映★画太郎の MOVIE CRADLE 2

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『レイジング・ブル』


マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロジョー・ペシ、キャシー・モリアーティ、フランク・ヴィンセントテレサ・サルダナ、ニコラス・コラサントほか出演の『レイジング・ブル』。1980年作品。

第53回アカデミー賞主演男優賞編集賞受賞。

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1941年。ボクサーのジェイク・ラモッタロバート・デ・ニーロ)は15歳のヴィッキー(キャシー・モリアーティ)と出会い、やがて彼女はジェイクの二度目の結婚相手となる。弟のジョーイ(ジョー・ペシ)はマネージャーとして何かと扱いづらい兄を支えていたが、ジェイクは地元ブロンクスのマフィアのトミー(ニコラス・コラサント)から八百長試合を命じられる。


実在のプロボクサー、ジェイク・ラモッタの伝記映画。原作は彼の自伝。

「午前十時の映画祭12」で鑑賞。

以前、BSだったかで観た記憶があるんですが、引退してブクブクに太ったラモッタがお客さんの前で喋ってる場面ぐらいしか覚えていませんでした。

僕は以前からスコセッシの映画には苦手意識があって、『タクシードライバー』や『ディパーテッド』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』などを例外として、満足感を得られたことが少ないんですよね。

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最近の『アイリッシュマン』も、世間の評判に反して正直あまり面白いと思えなかったし。あの映画にもデ・ニーロとジョー・ペシが出演してましたが。

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それでも巨匠の誉れ高い監督として彼の最高傑作という評価もある本作品をちゃんと観ておきたい、という気持ちはあった。

1980年の作品で全篇モノクロ(8ミリフィルム映像など、部分的にカラーを用いている)で通すのはなかなかの冒険だっただろうし、ボクシングを描いてはいるものの、たとえば『ロッキー』のようなボクシング映画としてのカタルシスはない。

パンチを顔面に受けて血が噴き出す迫力あるショットなんかもあるけれど、『ロッキー』のように何ラウンドもの試合の模様を映し出して勝敗を固唾を飲んで見守る、みたいな描かれ方じゃないんですね。


同じイタリア系でもある「ロッキー」シリーズの主人公ロッキー・バルボアは、おそらくジェイク・ラモッタもモデルにしているのだろうけれど*1、ジェイクとは全然違って妻のエイドリアンのことは大切にしているし、八百長とも無縁。マフィアとの付き合いもない。*2

そういえば、僕は観ていませんが、デ・ニーロとスタローンが年取ったボクサーを演じた『リベンジ・マッチ』(2013年作品。日本公開14年)という映画もありましたね。評判はあまりよくなかったようですが。せっかく有名なボクサーを演じた二人が共演したユニークな企画なのに、もったいなかったね。

最初のうちは既婚者にもかかわらずまだ未成年のヴィッキー*3に入れ上げるジェイクの様子がしばらく描かれて、これは一体何についての映画なんだろう、と。


その後スコセッシ監督が撮ったマフィア映画と同様に、生身の人間としての彼らを描いている。

で、実際に観てみて、意外と楽しめたのでした。

いや、相変わらずスコセッシの描く主人公は妻に対して暴力を振るい怒鳴り散らすようなクズだし、猜疑心と劣等感にまみれた異常性格者で、妻が寝取られることを偏執的に恐れ、弟にヴィッキーを監視させる。ささいな言葉のやりとりや行動一つでヴィッキーやジョーイを執拗に問い詰めるところなど、完全にサイコ。挙げ句の果てには弟まで疑ってボコボコにする始末。ついに愛想を尽かされる。

ただ、演じているのがデ・ニーロやペシなので、これはもう安定のクズ演技というか、芸達者たちの名演を楽しむ心のゆとりがあった。

おそらく目の部分や特に鼻を特殊メイクで作ってるんだろうけど、絶妙に嫌悪感をもよおすようなジェイクの顔がまたイイ味を出している。


今だったら特殊メイクで肥満した姿もリアルに再現できるだろうけど、有名になった「デ・ニーロ・アプローチ」で本当に増量、1964年の場面では顎もなくなるぐらいに太り、見事な出っ腹になっている。

グリーンブック』ではイタリア系を演じたヴィゴ・モーテンセンがやはり増量しておなかが突き出てたけど、顔までは太れてなかった。

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『グリーンブック』(この映画も実話の映画化)でモーテンセン演じるトニーはナイトクラブ“コパカバーナ”で用心棒をしていたけれど、ボクサー引退後のジェイク・ラモッタもそこでショーに出ていた。

エリア・カザン監督、マーロン・ブランド主演の『波止場』(1954) についてジェイクが語る場面があるけれど、マーロン・ブランドはコッポラの『ゴッドファーザー』でマフィアのドン、ヴィト・コルレオーネを演じていたし、デ・ニーロは続篇『PART II』で若き日のヴィトを演じていた。

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ゴッドファーザー』といえば、『PART III』のラストでかかるリヒャルト・シュトラウスの「インテルメッツォ」は『レイジング・ブル』のテーマ曲でした。

いろんな映画が繋がって楽しいですね。

出演者たちの顔がいいんだよなぁ。モノクロ映像とも相まってほんとに40年代ぐらいに見えるし、70年代ぐらいのまだ垢抜けなくて生々しい人間の姿が映し出されている。


キャシー・モリアーティ演じるヴィッキーの常に冷めた表情、でも夫に暴力を振るわれても抱きすくめられると許してしまう甘さ。

観ていてうんざりもするんだけど、だけどこういうのが「人間」だったりするんだよなぁ、っていう。兄弟も夫婦もどこか腐れ縁のような関係。甘えられる相手にはとことん甘える。

そんな彼女にまで最終的には三下り半を突きつけられるんだから、ジェイク・ラモッタという人は一人の人間として心底ダメな奴だったんだろうな。

未成年女性を店で雇ったことで捕まって入れられた檻の中で、「俺は悪くない」「どうしてこんな目に遭わなければならないんだ」と泣き叫んでたけど、やっぱり何か大切なものを置き忘れたまま年を取ってしまった人なんだな。

そういう人間をスコセッシは愛おしいと感じているんだろう。自分と重なる部分が大いにあるのかもしれない。

ゴッドファーザー PART II』で女性の登場人物によってイタリア系の男性のサイテーぶりが罵られていたけど、この映画でのジェイクやジョーイの女性に対する態度を見たら、まぁ当然だよな、と思ってしまう。

ジェイク・ラモッタのような人は今では世の中で受け入れられないし(でも、ああいう人は今でもいろんな界隈にいそうだけど)、そうでなければならないと思いますが、「ブロンクスの怒れる雄牛」になるために、彼はあれだけ家族やまわりを振り回さなければならなかったということですよね。怒りを失ったら引退するしかない。

一人きりではけっしてあのような偉業は成し遂げられなかった。気づくのが遅過ぎましたが。でも、この映画を観ていると、そういうものなのかもしれない、と思わせる。

ジェイク・ラモッタさんご本人は2017年に95歳で亡くなるまで精力的にサイン会なども行なっていたそうだから、結果的には幸せな人生だったんでしょう。まわりは大変だったでしょうが。

こういう種類の映画は上映時間が長くなりがちで『アイリッシュマン』も3時間半ぐらいあったけど、この『レイジング・ブル』は129分なのでそんなに疲れもしなかったし、本人はギャングの一員ではないがそういう連中と関係を持たなければボクサーを続けられないジェイクの板挟みの状態にはとてもリアルなものを感じた。

ロッキーのようにクリーンなままではいられない、“現実”の姿がここにある。

「午前十時の~」の次回作品は、やはりロバート・デ・ニーロ主演の『ディア・ハンター』で、こちらは上映時間が184分!長いわ^_^;


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レイジング・ブル (字幕版)

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*1:ジェイク・ラモッタの仇名「怒れる雄牛(レイジング・ブル)」に対して、ロッキーは「イタリアの種馬」と呼ばれていた。ロッキーも引退後にレストランを経営してお客さんたちの前で喋ったりしてたし。

*2:かつては生活のために取り立て屋をやったりしていたが、その後は黒い関係は一切ない。

*3:演じるキャシー・モリアーティはとても15歳には見えないが、それでも撮影当時20歳だったんだそうで驚く。