかり「551の豚マン」買ってきてるとことか(新幹線の中でにおっただろうな)いろいろと気にはなったけど。
大ヴェテラン監督に対して大変失礼ながら、笑いと涙のバランスが絶妙だった『母べえ』に比べると、この『おとうと』は話の展開や登場人物たちのかかわりとか、未整理でなんだか脚本がユル過ぎたような気がする。
父親がいないという事情があるにせよ、やたら結婚したがる蒼井優にもちょっと共感し難くて。
そんなわけでけっこうシンドかったです。
ここ数作はどれもそれぞれ満足度が高かっただけに(キムタクの『武士の一分』はちょっと印象が薄いけど、“金麦”檀れいの発掘があったし)、期待が大き過ぎたせいもあるかもしれないが。
でも、もしあの弟役が20〜30年ぐらい前の田中邦衛だったら僕は号泣したかもしれない。
できれば、山田洋次監督には江戸時代と戦前・戦中が舞台の映画だけ撮ってもらいたい(暴言)。
こんな書き方するとこれから観ようとしてた人から「え、つまんないの?じゃ、観るのよそう」って言われそうでマズいんだけど…たとえば、チャウ・シンチーの『少林サッカー』が面白かったんで次の『カンフーハッスル』観に行ったら…みたいな感じ?
「わかるわかる」という人もいるだろうし、「えー、『カンフーハッスル』面白かったじゃん」って人もいるだろうし。
ちなみに市川崑監督の同名作品とは無関係だと思ってたら、最後に市川版にオマージュが捧げられてました。*2
でも幸田文原作で若き日の川口浩(のちにサソリや毒グモとたたかってた探検隊隊長)が演じた弟と笑福亭鶴瓶のオッサンの話じゃ最初から全然別物でしょ。
『母べえ』の時とは打って変わって散々コキ下ろしてしまったけど、年配のお客さんたちにはけっこうウケてて場内にみなさんの笑い声が響く場面も。
エンディング間際ではお年寄りたちが鼻をすする音の大合唱。
前の席に座ってたじいちゃんはいつのまにか後ろに行ってて、最後には大きな拍手をしてた。
なんだかまるで『学校』の一場面みたいでした。
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