映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

※2019年の“はてなダイアリー”終了に伴い、2018年9月にブログを移行しました。

『12モンキーズ』


テリー・ギリアム監督、ブルース・ウィリスマデリーン・ストウブラッド・ピット出演の『12モンキーズ』。1995年作品(日本公開1996年)。

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死のウイルスによって人類の大半が死滅し、生き残った者たちは地下に棲む未来。囚人のジェームズ・コール(ブルース・ウィリス)は、ウイルスをばらまいたという「12モンキーズ」と呼ばれる集団を突き止め、ワクチンを作るためにもとになったウイルスを入手する使命を帯びて1996年に送り込まれる。しかし着いたのは1990年だった。逮捕され身元もわからず「未来からきた」と主張する彼は、精神病院に移送されてしまう。

以下、『12モンキーズ』および『ラ・ジュテ』の【ネタバレ】あり。この映画は一応オチも重要なので未見のかたはなるべく鑑賞後にお読みください。


テリー・ギリアム作品のなかで僕が一番好きな映画。

2時間ちょっとまったくダレることのない見事な脚本で、最後にはなんともいえない余韻を残す。

劇場公開時に観て、とにかく名状しがたい感動をおぼえました。

主人公が幼い頃に見た鮮烈な光景。

それがなんだったのかわかるラストで映画の最初と最後が見事につながり、残酷な「運命」というものが浮かび上がる。

たしかにこれは『未来世紀ブラジル』とも通じるペシミスティックな結末ではある。

哀しく、しかしなんとも美しい「大人のメルヘン」のような話。

精神科医と患者が恋に落ちるという、よくよく考えるとけっこう強引な展開も、観ているあいだはさほど気にならない。

唐突だけど、ちょっと仲里依紗主演の『時をかける少女』(感想はこちら)を思い出した。

こちらは「時をかけるオヤジ」の話だ。

どちらも現実にはありえないラヴストーリーである(観ればわかる)。

もっともこの『12モンキーズ』の方が物語としてはくらべ物にならないほど巧く出来ているが。

主人公のアイデンティティが揺れ動き現実と妄想を行き来する作品はほかにもいろいろあるが、僕はこの映画はそのなかでもエンターテインメントとして非常に完成度の高いSFサスペンスだと思う。


クリス・マルケル監督による1962年のフランス映画『ラ・ジュテ』にインスパイアされたといわれるが、監督のテリー・ギリアムは『12モンキーズ』制作中にはこの作品を観ていなかったと主張しているらしい。

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僕は『ラ・ジュテ』はヴィデオかDVDで観た記憶があるけど、たしかに世界観もよく似ていた。おそらく脚本家は『ラ・ジュテ』を参考にしていると思う。


12モンキーズ』はまずストーリーの構成が素晴らしい。

冒頭、あきらかに現代ではない場所で、囚人のジェームズは白衣の科学者たちになにやら命令をうける。

次のカットで舞台はもう現代に移っている。

警察に捕まった彼を精神科医のキャサリンマデリーン・ストウ)がたずねる。

キャサリンはジェームズの身元を知ろうとするが、会話がかみ合わない。

ジェームズには使命があって早くこの時代の情報を集めなければならないが、キャサリンには彼の話は精神を病んだ男の世迷言に聴こえる。

「世界がウイルスで死滅する」などと大真面目にわめきたてる男がいたら、誰だって彼女とおなじように感じるだろう。


このあたりから早くも観客にはこのジェームズという男が、はたしてほんとうに未来からきた人間なのかうたがわしくなってくる。

もしかしたら彼が見てきたものも語ることも、すべてが妄想ではないのか?

病院で患者のひとりがジェームズにいう。

“この世界はわたしの想像の産物なんだ。

わたしが想像するのをやめたら…みんな、消える”

そのとおりに、ジェームズは暴れて拘束された部屋から忽然と姿を消した。

不思議なことに、キャサリンはなぜかジェームズに以前会ったことがあるような気がしてならない。

映画の途中で幾度となく差し挟まれるジェームズの少年時代のある記憶。

空港で銃声とともに倒れる長髪の男と、彼に駆け寄る金髪の女性。

なぜか女性の顔はキャサリンそっくりである。


ジェームズが精神病院で出会う、頭のネジがトンでいる男ジェフリーをブラピが演じている。

この当時のブラッド・ピットは同年に公開された『セブン』でもそうだったが、じつに楽しそうに映画のなかで特徴的な表情や面白い仕草をしていて、多くの人たちが彼のモノマネをした。

この『12モンキーズ』でも左右の目がちぐはぐになっていて頭にはいくつも小さなハゲがあり、ケツ出しながら暴れたりしてあれこれと奇態を見せる(この役でゴールデングローブ賞アカデミー賞助演男優賞にノミネート)。

ブラッド・ピットは現在40代後半だが、多くの人にとって当時の彼のイメージはいまだに強いだろうと思う。


未来で目覚めたジェームズの耳に、彼を「ボブ」と呼ぶ男の声が聴こえる。

声の主はとなりの独房にいるのかもしれないし、あるいはその声は幻聴かもしれない。

ここでも観客はジェームズの精神状態を信用することができない。

幻聴や「歯に盗聴器が埋め込まれている」なんていう妄想は、統合失調症の典型的な症状だ。

この声はその後もしばしば彼の頭のなかで聴こえてきて、ジェームズのアイデンティティを揺さぶりつづける。


これまた『未来世紀ブラジル』を彷彿とさせる未来のレトロでアナログな機械類は見ていて楽しいが、しかしそのテクノロジーはあまりにもいいかげんで、再度1996年に向けて送り出されたジェームズは、今度はなんと第一次世界大戦中のフランス戦線のど真ん中に素っ裸であらわれる。

後ろの方を『戦火の馬』(感想はこちら)のお馬さんが走り回ってたりして^_^;

戦場にはジェームズとおなじ時代の囚人仲間であるホセも送り込まれており、彼はフランス人兵士たちのなかで英語でしゃべり、担ぎ込まれた野戦病院では「1996年の世界の滅亡」について語りつづけ、やがて戦闘で負傷していたにもかかわらず失踪する。

その1996年にキャサリンが自分の研究のなかで、これを“未来の災害を予言する”「カサンドラ症候群」の症例として人々の前で発表する。

ほうほうのていでようやく96年にたどりついたジェームズは、キャサリンにムリヤリ車を運転させて謎の組織「12モンキーズ」の本拠地であるフィラデルフィアに向かう。

じつは金持ちの家の御曹司であるジェフリーは、6年前にジェームズからふきこまれた「12モンキーズ」をみずから結成していたのだった。

町の壁には12匹の猿のマークが描かれ、ホームレスのつぶやきはなにか意味があることのように思えてくる。

このあたりの電波系のトンデモ展開がやがてすべて回収されていく手際が見事。


ジェームズとキャサリンがおとずれた店にいたのは、単なる環境保護団体の若者たちだった。

キャサリンはジェームズにいう。

あなたは未来からきたのではないし、人類は滅亡などしない。現実に適応できないあなたは妄想に逃げ込んだのだ、と。

このあたりはなかなか耳が痛い話ではある。

世界や人類の危機を必要以上に声高に叫んで人々に吹聴する者は、じつは自分のなかにある不安や鬱憤を「世界」や「人類」に転嫁している場合が多い。

じつは“危機に瀕している”のはその人自身なのだ。


このままジェームズが「頭がおかしい人」で済めば一件落着なのだが、ここから映画はさらに面白い展開をみせる。

またしてもジェームズは姿を消し、キャサリンは無事保護される。

ニュースで流れていた失踪したリッキー少年の行方をジェームズが知っていたり、彼の脚から取り出した弾丸が第一次世界大戦時のもので、おまけに当時の戦場写真にジェームズが写っているのに気づいて、次第にキャサリンのなかの現実感覚が揺らぎはじめる。

今度はジェームズの“妄想”が彼女に感染していく番だ。

自分のことを「頭がおかしい人」と自覚したジェームズは96年にもどってきて警察に自首しようとするが、反対にキャサリンは人類の滅亡の危機を信じるようになる。

傍目から見れば、彼女の姿は患者に感化された医師が常軌を逸した行動に出はじめたようにも映る。

ストーリーはつねに登場人物たちの正気を観客にうたがわせ、現実感覚を危うくさせながら進む。

そのあたりがとてもエキサイティング。


未来の科学者たちと連絡をとるための電話番号にかけると、そこはカーペットの清掃会社だった。

やはりすべてはジェームズの妄想だったのだ。

キャサリンは胸をなでおろし、清掃会社の留守電に冗談めかしてメッセージを入れる。

しかしそのメッセージの内容は、未来でジェームズが聴いたものだった…。


世界に死の細菌をばらまいた張本人と思われたジェフリーはただのバカで、「12モンキーズ」は動物たちを檻から出すイタズラをして壁に落書きをする愉快犯の集団にすぎなかった。

では世界を滅亡させたあの細菌は誰が…?


「じつは○○は××でした~」というどんでん返し型の映画というのは世のなかに数え切れないほどある。

しかしそれらのほとんどは「ぜんぶ妄想でした」とか「宇宙人のしわざでした」など、とにかくオチのためのオチでしかないものばかりで、ハッキリいって手抜きの出来損ないの脚本としか思えない。

でもこの映画はたとえオチを知っていたとしても、巧みな伏線とリアルな人物描写がからみ合い、何度も観て確認したくなる。


ジェフリーの父親で細菌学者のゴインズを演じるのは、おなじギリアム作品『Dr.パルナサスの鏡』でタイトルロールのパルナサス博士を演じ、第84回アカデミー賞授賞式では『人生はビギナーズ』でアカデミー賞助演男優賞を受賞したクリストファー・プラマー

ラッセル・クロウ主演の『ビューティフル・マインド』では精神科医を演じていて、紳士的でありながら絶妙なうさんくささも醸しだして、主人公と同様に観客をも混乱におとしいれていた。

キャサリンに「あなたは未来への警告を無視している」とカラんでくる赤毛の長髪の男をデヴィッド・モースが演じている。

彼が演じるのはいかにも「あぁ、こういうウザいヤツいる」って感じの見ているだけでムカムカしてくるような不気味な笑顔としゃべり方の男で、けっして出番は多くないにもかかわらず強く印象に残る。

この映画のあと、デヴィッド・モースは多くの映画でおっかない役や頼りがいのあるタフガイまで幅広く演じるバイプレイヤーとして売れっ子になった。


この映画はジャンルとしてはSFだろう。

先ほどから書いているように未来の世界に登場するガジェットはローテク感あふれる奇妙なデザインだし、科学者たちも『未来世紀ブラジル』から抜け出してきたような悪夢的でストレンジなキャラクターである。

しかし、ブルース・ウィリスをふくめ90年代の場面に出てくる出演者たちの演技には極端な誇張はなく、とても自然でリアル。

特にブルース・ウィリスマデリーン・ストウのやりとりなど、とても味わいがある。

ヒッチコック監督の『めまい』を観ながらジェームズがなかなか深いことをいう。

「おなじ映画を観ても、観ている自分が変わって違う映画に思える。俺たちの過去もそうだ」と。

それにしても、あいかわらずブルース・ウィリスはヅラや付けヒゲが似合わんなぁ。


ジェームズが見たがった海のある場所へ向かうふたりだったが、最後に悲劇がおとずれる。

あの空港でかつて幼いジェームズが見たのは、未来からきた彼自身の姿だった。

“予言どおり”ウイルスは世界中にむかって飛び立った。


この作品はもともとテリー・ギリアム自身が企画したものではなく、彼は雇われ監督的なポジションだったようだが、それでもけっしてハッピーエンドではないペシミスティックなエンディングや、ヒッチコックの映画にオマージュを捧げたメロドラマ的な要素など、「ギリアムらしさ」は随所にみられる。

ひさしぶりに観て、ふたたび彼の監督としてのその手際の良さとたしかな演出力に酔った。

またこういう映画を撮ってくれないだろうか。


この映画の舞台となった1996年からもう15年以上経つ。

幸いまだ世界は死滅していないが、あれからも人々はいくつもの悲しみと痛みを味わった。


澄みきった大空と青い海。

そして結ばれるべき大切な人。

ジェームズが求めていたものは、いま僕らが求めているものでもある。

昔からずっと記憶のなかにいた女に抱かれて男は息絶える。

ここで描かれる世界の滅亡には、まだどこか「世紀末」への無邪気な期待が感じられる。

細菌兵器のせいではないが、わずか10数年のあいだに現実のこの世界はあきらかに変わったのだ。

フィクションのなかで描かれる「甘美な滅びの美学」がこれほど虚しく思える時代もないのではないか。

生き残った者たちのために、そして自分の夢を求めてなんとか世界を守ろうとした主人公の姿だけが、いまを生きる僕たちにかさなるような気がする。


「20世紀の音楽はいい」といってルイ・アームストロングの歌に涙するブルース・ウィリスの顔を見ながら、21世紀に生きる僕はいま涙している。


Louis Armstrong - What a wonderful world Lyrics
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