ザック・スナイダー監督、エミリー・ブラウニング主演の『エンジェル ウォーズ』。2011年作品。
I Want It All - We Will Rock You - Queen with Armageddon aka Geddy
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ネットで予告篇を観てから注目していました。
同じザック・スナイダーの『300 <スリーハンドレッド>』のときのように色を落とした絵画的な映像の中で、セーラー服を着た金髪少女が日本刀もって暴れ回っていた。
原題は『Sucker Punch』。“不意打ち”という意味。
しかし、その後邦題がこの『エンジェル ウォーズ』という、やる気なさげなDVDスルー作品みたいな安っぽいタイトルに決定してガッカリ。
サッカー映画と間違われると思ったのか(そんなバカな)、あるいは似たような『なんとかパンチ』という題名の邦画があったせいなのか知らないけど、ちょっとあんまりではないかと思った。
でも映画を観てみると、少女=天使たちの戦争、というタイトルはまったく無関係ではないどころか、それほど悪くないんではないかと思い直した。
これは戦う美少女=戦闘美少女の映画。
残虐な継父によってむりやり精神病院に入れられた主人公ベイビードールは、同じように捕らわれた少女たちとともに病院から逃げ出すため、空想の中で脱出に必要なアイテムを手に入れる冒険を始める。
IMAX2D字幕版での鑑賞。
他の人のレヴューに「多めにお金出しても大きな画面で観ることをお勧めする」というようなことが書かれていたのと、通常のサイズのスクリーンでは吹替版しかやってなかったので。
しかし、吹き替えに慣れてる人が増えてきたというのもあるかもしれないけど、これはちょっと卑怯ではないか?
まぁ、結果的にはIMAXで観てよかったですけどね。
制作当初、映画会社は3Dで完成させることを希望したらしいけど、監督が2Dにこだわったんだそうで。
スナイダー監督はすでにフクロウのCGアニメ『ガフールの伝説』(僕は未見ですが)で3Dはやっているので、その限界も含めて何か思うところがあったのかもしれない。
以下、オチまで書くので、すでに映画を観たかたか、ネタバレしても全然オッケー、というかたのみお読みください。
戦闘美少女、という言葉は精神科医の斎藤環さんの著書「戦闘美少女の精神分析」に出てきたもので、ようするに映画や漫画、ゲームなどに登場する戦う美少女たちのこと。
そしてこの『エンジェル ウォーズ』こそ、まさに「戦闘美少女映画」といえる。
映画の中では継父が病院の書類に主人公の年齢を「20歳」と書き込むが、これは精神病院の職員をだますためで本当は10代の少女なのだろう。
ほかの仲間たちも同じくらいの年齢だと思われる。
もっとも、演じているのはすべて20代の女優だが。
“売春宿”が舞台というのもあって、アメリカでPG-13(13歳未満の鑑賞には保護者の強い同意が必要)に抑えるための苦肉の策だったのかもしれないけど。
ともかく、そんなわけで彼女たちのことは以後“少女”として扱います。
観る前は『ウォッチメン』(感想はこちら)みたいにもうちょっとリアリスティックな映像の方が好みだなぁ、と思っていたんだけど、『300』もそうだったようにこの映画はドイツ表現主義映画の雰囲気を(おもに画作りにおいて)意識的に取り入れているので、モノクロ映像に彩色したような(実際はカラー映像から色を抜いてるんだが)ルックは正しい選択だったんでしょう。
ドイツ表現主義、精神病院、といえば思い浮かぶのは、ロベルト・ヴィーネ監督の『カリガリ博士』(1919)。
『カリガリ博士』(1919) 出演:ヴェルナー・クラウス コンラート・ファイト
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物語をかいつまんで説明すれば、“カリガリ博士”と名乗る人物が“眠り男”を操って犯罪を重ねている。主人公の青年は博士を追って精神病院にたどり着く。ところが…というもの。
サイレント映画ですが、DVDにもなっているし、なかなかユニークな映画なんで興味があるかたはご覧になってみてください。
で、この『エンジェル ウォーズ』でいえば、精神病院の主任看守(院長だっけ?)のブルーがカリガリ博士の役まわりといえる。
ブルーを演じているのはリドリー・スコット監督、ラッセル・クロウ主演の『ロビン・フッド』(感想はこちら)で主人公と敵対するジョン王を演じていたオスカー・アイザック。
今回も悪党を憎々しげに演じているが、その演技は本当に見事としかいいようがない。
この人には今後も俄然注目していきたくなった(※その後、ライアン・ゴズリング主演の『ドライヴ』にも出演していた。感想はこちら)。
このブルー(この名前は主人公ベイビードールの空想の中のものだが)というキャラクターは、通常のアクション映画なら下っ端クラスの小悪党だが、その物言い、物腰には妙なリアリティがある。
ときどき見せる寛容そうな態度と、突然むき出しにする本性。
つねに劣等感と猜疑心に満ちていて、この病院(売春宿)はオレのもの、オレが経営を任されてて、ここで働く奴らはオレのおかげで食ってる。ナメた真似したら絶対許さない。
その考えに揺るぎがない。こういう奴は現実にいる。
もし作り手がこの男をただの勧善懲悪モノの悪役としてだけ描くつもりなら、最後に彼がベイビードールにつぶやく言葉や彼の退場のしかたなどは中途半端なわけで、そうではなく、つまり彼は観客である僕らの分身でもあるのだ(エンドロールで気持ちよさそうに歌い躍らせてるし)。
また、ベイビードールとともに戦う仲間たち、スイートピー、ロケット、ブロンディ、アンバーの四人も、彼女の分身のような存在。
彼女たちの関係は「セーラームーン」に出てくる少女たちに似ている。僕は詳しくないんであまり深くは言及できないけど。
つまり、まったくの他人ではなく、主人公がもついくつもの特徴をキャラクターに分けて描いている、ということ。
「病院」「売春宿」「冒険世界」と三層に分かれた位相でも彼女たちが仲間としてともに戦えるのはそういう理由から。
メンバーのリーダー的な存在でロケットの姉スイートピーを演じるアビー・コーニッシュは、ニコール・キッドマンをちょっとワイルドかつ肉感的にしたような顔と体型(キッドマンと同じオーストラリア出身)で大人っぽくてなかなかステキ。
主役を務めるエミリー・ブラウニングをはじめ、他の女優たちもみな12週間のトレーニングを経てから撮影に臨んで、おかげで迫力あるアクション・シーンに仕上がっている。
彼女たちが銃を撃ちながら戦場を進むうしろでアンバーが操縦するロボットが援護しているカットにふいに目頭が熱くなった。
物語のためでも出演者の演技のせいでもなくて涙が出そうになるなんて普段あまりないんで、自分で驚いた。
映画の内容そのものは、PVっぽくてちょうど中島哲也監督の作品を思わせたりもする。
だから「これは映画ではない」という意見もありそうではある。
たしかに、あともうちょっと尺が長かったら戦闘場面には飽きてたかもしれない。
でも『ウォッチメン』の長さに比べれば、2時間に収まってるこの映画はとても観やすい。
最初にあげた「戦闘美少女の精神分析」は10年以上前の本で、そこではハリウッドのヒロインが戦う映画はおもに「ファイティング・ウーマン映画」で、美少女が主人公の映画はほとんどない、というふうに書かれていて、シガーニー・ウィーヴァーの『エイリアン2』やアンジェリーナ・ジョリーの『トゥームレイダー』などが紹介されている。
たしかにその後もミラ・ジョヴォヴィッチの『バイオハザード』やケイト・ベッキンセイルの『アンダーワールド』、ユマ・サーマンの『キル・ビル』、シャーリーズ・セロンの『イーオン・フラックス』など、成熟した大人の女性戦士が戦う映画が作られ続けたし、そしてこれも天使たちが戦う『チャーリーズ・エンジェル』シリーズの三人組も少女ではない。
そーいえば、90年代にはロリ・ペティ主演の『タンク・ガール』なんてのもあったなぁ。眼鏡っ娘のジェット・ガール役でナオミ・ワッツが出てたのも今は昔。でもあれもロリではないし。
“少女”が戦っていた映画で僕が今パッと思い浮かぶものは『スパイキッズ』のアントニオ・バンデラスの娘カルメンぐらいだろうか。
演じてたアレクサ・ヴェガちゃんは今ではセクスィーな女優さんに成長してますが。
ちなみに『スパイキッズ』シリーズで彼女の母親を演じていたのは、『ウォッチメン』(感想はこちら)の元スーパーヒロインおばさんに続いて今回の『エンジェル ウォーズ』では売春宿のおかみさん役のカーラ・グギノ。
この人もますますスーパーヒーロー物には欠かせない女優さんになってきたな。
『スパイキッズ』はあくまでキッズ向けの映画だったんで、カルメンちゃんが敵を殺すようなシーンはない。
そんなわけで、つい数年前ぐらいまでは少女が戦うハリウッド映画自体がほとんどなかった。
だから小学生の女の子が汚い言葉を連発して悪党たちを殺しまくる『キック・アス』(感想はこちら)がいかに画期的な映画だったかわかる。
また、『ラブリーボーン』の主役シアーシャ・ローナンがアサシン少女を演じる『ハンナ』(感想はこちら)の登場など、10年前とはじょじょに状況が変わってきている。
この『エンジェル ウォーズ』もそんな「ロリータ・ブーム」に乗っかって実際に10代の少女たちを起用していたら、またさらに評価が違ったかもしれない。
PG-13は不可能になるけど。
この作品はアメリカでは期待されていたほどの集客を得られなくて「失敗作」という烙印を押されているそうな。
で、日本でも当然のように「駄作」と決めつけてコキ下ろしてる人たちの感想を目にしたんだけど、僕はこういうこと書いた人の評価は忘れないでおこうと思う。
作品に対する好き嫌いはあるから、どう感じようがそれは自由。
でも「登場する少女たちは所詮、男(ザック・スナイダー)が自分たちに都合よく考え出したキャラクターでしかない」といった批判は、的外れもいいところだ。
だって、そんなことは劇中で主人公が自分で言ってるではないか。
ちゃんと映画を観てたのか?
これは男たちによって夢見られ操られ、「彼ら」=すなわち「僕たち観客」を喜ばせるために日夜踊り、戦い続ける架空の少女キャラクターたちを彼女たちの視点で描いた物語なのだ。
観客はときに彼女たちの中に入り、ときに外側から彼女たちを眺める。
この映画に採用されているロールプレイングやシューティングゲーム的な要素、この映画の舞台が客に踊り子たちの身体を「提供」する“売春宿”であることなどの意味はあきらかだ。
“彼女たち”は文字どおり人形であり、器なんである。
ベイビードールはいう。「主役は私じゃなかった」と。
彼女は生まれ変わって、また別のキャラクターとして次の物語を生き続ける。
いったい、彼女たちにとっての「自由」とはなんだろう。
巨大なサムライ、ドラゴン、ナチスゾンビ、ロボット……見た目、さまざまなアドヴェンチャー映画からガジェットを抜き出してきただけのような(実際そうなんだが、それだけではない)この映画はハリウッドのメジャー映画としては珍しく、戦闘美少女が自己言及する「メタ映画」として作られている。
それはつまり、映画を観ている(あるいはゲームをやってる)僕たちについての映画、ということでもある。
押井守監督が『イノセンス』などで少女を人形に見立てることをすでにやっているが、彼の映画は言葉に依存し過ぎてて、それこそ映像的な醍醐味が殺されてしまっているように感じる。
『エンジェル ウォーズ』は、ただもう単純にネェちゃんたちが暴れるVFXアクション映画として楽しむのも良し、僕のようにあーだこーだと意味を見出して楽しむのも良し、つまりエンターテインメントとして成立させながら、そこからはみ出す部分もあって、そこがとても面白い。
斎藤環さんのような精神科医には、この映画は逆にわかりやす過ぎて分析のしがいはないかもしれないが。
なぜなら精神病院を舞台にしてはいても、この映画そのものには病的な要素はないから。
実に理路整然としている。
アメリカでは「意味がよくわからない」という人がけっこういたらしいけど(たしかにわかりやすい映画ではないが)、どこがだよ。
そんなんじゃ、ちょっと入り組んだ映画なんか観られないんじゃないの?
最近はコミックの実写化が多いハリウッド映画の中で、これは監督自身のオリジナルの企画、脚本というのも素晴らしい。
この映画は残念ながらアメリカと同様に日本でもヒットはしなかったようだが、カルト映画として残っていくだろうと信じている。
さて、2013年公開予定のザック・スナイダーの次回作は、スーパーマンを描き直す『マン・オブ・スティール』。
どこまでも期待させてくれる監督だなぁ。
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